第六節:まじわるとき③
誓いを立てるは
誰が為のツルギ
ふと、どこからか、風にのって歌が聞こえてきていることに淘汰は気がついた。
温かく、どこか切ない歌。
「何だ?この歌」
「歌……?」
淘汰の言葉に、桔梗も耳を澄ませる。
「羅候だ。羅候が歌ってる」
そう、ぽつりと呟き、突然走り出したのはマナだ。慌てて淘汰と桔梗がその後を追う。
—— ……と、いきなり視界が開けた。
森を抜けたその先にあったのは泉。マナの姿はそこにあった。
「羅候!」
「……マナ……」
淘汰と桔梗は、生唾をゴクリと呑んだ。
嬉しそうに、一直線にマナが向かう先にいる“モノ”に、目を見開いた。マナと瓜二つの容姿をした、だが一見して全く別の存在だとわかる。
銀糸の髪は、大地につくほど伸びており、泉に溶けているように見える。
その、碧色と蒼色の双眸が淘汰と桔梗を捉えた。
二人はなぜか、その場から動くことが出来なくて、ただ呆然とその姿を眺めている。
ほとんど透けている。
“存在”しているのかすら、あやふやで。
「同じ顔してて……ここまで違うものなのか?」
思わず、桔梗がそう呟いてしまう程度には、マナと羅候の在り方は真逆だった。
桔梗のその呟きに淘汰は、2人に改めて視線を向けた。
「羅候!彼がこの前話した淘汰とその友人の桔梗。二人とも、信頼できるんだ!ボクたちの味方だよ!」
嬉しそうに言いながら、自身に抱き付いてくるマナを、羅候は静かにゆっくりと放す。
「羅候?」
いつもと違う、その様子にマナは思わず眉を潜めた。
「マナ、約束を破ったね?ここに、“人”は入れてはならないと、そう言ったでしょう?」
「でもっ、でも羅候……彼らは羅候を救ってくれる!その手助けをしてくれるんだ!」
だが、羅候は頷かない。ゆるく首を振った。
「僕は、そんなことは望んでいない。マナ、掟を破った罪は……君自身に払ってもらう。」
何を言っているのか、マナには判らなかった。
大切な半身……何があっても、守りたい、失いたくないと思っていた。
―― 何があっても、羅候だけは自分を裏切らない
そう、今のこの瞬間まで信じていた。
自分が羅候を必要と思うように、羅候もマナを必要としてくれていると。
羅候の動きが、とても遅く見える。羅候の耳の三対の翼が大きく広げられる。
遠くで、淘汰が何かを叫ぶ声が聞こえた気がして、マナはそのまま身を貫かれるような衝撃に襲われて、意識を失った。
いきなりの事に、淘汰は何が起こったのか皆目検討がつかなかった。
突然、羅候がマナの身体をその手で貫いたのだと理解したときには、マナは倒れこんでいた。
「マナッ!」
駆け寄って、抱きかかえる。ゆすっても、何も反応がない。
「お前っ!何してんだよ!マナを助けたいって、助けてほしいって言ってたの、お前じゃなかったのかよ!」
淘汰は、マナを抱きかかえたまま、睨むように羅候を見上げて感情のままに声を荒げた。
「お前がっ!お前だって、ここに俺達が来ることを望んだはずだ!それをっ……何が掟破りだよっ!」
その様を見ても尚、羅候の表情に変化は一つもなかった。
それが更に、淘汰の苛立ちを煽る。
「何とか言えよ!俺は、こんなことしに来たんじゃねえ!」
「落ち着け、淘汰!」
殴りかかろうと腰を浮かしかけた淘汰を、桔梗が後ろから羽交い絞めにして止めていた。
「放せっ!桔梗!」
抗う淘汰を全力で止めている桔梗。
どうにかしてこの親友の頭を冷やす術はないものかと頭を悩ませていたその時だった。
するはずのない、耳馴染みの声が聞こえてきたのは。




