第一節:はじまりのうた①
それは、ヒトが生んだ罪
欲から生まれしヒトの業
「飽きた」
少年はそういうと、本を放り投げてベッドにその身を放り投げた。
「こんな嘘っぽい話、誰が信じるもんか」
少年の性格を現すかのように、短く切られた茶褐色の髪を掻き揚げながら深い緑色の、意志の強そうな大きな眼で天井を睨み付けて、つまらなそうに嘯く。
―― だいたい、そんな都合の良い奴が本当にいるなら、母上を助けてくれたはずだ
そんな本心を押し隠すかのように……
勢いをつけて身を起こすと開け放たれた窓から見える、巨大な樹……
二界を貫く世界の礎だと謳われているそれを見遣る。
「ユグドラシル、か……」
溜息混じりに呟きながら、握った拳に視線を落とす。
信じないと言いながら、どこかその謎めいた存在に焦がれているのも確かで。
現に、“天地開闢の起源”であるユグドラシルは、目の前に存在している。
二人の王……
精霊王と呼ばれる、その存在を信じる術がないのと同じで、存在を否定する根拠もまたない。
そんな取り留めもない思いに耽っていた少年は不意に聞こえてきた羽ばたく音に、意識を現へと引き戻された。
だが、驚くこともなく視線を窓の外に向ける。
そして、仏頂面のままそこに浮いている人物に文句を言う。
「遅せぇんだよ」
その不機嫌を隠そうともしない言い様に、苦笑を漏らしながらそのまま窓から部屋へ侵入する。
「悪かったって……そう怒るなよ、淘汰。これでも急いで来たんだぞ?」
その言葉を受けて部屋の主……
淘汰と呼ばれた少年は、それまでの仏頂面を崩すと悪戯気な笑みを浮かべて言う。
「真面目に勉強なんかしてるから遅れるんだ、キリエ……」
胸を張ってそう言い切る淘汰に、キリエは脱力してしまった。
風で乱れてしまった長い金糸の様な髪を、紐で軽く結わえながら近付いて来るキリエに淘汰が苦笑しながら言う。
「まあ、神聖王の嫡男と天帝の甥っ子……しかも、自由気ままな次男坊じゃあ、立場も違うか」
その言い様に、キリエはすっと薄い藍色の双眸を細める。
「淘汰、それは関係ないって、いつも……」
「判ってるよ、別に“今”に不満があるわけじゃねえし」
まだ言い募ろうとするキリエを遮ったのは、誰でもない淘汰。
しかし、次に返ってきた言葉は、二人のものではなかった。
「立場云々の以前にお前は勉強が嫌いなだけだろうが」
淘汰とキリエが視線を移すと部屋の扉にもたれ掛かって、二人の少年が立っていた。
「まあ、もっともキリエが張り切るのには、別の意味もあるみたいだが?」
「ちょっと!レヴィ!変な事言うなよっ!」
ニヤリと効果音が付きそうな笑みを湛えて意味深にキリエを見遣る、背の高い黒髪碧眼の少年……
―― レヴィに、キリエは顔を朱に染めて反論する。
そのやり取りを聞きつつ、何か思い当たる節があるのか淘汰はポンと手を打った。
「ああ、姉上か?」
淘汰が言うが否や、キリエが身体を強張らせた。その顔は、朱を通り越して真っ赤である。
「淘汰……」
深緑の長髪をきっちりと上で結わえた、少年が笑いを堪えつつ淘汰を諌める。
乱れのない服の着こなしからも少年の几帳面さがうかがい知ることが出来る。
「桔梗、だってさあ……いつもキリエ言ってんじゃん、“いつか姉上を越えて見せる”ってさ」
悪気もなく……無論、その言葉に隠された真の意味に気付くことなく、淘汰はあっけらかんと言う。
「とりあえず、その張本人……大姐上を迎えに行くんじゃなかったのか?」
レヴィの言葉にキリエは我に返ると、先陣を切って部屋を出る。
向かう先は窓の外だ。
「俺、何かいけないこと言ったか?」
困惑気にそう言う淘汰を無視し、次に桔梗が。
「なあ、おい」
最後に残ったレヴィに首を傾げたまま問う。
―― が……
「だから、まだまだ尻の青いガキだと言うんだよ、お前は」
問う相手を間違ったと気が付いても後の祭り。
反射的に手を後ろに回す淘汰を見て一笑して、レヴィはそのまま飛び立った。
「あっ!おいこら待てよなっ!置いて行くなっ!!」
聞き入られる事のない虚しい抗議をしながら、淘汰も三人の後を追って空へと駆け出しのだった。




