第1話 大嫌いな笑顔
皆様こんにちは。
Nokuamuです。
今回の作品は短編となってます。
完結まで毎日投稿するつもりです。
尚、この「ブルーローズと大嫌いな君」のテーマソングMVをYouTubeにて公開してます。
結構ネタバレ楽曲なので読み終えてからご視聴頂けるといいかもしてません。
私は浅木凛久。高校1年生になるはずだった16歳。そんな私が5000万人に1人の割合で見つかる難病を発症したのは去年の事。
世界的にも数件しか例の無いこの病魔が私の身体から去る確率は僅か0.8%。
医師には「18回目の誕生日を迎えられるかわからない」と告げられ、未来に希望も何も持てなくなり、荒んだ私の心はいつしか捻じ曲がってしまった。
「……はぁ、本当に最悪なんだけど」
時は4月。病室のベッドの上から窓を見つめていると、窓に映る青みがかった髪が肩ほどまで伸びたとても不機嫌そうな女性……もう1人の私と目が合う。
私が溜め息と不満を漏らす理由は1つではない。
まず1つ目、私の病室は本来個室だ。しかし水回りの不備等で急遽工事が必要となり、数日の間を別の病室で過ごす事となった。
ただ移動先は個室では無く複数の患者が利用する大部屋。左隣のお爺さんは深夜にナースコールを連打して騒ぎを起こすし、斜め向かいの中年男性はいびきと歯軋りが酷くて眠れたもんじゃない。
しかし……しかしだ。これ以上に私を悩ませる理由がある。
それが私の向かい側のベッドの患者。今はベッドから起き上がり、あろう事か私の真横にいる青年。右足には極太のギブス、松葉杖をつきながら片手に紙袋を下げた彼が最近の私が抱える最も大きい悩みの種だ。
「何が最悪なんだよ?」
青年からの問いに、私は窓の外を眺めたまま、もう1度溜め息を漏らす。
「……君の事なんだけど」
「俺っ!?」
私の不機嫌の理由は己と知り、驚く彼の名は伊月涼介。私が通っていた中学の同級生で、しかも3年間同じクラス。
ただでさえ顔見知りには会いたくないのに、それが元クラスメイトだなんて……最悪。
「俺、浅木になんかした?」
「なにも?」
「じゃあなんで?」
「……とにかく私は1人でいたいの! 早く自分のベッドに帰ってよ!」
こう言えば大抵の人は大人しく去ってくれる。こんな陰険な女に好き好んで接する奴なんていないのだから。
私がこうして窓を眺め続けていれば、きっとこの男も不快感を抱いて帰るだろう。
「よっこいせっと……」
ん……? よっこいせ?
思わず伊月の方へ視線を移すと彼は自分のベッドに戻るどころか、壁に立てかけてあった折り畳み式のパイプ椅子を私の傍で開いて腰を下ろした。
「ちょっと何してんのっ!?」
「そう言わずにさ、ほら頂き物だけどお菓子もたくさん……」
伊月が持っていた紙袋から取り出したのは大量のお菓子。子供から大人まで大好きなポピュラーなものもあれば、上質な包装紙にくるまれた高級感を漂わせるものもある。
この彼の行動が私には効果的だった。私は甘味に目が無い。
その中で一際興味を惹かれたのは有名和菓子店の白大福。開店20分で売り切れる大人気商品と先日テレビで紹介されていたのを見て、1度でいいから食べてみたいと思っていたところだ。
「……ぐっ!!」
あからさまに動揺する私に伊月はにっこりと笑う。3年間同じクラスだったといっても、彼とはほとんど話した事は無いはず。そんな男が、何故私が甘味好きだと知っているのかともかく、私はこの男のこの笑顔が大嫌いだ。
この人の苦しみも辛さもなにも知らないようなこの笑顔が。
「浅木、甘い物好きだろ? 一緒に食べようぜ」
「……食べたらすぐ帰ってね」
自身の数少ない欲求に抗えなかった。しかしそうと決まったら急がねばならない。こんな不摂生な現場を看護師に見つかれば確実に没収されてしまう。
机にお菓子を広げ、小さな至福の時が始まる。もちろん私が最初に手に取ったのは大福。
口に入れるとまるでマシュマロのような柔らかい生地につまったこし餡の上品な甘さが口の中に広がる。そんな最高のひと時を満喫している私を見て伊月が再び笑った。
「ははは! 浅木って美味しそうに食べるんだな!」
「……っ!? う、うるさいなぁ!」
「ごめんごめん! 俺さ、自慢じゃないけどこういうのいっぱい来るからまた食べてよ」
伊月は人気者だ。それゆえにこのように見舞いの品が数多く届く。
彼の人気の高さはただ人当たりが良く、整ったルックスを持っているという事だけでない。
伊月は数十年に1人と言われる程の天才サッカープレイヤーだ。高校生ながらプロチームに所属。更には日本代表にも選出されているらしいし、海外の超強豪クラブ間で争奪戦が繰り広げられているとか。
そんな彼が何故ここにいるのか? 理由はもちろん右足の膝下から巻かれたギブス。聞くところによると年明けに大怪我を負ったらしい。
私と違って将来有望な彼が何故こんなトイレも流れないような病院にいるのかはわからないけど。
「……いらない。お返しなんて出来ないし」
「お返しなんていらないよ! 俺だけじゃ食いきれないし、このままだと捨てるだけだからさ?」
「なんか私がみっともなくて嫌」
「え〜じゃあ! お礼の代わりに俺の話し相手になってよ! 今みたいに!」
「もっと嫌」
「なんでさー!」
こんなやり取りを交わしたにも関わらず、連日伊月は私の横に座り、私の大嫌いな笑顔を浮かべ続けた。