第12話 緑の中の青
年が明け、私が生まれてから17年目の8月。
世界に愛された伊月亮介が突如この世を去ってから丁度1年、そう今日は彼の命日であるこの日、私はとある場所を訪れていた。
「……やっと来れた」
どんよりとした曇り空の下、草が生い茂る一面緑の丘を見渡しながら1人歩く。そんな私が身に纏っているのは喪服でも患者服でも、私服でもない。セーラー服だ。
「この姿……君が見たらどう思うかな?」
君が亡くなってから私は生きる事を諦める事を辞めた。
まだ「病気は絶対治る」と信じられるほど前を向けてはいないけど、どうせならせめて足掻いてみようと思う。その第1歩がこのセーラー服。
本来なら今頃海外の超名門音楽学校の生徒だったけど、病気が見つかって全部断っちゃったし、去年地元の高校を受験したの。周りは皆年下だけど、幸い皆良い人達で充実した高校生活を送れているんだよ。
1年前の今日、私が今立っているこの場所は水の中だった。それまでここは彼が用意してくれた青い薔薇が咲き乱れるそれは美しい丘だったはずなのだ。でも、川が氾濫して青い薔薇は皆流されてしまったが泥や瓦礫まみれだったこの丘も1年で緑を取り戻した。見渡しても広がる緑、青は見つからない。
「あぁーあ……せめて一目見たかったな。じゃあ、また来年ね……」
ポツリと呟やいた私が帰路へ足を向ける。すると、曇り空ながらも比較的穏やかな今日に見合わない強風が背後から私の髪を靡かせた。
「ほら、浅木。綺麗だろ?」
声が聞こえた。不意に振り返るが私の目に人影は映らない。
――しかしに瞳に映ったのは緑だけでもなかった。
「……馬鹿」
とある1点を見つめて私は声を震わせる。
そこには緑の草原にたった1輪だけ、季節はずれの青い薔薇が風に揺れていた。
雑草に囲まれながらも、力強く咲くその薔薇はあまりに美しく、それでいてどこか儚い。
私はすぐさま花の元まで駆け寄り、薔薇を見下ろす。すると、生暖かい感触が頬を伝う。それが涙だと、すぐに理解できなかった。
「あれ……? 私……今更?」
伊月が亡くなったと知った時も、葬儀の時も一滴も流れなかった涙が今、堰を切ったように流れ始める。手で拭っても拭っても留まることなく。
「……うぅ……うぅぅぅ」
次第に嗚咽を漏らし始めた私は青い薔薇の傍で両膝からへたりこむ。そしてこの1年、無意識にため込んでいた想いが涙と共に溢れ出た。
「最低……最低だよ君は……勝手に人の心を踏み荒らしてさ」
君との日々が蘇る。いくら拒絶しても茶菓子片手に私の元に来た君。
「楽しみにしてたんだよ? 君とこの丘を見るの……」
君は知っていたのだろうか? 君が「私の髪色のようだ」と言ったこの青い薔薇の花言葉を。
「私……これでも頑張ったんだよ? それにもっと頑張るからさ……絶対、病気に負けない。だから……」
記憶の中の君はいつも、私の大嫌いな――。
「また私の前で笑ってよおおおおぉぉっ!!」
灰色の天を見上げ、私は泣き続けた。すると私の涙を隠すように雨が降り始める。
青い薔薇は雨に濡れようともその美しさを曇らせなかった。