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第10話 また今度


『30年に1度と言われる大豪雨の影響で各地の交通網に乱れが生じております。くれぐれも今日は自宅で過ごされる事をお勧めします』


 ニュースキャスターが注意を促すテレビにはこの世のものとは思えない映像が映る。土砂崩れ、陥没した道路に水没する家屋達、ここ数日降り続く大雨に世間は混乱を見せている。

 私は病室で雨粒が叩く窓からドス黒い雲が覆う空を眺めながらとある人物の身を案じていた。


「……大丈夫かな」


 呟きに反応するようにスマホが鳴る。すぐさま画面を確認するとそこには伊月の文字が映し出されていた。


「……っ! もしもし!?」

『よぉ浅木、お疲れ』

「お疲れ様。帰って来れたの?」

『いやぁそれがさ、なんとか飛行機は降りたんだけど空港から足止めだわ……本当に酷い雨。浅木に用意したあの薔薇の丘……大丈夫かな?』

「それってあの青い薔薇の花畑のこと?」

「そうそう。空港から近くてさ、川もあるし流されたら嫌だな〜」


 確かに伊月が用意してくれた青い薔薇の丘はぜひ見てみたい。彼が危惧するように雨で花が全て流されてしまったら私も残念だ。


「どれくらいで帰れそうなの?」

『なに? 俺に早く会いたいの?』

「は? はあぁぁぁ!?」


 病室の外まで聞こえる大きな声は電話越しの伊月の耳に突き刺さったようだ。


『み、耳が……』

「君って本当に最低だよね!」

『ははは、悪い悪い。じゃあまた後で電話するよ』


 通話が終了すると、私はベッドの傍の引き出しから1冊の冊子を取り出す。それは私が中学3年の文化祭で弾くはずだった合唱曲の楽譜だ。

 余白にびっしりと書かれたアイデア、当時の私は余程この曲に情熱を注いでいたらしい。

 楽譜を眺めていると、 ピアニストとしての血が騒ぐ。どうやら私はまだピアノを弾きたいようだ。


 でも、これ以上踏み出す決心はつかない。私の病気が治る確率は0.8%。本気で治療するとなったら度重なる手術に副作用の重い投薬生活が始まる。そこまでしても治る確約は無いし、無駄になる可能性の方が高い。

 しかし辛いリハビリに堪えた伊月のゴールに私の心が揺さぶられたのは事実。だから先日、母に電話して2度と見る事は無いと思っていた楽譜を持ってきてもらったのだ。


「……もし私がまたピアノを始めたって聞いたら、喜ぶかな?」


 むかつく笑顔が頭の中に浮かぶと、心が暖かくなる。さっき通話したばかりなのにあの能天気な声が聞きたくなってしまう。

 私はスマホに手を伸ばす。その時だった。


 スマホから日頃は聞こえない、けたたましいアラームが鳴る。


 驚きながらも私はスマホを手に取ると、画面には1件の通知が表示された。

 内容は……。


「洪水警報……えっ!?」


 私は言葉を失う。

 大雨の影響でこの近くの川が氾濫したらしい。その川は……まさに伊月がいる空港の近くを流れる川だった。

 警報レベルは最大レベル。今すぐ避難しなければ命の保証はないという。


「嘘でしょ……!?」


 すぐさま伊月に電話を掛ける。

 コールが1つ……2つ……3つ……4つ目が鳴った時、スピーカーから彼の声が聞こえた。


『浅木!? どうした!?』


 伊月の声が聞こえると大きな安堵が訪れる。しかし彼との電話越しから聞こえる避難のアナウンスと人々の困惑した声に、私は更に大きな不安を抱いた。


「伊月!? 今スマホに洪水警報がきて……氾濫した川がそこの近くだったから……大丈夫なの!?」

『とりあえず今は大丈夫だけど、ここもすぐ水没するらしい……おかげで皆パニックだ』

「嘘……逃げて! 早く!」

『あぁ……浅木と青い薔薇の丘を見る前に死んでたまるか』

「そうよ……私、楽しみにしてるんだから。ピアノだって聞かせてあげるから……」

『……っ! 言ったな!? 嘘じゃないな!?』

「嘘じゃない! だから絶対帰ってきて……」

『よっしゃ! その言葉忘れんなよ! じゃあまた今度な、浅木!』

「うん。またね」


 2度目の通話が終了されると私は再び窓からどす黒い空を眺める。

 

 きっと大丈夫。明日にはこの病室に伊月が来て、あのむかつく笑顔を見せてくれる。

 それでお菓子を食べながら彼の土産話を聞いて……そうだ、試合も頑張ってたし、たまには私が彼を労ってあげよう。

 

 なにをしてあげようかな……。まずは――。


 明日会える。そう信じる私の傍で花瓶に挿した青い薔薇の花びらが散る。

 

 ――そうして君はこの世を去った。




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