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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

比翼の番

エスメラルダは、明日結婚する。


はずだった。









「エルダ……落ち着いて聞いて。ダンデが任務中に皇太子殿下を庇って負傷して、今手当を受けているの。すぐに向かいましょう」









現実味のないまま、ふわふわした心持ちのエスメラルダは、蒼白な顔をした同僚の侍女に引き連れられるようにして、ダンデの元に向かった。


ダンデは、明日、エスメラルダの夫になるはずだった男は、血まみれでベッドに横たわっていた。


右腕はなく、肩から腹にかけても大きく切られていて、見られたものではなかった。


息をしているのが不思議なくらいの大怪我だった。


エスメラルダは震える手で、ダンデの残された左手を握った。







自分が泣いているのか、叫んでいるのか、何をしているのか分からなかった。







ただただ、ダンデに縋りついた。


行かないで、私を置いていかないで。

何故こんなことに。何故あなたが。

誰か助けて。ダンデを助けて。

私の命がなくなってもいい。彼を助けて。







願いは叶わず、ダンデはすぐに息を引き取った。







エスメラルダの好きだった、深い青の優しい瞳は、2度と見れなくなった。








エスメラルダの心も、死んだようだった。








ダンデの葬儀を終えると、エスメラルダは家に引きこもった。


エスメラルダの両親は既に亡くなっていて、ダンデは家族との折り合いが悪かったから、身近な親類はいない。


家にはエスメラルダ一人と、火葬されたダンデの骨だけがあった。


エスメラルダの友人も、ダンデの友人も、沈み込むエスメラルダを心配して何度も訪ねてきてくれたが、誰の声も心に届かなかった。


自分の悲しみは誰にもわからない。そう思った。

比翼を失ったエスメラルダの気持ちなど、誰もわからないのだ。


だって友人たちは、エスメラルダにとってのダンデのような存在を失っていない。


次第に友人たちが羨ましく、その訪れを疎ましく感じるようになったが、その淺ましい気持ちは持ってはいけないものだとも思った。


エスメラルダは全てを内に秘め、閉じこもった。


お忍びで、皇太子殿下までがエスメラルダの元を訪れた。


ダンデの死は自分のせいだったと詫びられた。

気が済むまで、自分を責めてほしい、とも言われた。


エスメラルダは、無言で首を振るしかなかった。


だって、何をしてもダンデは帰ってこない。









ついこの間まで、エスメラルダの人生は明るく楽しくなっていくものだと思っていた。


ダンデと二人、結婚して、家族が増えて、時々は夫婦喧嘩もするけど、ずっと仲良く暮らしていけると思っていた。


ダンデは近衛騎士、エスメラルダは王宮侍女として働いていたから、金銭的な面での心配はなく、いつか仕事を引退して、老夫婦になったら、世界旅してまわりたい、なんてことも話していた。


そんな当たり前の幸せを、二人で築いていくと思っていた。

    







現実は無情で、エスメラルダは一人ぼっちだ。








仕事に行く気もわかず、ダンデの骨壷を抱いて、じっとしている。


食事も取る気にならず、心配した友人たちが数日置きに食事を持ってきては、食べるまで見守っているので仕方なく口に運んでいた。


家からも出ずにじっとしているから、食欲がわかないのだ。


そうでなくても、ダンデが死んでから、エスメラルダは味覚がなくなってしまった。何を食べても砂を噛んでいるかのようだった。







そしてある日、エスメラルダは目覚めると病院にいた。





栄養失調で倒れていたところを、家に来た友人が見つけて病院に運び込んだのだという。


ダンデがいない、と狂ったように叫び泣くエスメラルダに、友人が骨壷を持ってきてくれた。




このままでは貴方まで死んでしまう。

エルダの死を、ダンデは望んでいない。

ダンデのためにも、生きて。

前を向いて。




友人達は、泣きながらベットに横たわるエスメラルダに口々にそう言った。




けれども、生きる気力が湧いてこない。




エスメラルダとて、生きなければと思うのだ。

思うけれども、心がついてこない。

寂しくて、悲しくて、孤独なのだ。



エスメラルダのたった一人は、いなくなってしまった。









そうしてエスメラルダは、衰弱するままに、息を引き取った。



ダンデが亡くなってから、数ヶ月後のことだった。




結婚を控えた幸せな二人に起きた悲劇に、周囲のものは何の力になることもできなかった。



皇太子の手配で、結婚前だった二人ではあったが、同じ墓に葬られた。


どうか、天国では二人ともに、安らかに。幸せに。


友人たちは、そう祈るしかなかった。

それしか、できることはなかった。



――――




 

ティーナには、小さい頃から繰り返し見る悪魔がある。自分の大切な人が、結婚式の前日に無惨に死んでしまう夢だ。


怖くて寂しくて泣きながら起きると、父と母が心配そうに覗き込んでいた。


怖い夢をみたの。


エスメラルダとして生き、ダンデと出会い、別れ、死ぬまでのことを、小さなティーナは両親に語った。


両親はティーナの話を否定せずに聞いてくれたし、その辛さに寄り添ってくれた。


貴方は私たちのところに生まれてきてくれた。

きっと前の生では悲しい思いをしたのね。

今度は幸せになりましょう。

大丈夫、私たちがついているわ。


孤独だったエスメラルダと違い、ティーナには両親がいた。


あたたかい両親の支えのもとに、徐々にティーナが悪夢を見る頻度は減っていき、泣きながら起きることも無くなっていった。


それでも時々思い出しては泣くティーナに、両親は根気強く付き合い、今生こそは幸せに、エスメラルダとダンデの分まで幸せになろう、と語りかけた。


そうして過ぎ去る日々に、鮮明だったエスメラルダとしての記憶も少しずつ薄れていき、ティーナは落ち着いていった。


ダンデの瞳の青だけは忘れなかったが、そのほかの記憶は遠いものとなっていった。




ティーナの両親は、貿易商だ。

大きな商船を持ち、ティーナを連れて世界中を船で回っている。


ティーナは両親や商会のものたちに、小さなお姫様としてたいそう可愛がられ、すくすくと育っていった。


ティーナには、かつてのエスメラルダのように綺麗に手入れされた艶やかな金の髪はなかった。


同じ金髪ではあったが、船に乗っているせいか潮風と日差しで枝毛だらけで、少しパサついている。


エスメラルダは王宮に勤めていたので、お淑やかで控えめな笑顔を常に浮かべていたが、ティーナは船乗り達と常に共に過ごすので、明け透けで闊達な、生きる力に満ちた元気な少女になっていた。


ときどき、海の深い青を見ると、かつて愛した人の瞳を思い出すことはあった。


けれどもそこに、マイナスな感情はもはや無かった。


彼も生まれ変わっているのなら、幸せになってほしいと穏やかに思える心が生まれていた。



「ティーナ、こちらにおいで!」


ある日、父に呼ばれたティーナが船のタラップを降りていくと、一人の青年がこちらを見上げていた。


眩しそうにこちらを見上げる青年の瞳は、どこか懐かしい青色。


船を降りるティーナの元へ、青年が近づいてきた。


その優しい青い瞳から、どうしてか目を離すことができず、ティーナは青年の前で立ち止まった。


挨拶しようとしたが言葉が出てこず、ただただ青年を見つめる。


青年も、同じ気持ちのようだった。


二人は見つめ合い、海風にさわぐカモメの鳴き声を聞いた。



困惑した父や商船の皆が話しかけてくるのは聞こえていたが、二人はお互いしか見えないかのように、じっと見つめ合っていた。






「―――初めまして」






しばらくして、ようやくティーナが言葉を捻り出すと、青年もその青い瞳を柔らかく細めて、笑顔を作った。


どこか泣き出しそうで、でも何よりも幸せでたまらない、といったような、複雑な笑顔だった。



「――初めて会うのに変なことを言う、と思うだろうけど……何故かな。私は、今度こそ、貴方を幸せにしたい、と思うんだ。今日初めて会ったのだけど、ずいぶん昔からあなたを知っている気がする。初対面でこんな事をいうのはすごく失礼かもしれないけど、どうしてもこの気持ちは押さえられない」


「――私も、貴方に会うのは初めてですけど、ずっと会いたかったんです。こうして会えて、本当に嬉しい!」


ティーナの返事に、青年は、意を決したような表情を浮かべた。


そして緊張で震える両手でティーナの手を取った青年は、そのまま静かに片膝で跪いた。






「――どうか私に、あなたと人生を共にする権利をもらえないだろうか」


「――はい!喜んで!」






あふれ出る涙をそのままに、ティーナは一番の笑顔で返事をして、青年に抱きついた。


突然のプロポーズ劇に、周りの船員と父の阿鼻叫喚が聞こえてきたけれど、気にならなかった。









今生こそは、共に。

エスメラルダとダンデの分も、ティーナ達は幸せになるだろう。


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