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原罪  作者: 梨藍
Overture
34/54

第四節:むしばむやみ①

箱庭の安息


偽られしは世の真理

―― 神話の時代……


 世界に神はいなかった。自らを“神”と称するものも、また然り。“ヒト”と呼ばれる者達も又、決して“神”ではなく。

 精霊が主の姿を真似た。それが“ヒト”の始まりとされていた。だが時と共に、自らが精霊であることを忘れた。

 誰が主であるかすら、忘れ去った。“富”を求めた者達は翼を無くした。同朋達の声にすら、耳を傾けなくなった。

 

 原始のヒトの道は二つに分かたれた。空を駆ける事が許された、“純真”の心を持つもの、有翼人種。そして、富を求め、知恵を手に入れ栄枯盛衰を繰り返す“人間”。やがて、有翼人種は自らの力を“神力”と称するようになる。これが、後の“神”の始まりだ。

 

 最近、天上界に流行っている戯曲である。

 

 だが、語られる戯曲には隠された真実がある。曲げられた真実の裏に、そっと潜まされた真実を知るのは、三人の兄妹だけだ。うち一人は今やもうおらず、真実を知るのは二人の兄のみとなってしまった。そう、翼を持つ者達こそ、罪を贖う為の存在なのだと。 


 娘の兄達は、今も東西の王として、彼の地を統治している。



※※※※※※



 東域と西域の丁度中心に位置するところに、ギムレーと呼ばれる巨大な透明のドームに覆われた集落が存在する。この地だけは、東西どちらにも属さない独立した統制が取られている。

 何人にも開かれたその扉は、祈りを捧げに来たもの、救いを求めてきたものを拒みはしない。

 “道”を求めてきた者を決して否定したりはしない。

 なので、ギムレーは多文化に富んだ、活気溢れる一つの“街”といっても過言ではなかった。それも、恐らくは東西でも、ギムレーの発展に敵う街はないだとうと囁かれるほど、その文化は独自の発展を遂げていた。

 

 そのギムレーの中心に聳え立つ“黄神殿(こうしんでん)”の名を持つ塔が、ギムレーを支えている唯一無二の柱である。

 そして、その黄神殿に住まう九曜一族(くよういちぞく)は星の動きを読み、精霊の声に耳を傾ける事を生業としており、どんな者にも、斉しく訪れる“宿命”を託宣する。ギムレーを統治しているのも、彼らだと言っても過言ではない。


 一方で、ギムレーを“アナテマの地”として蔑む声が多い地でもあった。


 東西に関わらず誕生した子は皆、黄神殿で託宣を受ける。

 大抵の場合、託宣を受ける事でその子の“属性”が判明する。とはいえ、親の属性を引き継ぐ者が大半を占めているのが現状だ。そんな中、極稀に“アナテマ”と呼ばれる子供が誕生する。


 この世界は大まかに分けて、光・闇・火・水・風・土の6つの属性で成り立っている。しかし、純粋な光属性、闇属性は滅多に存在いない。大半が、光属性を伴っている事を前提にされた火・水・風・土の4元素に区分されるのである。

 だが稀に、光属性ではない。つまりは闇属性の子が生まれる場合、又は3つ以上の属性を伴って生まれてくる場合等がある。

 そういった異端児の俗称が“アナテマ”である。そして、畏怖の念からかアナテマ達は東西に於いて迫害を受け、居場所を失くした。


 ようやっと見付けた安住の地が、ギムレーだったという訳だ。九曜一族を除くギムレーの住人は、アナテマといっても過言ではなかった。

 東西を問わない、多文化の集うこの地が発展を遂げているのも道理で、“アナテマ”と蔑ずむ者たちの発展に対し、不条理な嫉妬、苛立ちを覚え、その不条理が憚らずに世の道理と通っているのも、また現実である。

 故に、どんなに秀でた文化が花咲いていようとも、技術が抜きん出て発展していようとも、観光で訪れることはあっても、進んで住居を構える者はいない。それが、ギムレーの人口が一定に保たれている理由だ。


 しかしギムレーには黄神殿があるので訪れる人が後を立たないのも現状である。

 そんな複雑で曖昧な事象が無数に折り重なったその上に成り立っている、非常に不安定な街なのだ。

 ギムレーを今現在統治しているのは、九曜一族の長、イザヤ・レイ・ラスールである。

 

 青年‥‥イザヤは、黄神殿の中庭で一人、重い溜息をついた。馳せるのは遠い記憶。

 

 昔、東のとある神族に一人の男児が誕生した。だが、その男児は持ってはならぬ力を持っていた。

 他人の身体を自らの意思を持って支配する力。他人の力を奪取する力。世界の“罪”を体現した子供は、純粋な闇属性だった。

 

 イザヤはその忌み子に託宣をした。

 それは、呪われた託宣だった。“アテナマの烙印”を授けられた忌み子は、他のアナテマ同様、ギムレーの住民となった。

 やがて翳を裡に住まわせたまま育った青年は、黄神殿に住まう一人の巫女と恋に落ちる。娘と過ごす時間は、徐々に青年の心を溶かしていった。

 

 娘は、青年の中に燻ぶる“闇”を受け止めた。

 だが、そんな蜜月は永くは続かなかった。やがて、娘に縁談が持ち込まれる。それは青年との交際を良く思っていない、その娘の兄達が仕組んだ事だった。


『ごめんなさい』


 そう、涙を流しながら謝る娘を青年は痛いほど抱き締めた。耳元で何事かを呟いたその時……

 娘を突き放した青年はそのまま制止する声に耳を貸さずに、一気にテラスへと駆け出る。


『イザヤ……貴方には感謝しますよ。貴方の託宣のお陰で、彼女と出会えた』


―― そして同時に……


『私は、貴方を憎みます。貴方の託宣のせいで、私は彼女を失ったのだから』


 そう言って、笑みすら浮かべた青年は身を投げた。その場に娘の悲鳴が響き渡った。

 

 それから間も無く、彼女は十二天に名を連ねている閻魔天 焔祁のもとへと嫁いでいった。

 そしてその時、娘は自分の名を封じた。愛しい青年への想いと共に、“カナン”という名を胸にしまった。


―― そう……


青年が呼ぶ声と共に……


兄達の犯した、贖い難い罪と共に……


「……雪葵(せっき) ……」


 イザヤは、青年の名を呟く。


「お前は、まだ憎しみに捕らわれているのか?“カナン”の声は、お前の心に届かなかったのか?」


 その問いへの答えを持つ者は最早おらず、風に溶けていった。


―― 風が、泣いていた……


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