第四節:むしばむやみ④
箱庭の安息
偽られしは世の真理
帰路にて淘汰から『マナが精霊王の片割れて、“太陽の王”と呼ばれている者だ』という事実を明かされても、いまいちピンとこなかった。
彼らにとって、マナは照れ屋で強がりなチビでしかなく。精霊王という大それた存在であることは、さして問題視するべき事柄ではなかったのだ。
そう、あくまでも“彼らにとっては”という狭義の意味では。
大人たちは“マナ”という存在ではなく、“王の力”を欲している。もしも、淘汰との仲を知られたら。
その結果は、考えるまでもなく火を見るよりも明らかだ。西域の王であるラスティが動き出したとなれば、当然東域も放ってはおくまい。
キリエとレヴィには、大人たちの掲げる大義名分なぞ、友人らの安否との天秤にすら載らない戯言でしかない。
だからといって、騒ぎ立てるわけにもいかない。この場合、周りの大人たちは“敵”であると見てよいだろう。
悟られてはならない。慎重に、いつも以上に“日常”を演じる事が暗黙の絶対条件なのだ。
「キリエ?レヴィまで、どうしたの?そんなに慌てて」
東域に着いて鉢合わせてしまったのは、二人にとって今一番会いたくない相手、志杏椶であった。
無論、お互いの真意は異なるところにある。
キリエは志杏椶と視線が合った途端、思わず視線を横に逸らしてしまった。そんなキリエに苦笑を漏らしつつ、志杏椶がどちらともなくもう一度、改めて問う。
「何を、そんなに慌てているの?そんな強張った顔をしていたら、“僕らは密事をしています”と宣言しているようなものよ?」
その言葉に、レヴィは大袈裟な溜息をついてみせた。
「だから、大姐上には会いたくなかった」
そう、この昔馴染みの姉貴分に嘘を付けた例がなかった。剣の師であり、忙しいそれぞれの親に代わって彼らを育ててきた、実質上“母親”のような存在。
“大姐上ならば、信じられるのでは?”そう思う反面“大姐上も所詮、大人だ”とどこかで警鐘が鳴る。
―― だが、なによりも‥‥
それでなくとも地上の事で頭を悩ませているであろう志杏椶に、いらぬ心配を掛けたくない、そんな純粋な思いから今回のことを言うことは憚られた。
しかし、会えば嘘を突き通せない。頼ってしまう己の弱さも重々承知していた。
だから、“今は”一番会いたくない存在なのだった。
観念したように一つ溜息を付くと、レヴィは口を開いた。
「実は……」
「レヴィ!」
当然、止めたのはキリエである。二人は、珍しく声を荒げたキリエに視線をやる。
「これは、俺たちの問題だ。そうだろう?」
自分自身に言い聞かせるように、一言一言を噛み締める様に言う。
「だが、俺達で出来ることには限りがある。キリエ、お前も判っているだろう?」
―― 俺たちは、所詮子どもなんだ
暗に言わんとしている事まで耳に届いた気がして、キリストは思わず歯を喰いしばったままレヴィを睨み付けた。
反論の余地がなかった。レヴィは、一切動じず視線を見返している。
いつ終わるとも知れない険悪な睨めっこに終止符を打ったのは、志杏椶その人だ。
「ちょうど良かったわ。私から、二人にお願いしたいことがあったの」
予想外のその言葉に、二人は思わず志杏椶に振り返った。二
「何?その顔は……」
志杏椶は可笑しそうにくすくすと笑う。今まで一度もなかった、“お願い事”に二人は鳩が豆鉄砲でも食らったような、そんな唖然とした表情を志杏椶に向けていたのだ。
志杏椶につられて、二人も自然と笑みが零れた。事態が何か進展したわけでもないのに、それまで侵食していた焦燥感が裡から消えていた。
「ここでは何だから、私の部屋へ行きましょうか」
「後でもいいか?今は、淘汰を探さないと」
レヴィの言葉に、全てを承知しているという風に笑顔を浮かべて一つ頷いた。
「全て、繋がる時が来たようね」
志杏椶の、その意味深な呟きにキリエとレヴィは顔を見合わせた。
この世の闇を全く知らない、無垢な子ども。何にかえても、自分が守らなければと心に決めていた、大切な弟達。そんな彼らに託すしかない不甲斐なさが、志杏椶自身一番赦せなかった。
“ごめんなさい‥‥あなたに、こんな重荷を‥‥”
そう言って泣いていた母。あの時、志杏椶は何も重荷になど感じてはいなかった。それよりも、母の涙を見ることが辛かった。
だから、「大丈夫」だと何度も言った。「私なら、大丈夫だよ」そう、繰り返した。それでも、母の涙が枯れる事は終ぞなかった。
―― 母様。今、あなたのお気持ちが判りました
形見の耳飾にそっと語りかける。
―― 託すしかないのなら……
笑顔で全てを隠し通す。それが、志杏椶の“優しさ”の形。贖いの形だと、彼らが気付くのは、随分先の事である。
<第四節:了>
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