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第2話 会いたくない人達


「ねぇ……なんで来るんだよぉ〜」


 私はベッドの上で項垂れる。理由はもちろんこいつ。


「なんでって? そりゃあ浅木と話したいから?」

「私は別に君とは話したくないのっ!!」

「そんな事言わないでさぁ〜。ほら、今日は有名和菓子店のおはぎ」


 差し出された美しい色合いのおはぎに私の視線は釘付けとなる。気がつくとおはぎは、私の口の中に場所を移していた。

 頬いっぱいにおはぎを頬張る私に伊月はにやりと笑う。


「味はどう?」

「……美味しい」


 このおはぎが絶品である事は紛れもない事実。でもやっぱり伊月の笑顔はむかつく。

 

「ほんと私なんかと話して何が楽しいの? こんな性格の悪い女と」

「だって俺、浅木が本当は優しいやつだって知ってるから」

「はぁ!? 私のどこが優しいのよ!」

「具合の悪そうな人を見つけたら誰よりも先に気遣ったり、電車でお婆さんに席を譲ったり」

「なっ!?」

「そういえば野良猫に餌をあげてた時、浅木もニャンニャン言いながら猫と会話してたよな」

「……はっ!? はぁぁぁっ!? なんでそれを知ってるの!? なに? 君って私のストーカー!?」

「だって俺、浅木と帰り道一緒だったし」


 キョトンとした顔の伊月に、耐え切れなくなった私は思わず手に取れる物を片っ端から投げ始めた。


「最低最低最低! ほんっと最低っ!!」

「ちょ! まっ……ぐべっ!!」


 伊月の顔面に私の枕が直撃する。いつもむかつくその顔の鼻が赤くなっていたのが良い気味で少し胸がスッとした。


「全く……褒めてるんだけどな……あっそういえば今日、中学のクラスメイトが見舞いに来るけど、浅木も顔見せる?」

「えっ……?」

 

 急に血の気が引くような感覚を覚える。

 恐れていた事が起きた。伊月は人気者で友人が見舞いに来るのは考えられる事。こうなる確率が高いから彼と同じ部屋は嫌だ。


「それ先に言ってよ! いつ来るの!?」

「えっと、予定だともう来ると思うけど」


 そんな、じゃあ今から病室を出ても鉢合わせちゃうじゃない!


「帰って!」

「え?」

「自分のベッドに帰って! 今すぐ!」


 いつもより強く拒絶を示す私に押されたのか、伊月は戸惑いながらも私のそばから離れる。彼が私のベッドを仕切るカーテンレールから外へ出た瞬間、私はベッドから降りて即座にカーテンを閉めた。


「お、おい! どうしたんだよ!?」

「うるさい! とにかくほっといて!」


 カーテンの向こうにいる伊月からは、それ以上言葉は帰ってこない。彼が私の希望を聞いてくれたのだと悟ると、次に私を襲ったのは罪悪感と恐怖だ。

 押し潰されそうな程の負の感情に耐えられず私は頭まで布団を被る。すると程なくして病室の扉が開き、若い男女の声が病室に響いた。


「あっ伊月君! 来たよー!」

「伊月ー! 元気か?」


 会話からして来客は伊月のクラスメイトで間違いない。そう理解すると、恐怖が更に増した。


「皆ありがとう! 俺はこの通り、元気!」

「良かったぁ〜怪我したって聞いた時はすっごく心配したんだから! あっそういえばこの部屋の患者の名前に浅木凛久って名前があったんだけど、もしかしてあの浅木さん?」


 1人のクラスメイトの言葉が私の心臓をギュッと掴む。同時に大きな過ちを犯していた事に気が付いた。

 

 まずい! 伊月に口止めするの忘れてた! 呑気なあいつの事だから絶対に私の事話しちゃうじゃん!

 

 ……私はどんな理由でもクラスメイトに会いたくないのに!


「あぁそこの人? 確かに同姓同名だけど、違う人だよ。結構なおばあちゃん」


 カーテンの向こうから聞こえた伊月の言葉に女子生徒は「そうなんだ」と返す。そのやり取りに私はベッドの中で静かに驚いていると、次に男子生徒の発言で苦しかった心臓が今度は大きく跳ねた。


「浅木って、ピアノで有名だったあの浅木だよな?」

「そうそう。世界的に有名だったみたいよ? 音楽の神に愛された神童とかでよく取材も来てたし」

「へぇ〜確か中学3年の学祭くらいで入院したんだっけ?」

「だって、学祭の前日に入院したんだもん。浅木さん、合唱のピアノ伴奏担当してたのに――」


 女子生徒の言葉の途中で私は思わず耳を塞ぎ、目を瞑る。あの記憶が蘇るからクラスメイトには会いたくない。

 暗闇の中、聞こえるのは恐怖と暴れるような心音だけ。そのままの状態でベッドの中で怯え続けていると、突如被っていた布団が剥ぎ取られる。


 驚いた私が思わず目を開けると、そこには伊月の顔があった。


「ちょっ!? 辞めてよ!」

「あいつらなら帰ったよ」

「帰った? ……ほんとに?」

「あぁ。これからクラブと大事な打ち合わせがあるって言ったから」


 恐る恐る体を起こして病室内を見渡す。伊月以外に見えるのはお昼寝している隣のお爺さんだけだ。

 

「……ねぇ、なんでこの部屋にいるのは私じゃないって嘘ついたの?」

「クラスメイトに会いたくないんだろ? ごめんな、気づいてやれなくて」

「……」


 伊月の謝罪に言葉を返さず、私は再び横になって伊月に背を向ける。

 そして背中越しの伊月にポツリと呟いた。


「お菓子……」

「え?」

「お菓子食べたい。今日はもう無いの?」

「あるけど……」

「頂戴。一緒に食べよ」


 伊月はまたむかつく笑顔を浮かべた。




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