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第8話 最初の記憶

 執筆にあたり生成AIを使用しています。

(夜・アパート)


 数日が経ち、玲奈はまた僕のアパートに来た。

 まるで、ここに来るのが当たり前のように。


 今夜の夕食は照り焼きチキンだった。


 香ばしいタレの匂いが鼻をくすぐり、一口食べると、甘辛い味が口いっぱいに広がる。

 ……うまい。


「どう? おいしい?」


 玲奈が箸を持ったまま、得意げに微笑む。

 僕は、ゆっくりとうなずいた。


「……うまいよ」


「でしょ?」


 玲奈は満足そうに笑う。

 でも、僕の胸の奥には、どうしても消えない申し訳なさがあった。


(僕なんかのために、こんなことをさせてしまっていいのか?)


 玲奈は何も言わずに僕の世話を焼いてくれる。

 料理を作り、掃除をし、普通に接してくれる。

 まるで、僕が”普通”の人間であるかのように。


(……いや、普通じゃないんだ。僕は)


 そんなことを考えていると、ふっとため息が出た。

 玲奈は、ちらりと僕を見たが、何も言わなかった。


(食後)


「……ごちそうさま」


 玲奈は手際よく食器を片付け、キッチンへ向かう。

 流し台から水の音が聞こえ、玲奈が皿を洗う姿が視界に入った。


 その背中をぼんやりと見つめる。

 整ったシルエット。落ち着いた仕草。


 ……本当に、夫婦みたいだ。


「……あのさ」


 僕は、何気なく声をかけた。


「ん? 何?」


「洗い物しながらでいいから、聞いてくれる?」


 玲奈は振り向かず、泡立てたスポンジを動かしながら答えた。


「うん、いいよ。何?」


 僕は、一呼吸置いて、口を開く。


「……僕のこと、いつから好きになったの?」


 玲奈の動きが、一瞬止まった。

 でもすぐに、何事もなかったかのように再開する。


「……『理由がわかる”好き”なんて本当の”好き”じゃない』って言っただろ? だとしても、何かきっかけがあったはずだよ? 教えてくれない?」


 玲奈は、しばらく黙っていた。


 やがて、静かに口を開く。


「……和樹は、覚えてないんだ」


「……何を?」


 玲奈は水を止め、手を拭いた後、スマホを取り出した。

 そして、何かを探し、僕に画面を向けた。


 そこには、一枚の写真が映っていた。


 小さな子どもたちが並んでいる、集合写真。

 見覚えのない子供たちの中に——


「……これは?」


「幼稚園の時の英語教室の写真」


 玲奈の指が、写真の一部を示す。

 そこには、小さな男の子と女の子が並んで立っていた。


 僕と——玲奈だった。


「和樹、英語教室に通ってたでしょ? 私、和樹と同じクラスだったの」


「……は?」


 思わず、言葉を失う。

 頭の中が真っ白になる。


「……嘘だろ」


 玲奈は、微笑みながら首を振った。


「嘘じゃないよ。本当に、昔から知ってたの」


「……覚えてない」


「そっか」


 玲奈は、少し寂しそうに微笑む。


「でもね、私はちゃんと覚えてるよ」


「……」


「和樹は、昔から英語が得意だった」


 玲奈の指が、写真の中の僕をなぞる。


「みんながアルファベットを間違えて読んだり、発音できなかったりしてた時も、和樹はスラスラ言えた。先生が驚いてたの、覚えてる」


「……」


「でも、和樹はずっと一人だった」


 玲奈は、僕の目を見た。


「授業中は英語ができるから先生に褒められるのに、休み時間になると、誰とも話してなかった」


「……」


「みんな、和樹のことを”すごい”って思ってた。でも、“仲良くなりたい”とは思ってなかった」


 玲奈の言葉が、心の奥に刺さる。


 ——そうだったのか。


 僕は、ただ英語が好きだった。

 それだけなのに、周囲と距離ができていたなんて——。


「でも、私は違ったよ」


 玲奈の声が、少しだけ優しくなった。


「私は、和樹ともっと話したかった」


「……」


「だから、英語を頑張ったの」


「……え?」


 玲奈は、少し照れくさそうに笑う。


「和樹みたいに、うまく話せるようになりたくて。そしたら、もっと和樹と話せるかなって」


「……そんな」


 そんなこと、一度も考えたことがなかった。

 誰かが、僕のために何かを頑張ったなんて。


 玲奈は、僕の沈黙を気にせず続ける。


「それでね、ある日、先生がクラスの前で発表させたの。‘Introduce yourself’ って」


「あ……」


 少しだけ、記憶が掠める。

 確か、自己紹介の時間があったような——。


「その時、私は一生懸命練習した英語で自己紹介したの」


 玲奈は、ゆっくりと微笑んだ。


「でも、途中で緊張して、単語を間違えちゃったの」


「……」


「みんながクスクス笑ってた。私、すごく恥ずかしくて、泣きそうになった」


「……」


「でもね、和樹だけが、“It’s okay. Good job.” って言ってくれたんだよ」


 息が詰まる。


 そんなこと、覚えてない。


 でも——。


「その時、思ったの」


 玲奈は、僕の目をまっすぐに見つめた。


「この人のことを、もっと知りたいって」


 心臓が、跳ねた。


「それが、私の”好き”のはじまり」


 玲奈の言葉が、静かに部屋に響いた。


 僕は、何も言えなかった。

 ただ、胸の奥が締め付けられるような感覚だけが、じわりと広がっていた。

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