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CASE「霜田檸檬」

「人に悪口を言ってはいけません」「相手が不快になる行為はしてはいけまけん」周りはいつもそんな薄っぺらい教育をする。いや、教育ともいえない。教育している自分に酔っているただの馬鹿だ。レンズの奥に私なんてどうせ写っていない。それに、貴方だってどうせやったことあるんでしょう?誰かが傷つくこと



「うっわ最悪。アイツラフだけ持ち逃げして逃げやがった。やっぱDMの個人依頼なんて受けるもんじゃないわー」

暫く連絡が付いていなかったクライアントのアカウントを見てブロックされたことを確認する。おまけにそのクライアントのアイコンが私が上げたラフになっていた。別のアカウントからそのクライアントのアカウントを見ると、最新の投稿に「この絵師に納品されたイラスト今のアイコンなんですけど、めっちゃ下手すぎてやば過ぎです!お金も出したのに支払いまだですかってめっちゃ催促きてんのもキモい。この人には絶対依頼しない方がいいです!人間として終わってます!#拡散希望#ゴミ絵師」という文章と共に、私の絵師アカウント「れも」のメンションと、1部のやり取りの画像が添付された内容の投稿がされていた。

「いや、私は納品してないし、ラフ上げただけだし。それに金だってそっちが払わないから催促しただけだろばーか。人間として終わってんのそっちだろーがよ!てかそこまで言うならアイコンに使うんじゃねー!」

怒りのあまりスマホをベッドに叩きつける。これだから金を持ってない無駄にアピールばかりしたがるガキは困る。依頼するのは勝手だが、少しは社会性やら協調性やらを身につけてから依頼しに来て欲しいと常々思う。受ける私も私だと思わなくもないが、そんなの知ったことか。絵が好きだから絵で依頼を受ける。金が欲しいから依頼を受ける。ただ単純にそれだけだ。むしろ、フリーのイラストレーターとして活動するのにそれ以上の理由が居るだろうか。ネットの住民はそういった問いをされると、難しく考えたがって回りくどくてねちっこい回答をペラペラ喋る。これだからくだらない喧嘩ばかりいつも起きるのだ。だが、そういったネットから離れるべき人ほど、ネットに縋り付く。何故なら、ここしか生きる場所がないからだ。「ネットから離れてみましょう」なんて言うのは簡単だ。では、実際に離れるまで徹底的にサポートしてくれるのか?違うだろう?離れられないから困ってるんだ。離れろっていうなら、離れられるようにサポートするくらい当然の義務ではなかろうか。

…ぐぅ〜

「お腹すいた」

そう呟けば、また1つお腹の音が鳴る。そういえば、昨日から何も食べていない。ずっと依頼のラフを描くことに集中してしまっていたのだ。しかし、それももしかしたら先程のようにおじゃんになるかもしれないが。とにかく、腹が凹みそうな程の空腹に流石に耐えられず、台所へと向かう。戸棚を開け、適当なカップ麺を取る。紙の蓋を半分まで開き、電気ポットのお湯を注ぐ。並々とお湯が注がれたのを確認し、蓋を閉じる。蓋が開かないように、推しの蓋を抑えてくれるグッズを置いておく。

「可愛い〜…」

とろんとした表情でデフォルメされた姿は、何度見ても心が浄化されそうなくらいに可愛い。

「推しが不健康なら私も不健康な生活するもんね〜」

推しの好物はカップ麺であり、家には大量のカップ麺が常備されているらしい。推しがカップ麺を紹介する度に私もカップ麺を買っているからか、家にカップ麺が増え続けている。

「さっさと消化しないとなー...」

戸棚の大量のカップ麺を見てぼんやりそう思う。三分でタイマーを付け、スマホを見ながら時間になるのを待つ。SNSを開けば、通知がかなりの数溜まっていた。何事かと見てみてら、先程の虚言癖のガキの囲いだか友達らしい奴からだった。内容は案の定、私に対する誹謗中傷だった。しかも固定している投稿のコメント欄にされている。

「最悪...」

せめてDMに言われるなら私だけしかみられないんだからまだマシだった。けれど、こんな誰にでも見られるところで言われては、私の品位も疑われてしまう。

「これだから未成年嫌いなんだよ」

スマホの電源を落としベッドに投げつける。こういったことがある度に相手の年齢を確認してから依頼を受けようと思うが、いざ依頼が来る度に引き受けてしまう。

「マジでヤバめな病気な気がする」

ぽつりと呟いた独り言は、誰に受け止めてもらえるでもなく虚空にただ消えていくばかりだ。ボーッと頭上を見ていれば、蕩けた思考が夢への切符を渡してくれる。1歩踏み出せば乗車出来そうだ

─ピピーッ、ピピーッ

突如聞こえたアラーム音に、驚きのあまり思考が真っ白になる。何事だと思ったがすぐに理解した。カップ麺の待ち時間でアラームを付けていたのだ。鬱陶しく鳴り止むことを知らないタイマーを止める。瞬間、部屋は再び静寂に包まれ、私の心音がこの部屋の全てになった。

カップ麺の上に乗っていた推しを慎重に下ろし、半分しか開いていなかった蓋を全て開ける。すると、煙とともに美味しそうな匂いが立ち込める。今すぐ食べたい気持ちを抑え、スマホで動画サイトを開く。そして推しVTuberのチャンネルページに飛ぶ。ご飯を食べる時は、決まって誰かの配信を見ながら食べている。

「あ、昨日このソシャゲの案件配信やってたんだ。これ気になってたんだよなぁ」

適当に目についた配信をつける。再生ボタンで動いた歯車はカタカタと虹色に周りだし、楽しい時間を私にくれる。ずっとこうして外を知らず部屋の中だけで一生を終えてしまいたい。何度そう願っても、現実は私を放っておいてはくれない。構ってもらえるうちが花だの言う輩がいるが、そんなのただの自己満足だろう。私のことなんて見ていないじゃないか。本気で助けたいなら、放っておいてほしい。

「ははは!なんでそうなんの(笑)」

動画に夢中になっていたら、空腹のことなんて忘れてしまいそうになる。

「あっぶね。麺伸びちゃう」

急いで食事に手を付けようと箸に手を伸ばす。

ブー、ブー…

動画から急に音がなくなり何事かと思えばすぐに画面上部に着信画面が現れた。電話の相手は案の定母親からだった。

「…うっざ。かけてくんなよ」

迷うことなく拒否ボタンの方へとスライドする。母親とは仲が悪くないとは言えないし、仲が良いとも決して言えない。いや、やっぱり仲は最悪だ。あんな奴母親とも呼びたくない。そもそも、私が一人暮らしを始めたのだって、あいつから離れたいからだ。

母親は過保護が過ぎるのだ。私に無駄に関わろうとして、私を縛ろうとしてくる。だから大学は友達が行くという遠い大学を選んだ。単純に一人暮らしをすると言ったらあの母親は絶対に反対してくる。でも、大学を盾にすれば、そう簡単に断ることもできない。我ながら実に頭のいい行動だと思う。

再び食事に手をつけようと、今度こそ箸を手に取る。麺を掬えば煙が一瞬にして立ち込めていく。空腹を唆るそれに我慢できず、一口麺を啜る。

「あつ」

美味しいとかそんなもの以前に、舌が火傷しそうなほどの熱さが先にやってくる。次からは咄嗟に、ふーふーと息をかけて少しでも冷まそうとする。そうしてちょっとずつ食べていき、完食することができた。台所に行き、スープが少し残ったままになっているカップ麺の容器を軽く洗い、ゴミ箱へと捨てる。部屋に戻り、スマホを手に取ってベッドへと横たわる。SNSを開けば、まだ私に対する罵詈雑言が書かれ続けていた。

「こりゃ晒し系に暴露されるのも時間の問題かもなー...。冤罪だけど」

実は過去にも似たような案件があった。私がクライアントの依頼のことを忘れて、料金の持ち逃げみたいなことをしたことがある。けれど、配信が終わった数週間後に納品はしたのだからセーフだろう。少なくとも、私の中ではセーフだ。クライアントも一応は受け入れの様子だったのも助かった。呆れてはいただろうが。そんなことがあって以来、私は平和に過ごすために依頼の期日は守り、依頼料はしっかり頂く。そうやって依頼をちゃんとこなしてそれなりの信用をまた得ることが出来たのだ。だというのに、このガキは。

「イライラする」

そう思っては適当なインフルエンサーのアカウントを開き、適当な動画をタップする。そしてコメント欄を開く。

『振り付けダサ過ぎ。こんなん誰も踊る人なんていないでしょ。何がよかったら踊ってみてねだよwwww』

そしてまた流れてきた人の動画を見てコメント欄を開く。

『きっっっっしょ。こんなのにファンついてるとか信じられん。信者すぎるだろww』

また

『いやイラスト下手すぎwもっと上手になってから依頼受けるとか言ったら?あ、バカにはそんなんわからんかwww』

「はぁ...」

有名人はこういうことを言われることに皆慣れてるんだからこれくらい言われても仕方ないんだ。そ、仕方ない。だから石を投げても何も問題がない。エンターテイナーというのは娯楽として消費される存在なんだ。それを彼らも分かってるんだから、アンチとインフルエンサーというのは存外ウィンウィンな関係を築けてる。私みたいな存在に対してあれやこれや言ってくる輩が多々存在しているが、そんな人たちこそアンチなのだ。誰かに対して心で中指を立てていたとするならば、誰だってアンチに変わりない。

これは決して自分が気持ち良くなるためのドーパミンなどではない。ならばなんだと言われたら分からない。けれど、誰かを刺さなければ生きていけない。体が、細胞が、あなたの傷ついてる姿を必死に求めているから。

「アンチについて」とか「誹謗中傷に傷付きました」とかそんな投稿を見るたびに体に寒気が走る。けれどこれは決して嫌な寒気なんかではない。興奮的な恐怖感、背中を押せた達成感。全部全部、血が吹き出すくらいに気持ちよくなる。

傷まみれの切り傷に、私の刺した傷はどのくらいあるのだろう。そんなことを考えたら楽しくなってくる。けれど、きっと私の傷跡はその人の体には残っていない。だって私のアカウントには鍵をかけているから。誰かを傷つけたいという気持ちも、アンチコメントを書くことが楽しいのも全部本当だ。それでストレス発散になってるのも事実だ。でも、私の根っこは罪悪感を抱いているのもまた事実なのだ。めんどくさい、生きづらそうと思うだろう。あぁそうだよ。めんどくさいし生きづらいよ。何度、死んでやろうと思ったことか。でも、そんな勇気、私にはないんだ。だからこうやって今日もたらたらと生きてしまっているんだ。

今日はダメだ。感情が酷く揺らぐ。こういう時は一度寝よう。そして体を休めよう。そう思いベッドの中に体を全て収める。布団の中は暖かく心地いい。今すぐにでも寝てしまいそうだ。そのまま夢の中へと潜ってしまおうと目を閉じる。

ピンポーン

ドンドンドン!

「檸檬いるー?いるんでしょー?出てきなよ引きこもりー!!」

眠気が吹き飛ぶどころか邪魔されて不機嫌メーターがピピピと上がっていく。鳴り止まないチャイムと大声に嫌気がさし、嫌々布団から降りて玄関へと向かう。扉を開ければ、迷惑系DQNが抱きついてきた。

「もう!やっと出てきた!何回チャイム押したと思ってんの?会いたかったよ〜。まじ久しぶり!あ、てかこの前のオーディション番組見た?あたしの推し落ちたんだけど超ショックー。あ、あの猫可愛くない?ってあれゴミ袋じゃん。ポイ捨てダメだってほんと〜。あ、そういえばさ」

「ストップ!ついてけない!」

忙しなく動く口を両手で押さえ、無理矢理言葉を塞ぐ。相変わらず油断も隙もないような奴だ。すぐに話を脱線させたがる。これだからいつまで経ってもこいつはDQNなのだ。

「ごめんって〜。ぜーんぜん話してなかったからちょっと楽しくなっちゃって」

私の手を軽く退けてからそう言ってのける。相変わらずの陽のオーラに目を瞑りたくなる。いつもいつも、私には眩しすぎる存在だ。

「あ、そういやさ、ちょっと話したいことあるから入ってもいい?」

といって私の後ろをあれあれと指差す。部屋の中に入れろということだろう。

「はぁ、分かった。話したらすぐ出てってよ」

「やったー!檸檬のそういうとこ、あたし好きだよ!」

「はいはい…」

半ば呆れ気味に彼女、唯を部屋の中へと入れる。「お邪魔しまーす!」と陽気な声を上げて靴を脱げば、一目散に私のベッドへと潜り込んでいく。

「ちょ、おいこら!」

私は急いで唯をベッドから引き剥がそうと、彼女の腕を掴み必死に引っ張るが、微塵も動いてはくれず、私が引っ張る度に腹立つ声で叫んでくるせいもあり、私のストレス値がぐんぐん上がっていく音が聞こえてくる。

「もう!そこ私のベッドなんだから退いてよ」

「いーじゃん!減るもんじゃないし」

「いや、そういう問題じゃない気がするんだけど…。あー!もういいや。それで?話ってなんなの?」

私が問うと、唯は手を両手で合わせぽんと叩き「あぁ!」という声を上げた。反応的に忘れていたのだろう。唯は自分の鞄を、あれでもないこれでもないという風に、出しては見て、プリントをそこら辺に投げ捨てている。…ん?投げ捨てている?私の部屋で?

「あ!あった!」

「ちょっと待てい!」

私が手をパーの形で前に出すと、唯「え?」と言葉を漏らしてきょとんとしている。この惨状を見てよく首を傾げられるものだ。

「あのねぇ!人の家でプリントをあれこればら撒かないでくれない?」

「えー?別に全部片付けるからいーじゃん!」

「そういって前何枚か残ってたじゃない!あの時、あんたの家行っても何故かいないし…。お陰で大学行く羽目になったんだからね!てかなんで大学いて家に居ないの!?おかしくない!?」

「今日檸檬よく喋るね〜。てか大学行くのはいいことじゃん。ちゃんと登校出来て偉いね〜」

そして私の頭に手を伸ばそうしてくる。噛み付いてやろうかとも思ったが、それは流石に可哀想だから、てをはたくくらいで勘弁してやった。

「あ、ってそうじゃくて、これに誘う為に来たんだった。もう!檸檬が話脱線させるから〜」

「は?え?それはごめん」

「えー?許すー」

ニヤニヤとした顔でそう言われると腹立つから辞めて欲しい。

「んで?何に誘うつもり?」

「ふっふっふー…じゃん!こーれ!」

そう言って唯が見せてくれたのは、私たちが住んでる街、星落市が毎年この時期に開催している地域の祭り、星祭りだ。といっても、私は元々星落市どころか、この辺りの生まれではないから、特別この地に何か思い入れがあるわけでもない。だから、ここに来た2年前、つまり今まで2回せっかく行くチャンスがあったものを、私は棒に振り続けたのだ。

だからこそ、私はこんなことを言えてしまうのだ。

「ただの星祭りじゃん」

「ちょっとー。そんな何年も住んでるみたいな発言しないでくれるー?私達ここに来たの2年前じゃん」

「や、まぁ、そうなんだけど…。でも、それって、どこにでもある地域の祭りでしょ?人も多いだろうし行きたくないよ」

「えー!何で?今年こそは行こうよ!すっごく楽しいよ!屋台も色々あって楽しいし、最後には皆で星を見るんだよ!凄くない!?」

なんで唯が「今年こそ」なんて言葉を使うか分かるだろうか。そう、彼女は去年も一昨年も、私をこの祭り誘ってきているのだ。けれど、私は人の多いところは嫌いだし、星なんて別に興味がない。第一、星なんて見てなんになるというのだ。そんなものに行く暇があるのなら、作業をしていた方がずっと有意義な時間を過ごすことが出来る。だから、毎年、断っている。

「んー、まぁでも、これで3度目だし、正直断られるのは想定内だったっていうか…。まぁだろうなーって思ってたっていうか…。てことで、私の切り札を出そうかな!」

「切り札?」

「そう!じゃーん!」

そういって今度はパーカーのポケットからまた何かを出してきた。見ればそれは何かのチケットのようだ。それも2枚分。

「なにそれ?」

私が問えば、唯は「ふっふっふー」と鼻を鳴らし、偉そうに両腕を組んだ。

「これはね、ワトソン君」

「ワトソンじゃないけど。ついでにあんたはホームズじゃない」

「そんなとこどーでもいーの!…とにかく!これは前回の星祭りの星を再現した、プラネタリウムのチケットなんだよ」

そう説明して、私にチケットを2枚とも差し出してくる。そのチケットを受け取り、よく見れば「星祭り予習プラネタリウム」というタイトルが書いてある。なんと安直で単純なタイトルなのだろう。

「んで?これに行けと?」

「無理にとは言わないよ。でも、プラネタリウムだったら、静かでしょ?それに、星を知るいい機会にもなる!だから、どうかなって」

そう言われチケットをよく見てみる。有効期限は10月31日まで。星祭りの一週間前までだ。そして今日は10月13日。近いうちにさっさと行かなければ、期限なんてあっという間に過ぎていくだろう。

「んで?2枚とも渡されたわけだけど、あんたは行かないの?」

「行きたいよ!そのチケットゲットするのすんごい苦労したし。...でも、檸檬にも一緒に行きたい人とかいるかなーって思って」

「はぁ?そんなの」

いないと言えればどれほど楽だろう。

「......別に」

「別に?」

「い、いないし...」

「そんなためて、いないはないでしょ」

それだけ言って、唯は床に散らばったままになっているプリントを片付け始めた。プリントを片付けた唯は、そのまま「じゃーねー」と言って部屋を出ていってしまった。

取り残された私はチケットをただ見つめ、私をこんな存在にした奴を思い起こす。今思えば、私がこんな存在になったのは全てあいつのせいだ。そんなやつと話すだなんて、私はバカなことを考えてると思う。あいつは、たかが昔のネットの友達だ。一回オフで会って、それが、炎上騒動に繋がった。そう、有名なネットの友達だ。

あの日、私とあいつはただ一緒に出かけただけだった。好きな作品がライブをやるらしいから一緒に行かないかって。それがきっかけで、2人でライブに行った。だけど、あいつは有名なゲーム実況者で、イベントも出ていて、顔も出していたらしい。そのせいで顔も撮られて、私も巻き込まれた。迂闊な行動だったとは思う。けれど、チケットは向こうが用意してくれるというし、相手とは何度か通話で話していたし、お互いどんな人物か知っていたつもりではあった。それに私とあいつは、友達以前に、クリエイターとエンターテイナーだった。だからこその信頼があった。実際、あいつは私に手を出すなんてことはしなかった。友達として、ただ一緒にライブを楽しんで、終わったら静かなカフェで感想を言い合った。普通の友達だ。けれど、私が女だからだろうか。あいつとは疎遠になった。それから、どうしようもなく腹が立って、色んなインフルエンサーに当たり散らかした。そしてそれが今も続いている。

そんなことがあって、あいつからイラストの制作依頼はもうめっきりきていない。まぁ、私がブロックしたからなんだろうけど。

「久々に連絡して、返してくれるかな」

ダメ元で連絡してみようか。いや、何を言っているんだ。私は、あいつは。

...私は━━


『れも:久しぶり。ちょっと話さない?21〜31で空いてる日教えて欲しいんだけど』

『れも:あ、話すってオフでね、だから変装前提』

チャットルームに、私が送った文言がポツポツと浮いては出てくる。そのまま返信をちょっと待ってみるけど、当然返事なんて来ない。今更ながら何馬鹿らしいことをやっているんだと思う。電源を落とし、充電ケーブルをスマホに挿す。

ピロン

「え?」

スマホがケーブルに刺さった音じゃない。通知音だ。気になってスマホの電源を再び付ける。あいつからの、ネオンからの返信だった。気になりつい通知をタップしてしまう。

『ネオン:久しぶり。25なら空いてるよ』

震える手で両手でキーボードを操作し、文章を形作る。他でもない、私の言葉で。

『れも:それじゃ、25日の11時までにここに来て。待ってる』

と書いて、星落市の駅のURLを添付する。

言ってしまった。やってしまった。再び、私はあいつに会いに行くのだ。大丈夫、今度はバレないように徹底する。だから大丈夫。そう思いながらも、久々に友と再会できる喜びをこれでもかと噛み締めていた。


そして約束当日。私は約束の10分前に駅に着いた。別に普通だろう。なのに...。

「...ねぇ、あんたいつからいたわけ?」

「え?ついさっきついたばっかだよ?」

「とか言って、本当は一時間前とかからいたんじゃないの?」

「流石にそれは盛り過ぎだって。あ、てかれも、今日のワンピース可愛いね。すごく似合って...」

それ以上言わせまいとネオンのほっぺたを両方とも思いっきりつねってやる。痛そうな声をあげる彼に対して、内心ざまぁという気持ちが芽生える。これだからこいつは女と出かけるだけで炎上するような男なのだ。そろそろ可哀想に思えてきて、いい加減解放してやる。

「痛いなぁ。何するの?」

「それはこっちのセリフ。そんなんだからすぐ炎上するんだよ」

「え〜?俺は本当のこと言ってるし、別に悪いことなんて言っていないでしょ?」

確かに普通の人間ならば、そうであろう。だがこいつは違う。元からある程度の知名度はあったが、顔を出し始めて人気も更に上がり、アイドル的な扱いをされ始めた。非現実的な可愛さが人気らしい。本人はそれに対して、どう思ってるかは分からないが、少なくとも悪くは思ってなさそう、とは思う。あくまで私の感想だが。

「それで、今日はどこに連れってくれるの?」

「これ」

そう言って私はネオンにプラネタリウムのチケットを見せる。彼はそのチケットを見て、感嘆らしい息を漏らした。

「すごいね。これ、観光客にも人気で、中々入手できない物だよ。れもすごいね」

「別に。友達から貰っただけ」

それからプラネタリウムまでの道中、お互い情報交換をして、それぞれの近況を知ることが出来た。2人とも、思った以上にいろんなことがあったようだ。プラネタリウム会場への道は一瞬のようにも思えた。そのことを実感した時、実況者の話術はすごいな、なんて薄っぺらいことを考えていた。


プラネタリウムの室内は薄暗くて、静かで、落ち着く雰囲気だった。私たちは指定の座席に座って、開始を待つこととした。

「なんかいいね。こういう雰囲気」

「ね。でもれもはすぐ寝そうだよね」

「そんなことないし」

そんな言い合いをしていれば、開始のアナウンスが始まる。どうやら始まるみたいだ。私は意識を空中に集中し、流れる星に微量の好奇心を注ぐ。

そして、空に満点の星が投影され始めた。

「...わぁ」

それはとても綺麗で、眩くて、空を栖とする小さな惑星たちが開催するライブのようだった。星をみて、アナウンスを聞いて、うつらうつらと瞼が視界を封じようとしてくる。

だめ、まだ、みていたい

私の意識は星々に囲まれながら、静かに落ちていった。


「うぅ...」

帰り道、適当に歩きながら、プラネタリウムのことを少し後悔する。せっかく唯がくれたものを無駄にしてしまった。

「爆睡だったね」

「いや、でも、最初はちゃんと見てたし!本当に、本当にすごいって思ったし!...なんか、少し楽になった気がする」

「そっか。俺も癒されるいい機会になったよ。誘ってくれてありがとう」

「いや...別に」

彼が歩みを止める。つられて私も歩にブレーキをかける。アクセルはまだ踏まなくていい。

「あのさ」

声が重なった。考えることは同じかと、つい笑いが溢れる。私の様子にネオンもつられて笑い出す。

「この後、少し話そうよ。ずっと、れもと話したかったんだ」

「いいよ。近くにいい店知ってるから、そこに行こう」


近くのカフェに入り、席に着けば、何を頼もうかとメニューを2人で見る。2人とも適当な飲み物だけ店員に頼む。そして気まずい沈黙が流れるかもと思った。けれど、そんなもの、流れては来なかった。

「...あの日のこと、ちゃんと謝れなくてごめん」

「え?」

「誘ったのは俺だし、俺の大人としての配慮が足りなかった。ごめんなさい」

まさかネオンに謝れるなんて思いもしなかった。だって、あの後、私はネオンをブロックしたし、彼に酷いことだって、言ってしまった。

「いや、私こそごめん。あの後、ブロックもしちゃったし、酷いことだってたくさん言った...」

「え?なんか言ったっけ?」

「あ、表じゃなくて、裏で...」

「あぁ、別に気にしないよ。目に見えないところで言ってくれるだけ、ずっと優しい」

そう話す彼になんと話しかればいいか分からない。口を開閉していると、再び彼の方から話しかけてくれる。

「...他になんか言っときたいことはない?」

「言いたいこと?」

「そう。れもと喧嘩するのはこれっきりにしたいから。絵もまた描いてもらいたいし」

言いたいこと、ある。言わなくちゃいけないこと。伝えなきゃいけないこと。

「ある」

「...うん」

彼は何も言わず、私の話を聞いてくれようとしている。だから私も、向き合わなくちゃいけない。

「...ずっと、ネオンのせいだって思ってた。私が酷い目に遭うのも、私の心がこんな荒んだのも、全部、ネオンのせいだって。ネオンがあの日、私を誘わなければ、暴露系の枠に上がることもなかったし、今もネチネチとアンチされることなんてなかったって。全部、全部ネオンのせいなんだって!」

「...うん」

「でも、本当は違うって分かってた。全部、私がダメなんだって。でも、どこかで、きっとそんなはずないって思ってた」

話してみて分かった。そう思わないと、私はきっと評価されないんじゃないかって。絵描きとして自分を下げちゃダメなんじゃないかって。

「ごめん、ネオン」

「...いや、いいよ。俺にも原因はあったんだし。許すなんて偉そうなこと言いたくないけど、そんなことでれもの気が楽になるなら、いくらでも許すよ」

「...ありがとう、ネオン」

泣きそうなのを必死に抑える。この話をこれ以上続けたらきっと泣いてしまう。なら、無理にでも話を変えなければ。

「お待たせしましたー!ホットココアとミルクティーです!」

頼んでいた飲み物がタイミングよく来てくれた。助かったと思いつつ、乾いてた喉をココアで満たす。ちょうどいいぬるさのココアはカラカラな喉を満たしてはくれなかった。けれど冷えた水などいらない。このぬるさが、今の私には丁度いい。


ネオンと別れた後、私は1人で帰路へと着いた。つい見上げた星空は、日本で一番美しいと言われるのも納得の満点の天の川だった。

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