第五節:いたみのなかで②
追憶の果てに
揺らめく残滓
あなたにこれを託します
これはきっと、いつかあなたを苦しめるでしょう
この名と共に託す私を、あなたはいつか責めるでしょう
……でも……
その時が来ても
決して世界を
あの方たちを恨まないで
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「あなた達には、まずこの世の真理から話さないといけないわね」
部屋に入るなり志杏椶は開口一番そう切り出した。キリエもレヴィも事あるごとに訪ねていたこの部屋に立ち入らなくなったのは何年前からだろうか。しかし昔のまま何も変わってはいない。
そう、たったの一年とはいえ、主が不在であったにも関わらず埃一つ落ちてはいなかった。焔祁の配慮か、はたまた法会の配慮なのか。
「座って?」
そう二人を促しながらお茶の用意をしている志杏椶の後姿を、ただぼんやりとキリエは眺めながら思いに耽っていた。
―― あの頃と、何も変わらない。変わったのは、変わってしまったのは、俺の心……
でも、その恋も終わってしまった。叶わないまま、心のどこかで判っていたこととはいえ、キリストは志杏椶と顔を合わせ辛かった。
次に逢った時、どう接すれば良いか、考えあぐねていた。
―― なのに、そんな風に焦っていたのは、俺だけか
成り行きとはいえ決死の覚悟でした告白も、何もなかったかのように振舞う志杏椶。ならば、キリストも何事もなかったかのように応対する他なかった。
―― そういえば……
コト……と、目の前に茶の湯が置かれた事で、キリエの意識は浮上した。キリエが口を開く前に、レヴィが問う。
「なあ、何で人払いまで?する必要があるくらい、ヤバイ話なのか?」
その問い掛けに、二人の前に腰掛けながら志杏椶は微かに頷いた。
「東西領域における、最上級の機密事項よ」
さらりと、とんでもないことを言ってのける志杏椶に、飲みかけていたお茶を喉に詰まらせて咳き込む二人。そんな二人を横目に、志杏椶は涼しい顔をしてお茶を飲んでいる。
「あのなあ」
「レヴィ、聞こう」
文句のひとつでも吐いてやろうと口を開いたのを止めたのは、意外にも隣に座っていたキリエだった。
「キリエ?」
一緒になって騒ぐものだとばかり思っていた相手からの静止に、思わずレヴィは志杏椶からキリエへと視線を向けた。
「ちゃんと聞いて、そして俺達の考えで行動しよう」
その真剣な眼差しに、レヴィはため息を一つ吐いて足を組みながら志杏椶に視線を戻した。
「ちゃんと聞きながら、いちいち驚いてやる」
「そんな、威張ることでもないと思うけど」
そう苦笑しながら志杏椶は言ってから一息つくと、背筋を正してから話し始めた。
「天地開闢の詩は、聞いたことがあるわね?」
「創世記の序文の事?」
キリエの返事に頷く。
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常闇の世界に、まず大樹がなった
大樹の雫は海となり、根は大地となる
海と大地に育まれ
まずは大樹から“精霊”がこの世に生を受けた
やがて、精霊たちは謳い出す
至福の詩を
誕生の詩を
そうして、太陽と月が生まれた
対となる王が生まれた
太陽の化身であり創造と破壊を司る王
月の化身であり浄化と再生を司る女神
いつしか、“世界樹”と呼ばれるようになったその大樹の下で
ウルドの泉と対なす泉、ミミルの泉の畔で……
名も無き2人の創世王は今もこの世界を見守り続けているという




