終 節:おもうゆえに③
ゆずれない想い
胸に秘めて
突き進むは茨の道
「でも、そうなんだよな。俺を生んだから、母上が亡くなった。その事実は変えようがない」
「淘汰っ!でもそれは……」
「皆、そうなんだよ!」
志杏椶の言葉を遮るように、淘汰が叫ぶ。
「姉上と……キリエ、レヴィそれに桔梗だけだ。そんな風に思わなかった人は」
―― この、呪われたような名を、何のてらいもなく呼んでくれたのは
「だからこそ“淘汰”って自分の名前……嫌いにならずに済んだんだ」
精神感応能力に長けているからこそ、聞こえてくる“人の本音”は、どれも淘汰にとっては辛いものだらけだった。
「それでもさ、俺がここまで自分を曲げずに来れたのは、姉上や桔梗達のお陰だ。俺、支えられて、助けられてばかりだ」
そんな風に考えているとは、微塵も考えたことがなかったのだろう。
苦笑を浮かべる淘汰を、桔梗、キリエ、そしてレヴィは何も言えずに見守っていた。
すっと表情から苦笑が消える。強い意志をもった眼差しで、傍らに横たえているマナに視線を移した。
「真っ直ぐに、俺を必要としてくれた。マナは“俺”を必要としてくれたんだ。こんな俺でも、誰かの救いになるのなら、俺は、迷わずその手を取る」
「淘汰」
複雑な思いを込めて、志杏椶が淘汰を呼ぶ。
「ごめん、姉上。心配かけて、本当にごめん。でもさ、惚れた女の一人くらい、自分のこの手で守りたいんだ。結果、もう皆と会えなくなってしまっても」
志杏椶は、複雑な思いだった。
弟の行く先を思うと、それは暗雲が立ち込めていて。
初めて、淘汰の心の底からの叫びを聞いた気がして。
掛ける言葉を、考えあぐねていた。
「行って来い、馬鹿」
そう、最初に言葉を掛けたは桔梗だった。
「阿呆が、会えないだと?誰だと思っているんだ。からかいに行ってやる。覚悟しておけ」
レヴィは、容赦なく淘汰をどつきながら言う。
「淘汰、俺達“親友”なんだろう?だったら、もっと信じろよ?一人でやろうとするな。俺達には俺達にしか……天界でしか出来ないことをするつもりだよ?」
苦笑しながら、最後にキリエがそう言った。
「まさか、最初に結婚するのが淘汰だとはな」
「けっ!?」
予想だにしていなかった桔梗の呟きに、淘汰の顔は真っ赤に染まる。
うんうんと、したり顔で頷くレヴィが、更に止めを刺す。
「しかも、“駆け落ち”だ。この間まで恋の“こ”の字も知らなかったケツの青いガキがだ」
「レヴィィィ!」
やいのやいのと、普段と変わりないじゃれ合いが始まったのを横目に、志杏椶は溜息を吐く。
「すみません、羅候様」
「ううん。これじゃあ、マナも人を受け入れるわけだよ」
苦笑を浮かべて羅候が言う。そして、真顔に戻ると志杏椶に視線を向ける。
「志杏椶は今のままで良いの?“今”なら回避することが出来る。逆に言うなら“今”しかないんだよ?」
「羅候様……羅候様は、未来のすべてが見えるわけではないのですよね?」
志杏椶が言うのに、羅候は躊躇いながら頷く。
「そうだよ。人と人の出会いは“定め”られたこと。でも、そこからどうなるか明確な答えは存在しない。無数の未来が、おぼろげに存在しているだけ。その中のどれが選ばれるのかは、直前にならなければ判らない」
―― だったら……
言いながら、志杏椶はじゃれ合う弟達に視線を向ける。羅候もつられて淘汰たちに視線を向けた。
「私も逃げません。弟が立ち向かおうとしているのに、私だけ逃げるわけにはいきませんよ」
「でも……」
「私は“今”逃げ出せば助かるかもしれません。でも、私のその行動で“犠牲”になってしまう人達が出てしまうというのなら、私はきっと一生自分が許せない……」
―― だから、“自分の為”に戦うのだ
そう、強い意志を候に示した。
「志杏椶」
不安そうに、そう自分の名を呼ぶ羅候に、志杏椶は安心させるように微笑んで頷く。
「“運命”とやらに私もとことん抗いますよ、あなたと一緒に。諦めてなるものですかっ!それに私はあなたにも……羅候様にも笑って欲しいんですよ?」
―― お二人は、比べようがない、大切な私の主なのですから
そう言葉を続けようとした、そのとき大気が揺れた。
「何だこいつ!?」
最初に叫び声をあげたのは、淘汰だった。
叫ぶのも無理はない。彼らの後ろには、巨大な竜が湖から上体だけ出してくねらせて、こちらを見据えていたのだ。
「ああ、ニーズヘッグ……来たね?」
<はい、羅候様>
「本当に、良いんだね?」
<もちろんです>
この会話は、羅候とニーズヘックの二人の間でしか成立していないらしく、突然水面から姿を現した大竜に、皆呆然としてしまった。
大竜……ニーズヘッグは恭しく羅候の前へ頭を垂れる。羅候はゆっくりと近付くと、ニーズヘッグの額に口を付けた。
瞬間、目を塞ぎたくなるような眩い光に覆われ、淘汰たちは思わず目を腕で庇った。




