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原罪  作者: 梨藍
Overture
23/54

第一節:はじまりのうた③

それは、ヒトが生んだ罪


欲から生まれしヒトの業

街に繰り出せば、目に入る家屋……城下町であるここには屋敷が多いのだが……の軒先にはところ狭しと朱色の布に金の刺繍が施された幕が垂れており、店先は華やかに飾られている。すれ違う顔は皆総じて笑顔。晴れの良き日を皆が心から祝福しているのが手に取るように判った。


活気に満ち溢れた街並みを横目に見ながら、四人は足早に目的地である街の中心である大広場へと急いだ。

が、時既に遅し。空も、地も東域の住人が皆集結したのではないかと勘繰ってしまう程のヒトの壁が、そこには聳え立っていた。


「これは、また……前に出るのが一苦労だな」


桔梗が溜息混じりに……しかし淡々と言う。


「だから、キリエもレヴィも今日くらい勉強サボってさっさと街に出とけば良かったんだよ」


 淘汰は目の前に広がる無限大のヒトの波に辟易としながら言う。


「とやかく言っても始まらん、行くぞ」


 先陣切ってヒトの波にその身を投じたのはレヴィ。その後に三人がはぐれまいと必死に続く。今のキリエには、この人混みが有難かった。前を行く三人は、自分を振り返る余裕などないと知れる。

 今は顔を見られたくなかった。話し掛けられたくなかった。喧騒の中にいるというのに自分でもそれと判るほど、心臓の音がやけに大きく感じる。顔は紅潮しているに違いない。


―― いつからだろう‥‥


 ふと思う。“姉”から“特別な女性”に変わったのは、いつだったか……と。

 それは秘め事……誰にも言ってはいない。まだ、言えない。きっと、言ったところで相手にされないのは判っている。ライバルがどんな相手かも然り。

 

 だから、“一人の男性”として見てもらえるまで、この想いはそっと、大切に胸の奥底にしまう事に決めた。だが、一年振りに会えると思ったら勝手に身体が動いていた。

 西域で大人しく待っていても逢えるというのに、一刻も早く逢いたくて……


『姉上を驚かせてやろう』


 そんな淘汰の他愛もない悪戯に賛同してしまったのだ。

 幸いなことに、皆中央に意識が向いているせいか、誰一人として間を縫って行く少年達の素性に気付くものはいなかった。

 何の前触れもなく、割れんばかりの歓声が上がった。


「やっと抜けた!」

 前のめりに倒れ掛かりつつ人混みを抜け出した四人の目に飛び込んで来たのは、丁度天から舞い降りてくる、伊和大神の一行。その行列に、周りからは割れんばかりの拍手喝采が沸き起こる。

 どれだけの者たちから慕われているのか。この光景を見ただけで一目瞭然、確かな事実で。

 

 予想はしていたものの、想像と現実は違い……その場の空気に呑まれて身動きが取れなくなってしまった四人の前に、この騒ぎの主が乗っているのであろう小型の翼竜四頭に引かれた車が止まる。


 申し合わせたかのように、その場がしんと静まり返った。従者の一人が恭しく前で一礼すると、御簾を開ける。そっと音も無く降り立った人物に、申し合わせたかの如くその場に居合わせた皆が一斉に頭を垂れた。その様を朗らかな笑顔で見渡しつつ、華奢な身体からは想像出来ない良く通る声で話し出す。


「皆さん、頭を上げてください」


 そう言うと、ゆるりと頭を下げる。その所作一つをとっても、無駄がなく正に“優美”という言葉そのものである。


「この様な心温まるお出迎え。心より、感謝申し上げます。」


 主たる彼の人が、臣下たる己が達に頭を垂れている様に皆が小波のようにざわめき出す。それを欠片も気に留めていない風で、言葉を続ける。


「伊和大神、十二天が一人、地天 志杏椶・エッダ・ティアマト。今ここに帰還致しました。」


 その言葉が終わるや否や、花吹雪が舞い上がるのが先か、歓喜の声が上がるのが先か。


「おかえり、姉上」


 その声に、志杏椶は振り向くと一層笑みを深めた。


「ただいま。あなた達も、大きくなったわね」


 たった三年の月日が、志杏椶の弟達を大きく変えていた。視線を合わせる為に屈んでいたというのに、今では見上げねばならぬ程で。


「本当に、大きくなったわ」


「いつまでも子ども扱いしないで下さい、大姐様」


 桔梗のその一言で自分が天界を離れた“三年”という月日を、今更ながらに実感したのであった。


「まあ、俺達はまだ若いが、大姐はそろそろ小皺を気に掛けた方が良いんじゃないか?」


 マクスウェルの余計な一言に、目に見えぬ光速とも思える一撃……もとい、教育的指導を朗らかな笑みを浮かべたまましながら、


「でも、中身は相変わらずのようね。淘汰も桔梗も、レヴィも、キリエも……皆、後で宮に会いに行くのに」


 そう苦笑を零す志杏椶に、キリエが真摯な眼差しで言う。


「だってさ、いの一番に迎えに来たかったんだ」


 その言葉の意味を的確に捉えたようで、志杏椶は一瞬……誰も気付かないような、ほんの一瞬だけ、その双眸に困惑の色を浮かべた。


 志杏椶が何かを言い掛けたその時、人の波がさっと引いて道が開く。その道を悠々と歩いて来る一団が掲げているのは、東域の紋章。先程とは違う、緊張した静寂が辺りを包み込む。

 そして、先頭を歩いているのが、見るからに気位の高そうな美しい銀髪の青年。細身の身体を、白を基調とした礼服に包んでいる。


「……兄上」


 志杏椶、淘汰の両名が思わず呟く。静寂の中、その呟きが耳に届いたのか。何かを含んだような笑みを浮かべると、2人の兄は志杏椶の前まで歩み寄る。

 淘汰達四人は、必然的に場所を明け渡さなければならなくなり、端に避けた。その四人を横目に見遣りつつ、より一層恭しく頭を下げた。


「伊和大神 地天 志杏椶・エッダ・ティアマト様。十二天が一人、伊舎那天(いしゃなてん) 法会(ほうえ) ……天帝は帝釈天の命により、お迎えにあがりました」


「お止めください、兄上がそんな……頭を上げて下さい」


 動揺を必死に押し隠しつつ、志杏椶がそう言うと法会は頭を上げつつ揶揄を飛ばす。


「何を仰る。葦原の地に降りる際、西域は神聖王と親子の契りを交わしたはティアマト様の筈。ましてや貴女は今や、神聖王、天帝と並ぶ伊和大神だ……私の事はどうぞ、法会とお呼び下さい」


 敢えて、東域の名ではなく西域の名を呼ぶ法会に何か言い募ろうとした志杏椶に手を差し伸べ、車へと促す。結局、志杏椶は促されるままに車に乗り込んだ。


 呆然と、その場に残された四人に法会は冷たく言い放つ。


「お前たちもちゃんと自分の身分を弁え、正規の手続きを踏み逢いに来い」


 そう一言だけ言い残すと、自身も車に乗り込んだ。


 そうして、地上から着いて来た従者と法会を長とした東域の使者とが合流し、多勢となった行列は自然と出来たヒトの道を悠々たる様で、天上界東域の中心に浮く須弥山 (しゅみせん)……中でも中腹に大きく聳え立つ天帝 帝釈天の居城“忉利宮(とうりきゅう) ”へとその歩を進め出したのだった。


 皆が一斉に頭を垂れる。今度は、淘汰等四人もそれに習って頭を下げた。遠ざかる一団を、こっそりと盗み見ながら……


 まだ興奮冷めやまない周囲からは小声の噂話が飛び交う。


「伊舎那天様と地天様はお似合いじゃな」

「地上の荒れ様は凄いという」

「ああ、確か狩神 (かがみ)(かがみ) と名乗る者が出没しては、次々と殺めているとか」

「やはり、伊舎那天様は地天様の御許へ行かれるおつもりなのか」

「ということは、やはり地天様が西の王と養子縁組なさったのも」


 嫌でも耳に入ってくるその談話に、キリエは身を強張らせた。それを察した桔梗が背中を押す。


「行くぞ。どうせお前らが来ているのは知られてしまったんだ……共に忉利宮へ帰っても、何の支障もあるまい」


 その隣から、レヴィもキリエの頭に手を置きながら言う。


「根も葉もない戯言を信じて落ち込むのはやめておけ」


 最後には淘汰が下からキリエを覗き込み、


「キリエったら、全く変なところで神経質なんだからっ」


と、志杏椶の真似事をしてみせる。その馬鹿さ加減に他の三人は堪えきれずに笑い出す。


「もう、そんなに笑うことないじゃない!」


 調子に乗った淘汰が更に言葉を続ければ、更に三人とも腹を抱えて笑い出す。それにつられて、淘汰も笑う。四人の笑い声が雑踏の中を抜け、晴天の空に響き渡った。


 淘汰たちは、知る由も無かった。



 この世界が既に悲鳴を上げていることに。すぐ近くにまで“闇”が侵食していたことに。

 


 当たり前の日常が、実は砂上の楼閣で成り立っていた事に。



 知らずに少年たちは、無邪気に笑う。



 そう、すぐそこまで“混沌”の足音が近付いている事にも気付かずに……


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