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タイタン・ハンターズ

 ──科学の灯が暗黒の夜を照らしていた時代。


 ──人が銃を手にし、獣を狩るようになった時代。


 ──それでもなお、伝説の怪物たちが人々を脅かしていた時代。



「……ビンゴだ。見つけたぞ」

 科学の鎧、強化外骨格(エクゾスケルトン)によって増強された視力が、三キロメートル先にいる目標の姿を捕えた。


 そいつは森を揺るがしながら、ゆっくりと前方を横切っている。

 地響きに驚いた鳥たちが、一斉に空へとはばたく。

 体長は約五十メートル。推定体重八千トン。

 全身を覆う漆黒の鱗。しなやかにして強靭な翼。同種の怪物たちをも一撃で仕留める、荒々しい爪牙。

 そして戦いによって付いた無数の古傷といった体の節々からは、灼熱の炎を思わせる光が漏れている。

 地獄から来た赤黒の龍だ。


「……ああ。間違いねえ。恐怖(テラー)だ」

 それが、その怪物の呼び名であった。

 だがこの日、強化外骨格を纏う四名の戦士に恐怖はない。


「この日を待っていた。今日が恐怖(テラー)の最期だ」

 感慨深くそう言ったのは戦士の長、ラブカだ。

 もうすぐ六十に届こうという年齢は、怪物狩り(タイタンハンター)としては限界に近いものの、いまだ闘志衰えず矍鑠としている。


「全く。どうせ追いかけるなら、胸とお尻が大きい美人が良かったナ」

 チームのお調子者、トラウトは頭を掻きながらぼやく。


「ヒャヒャヒャヒャ。そう言うなよ。恐怖(テラー)のケツだって十分でかいだろう。ライフル弾を跳ね返すケツはそうあるもんじゃないよ!」

 大口を開けて笑ったのは、酔いどれ女のイール。

 イールはさらに強化外骨格の兜を開いて、スキットルに入れたブランデーを煽る。

 強化外骨格の外側から見ればその動作に何ら不自然な点はないが、実はスキットルの蓋を回すイールの左腕は、肘から先が存在しない。

 腕のその部分は、純粋にサイバニクス技術によって動いている。


「ああ、こりゃいい酒だ!」

「あまり飲むなよ。死んじまうぞ」

「へっへっへ。これから世界一恐ろしい怪物とデートするんだよ。一時間後には死んでるかも知れないのに、飲むなっていう方が無理さね」

 イールは酒臭い息を吐きながら、上機嫌で続けた。

「それに素面だと、恐怖(テラー)に食われた左腕が痛むんだよ。うへへへ。あいつの左腕はあたしが予約したからね! 今度はあたしがあいつの左腕を食ってやるんだ。酒の肴にね!」


「それまでだ。行くぞ」

「お待ちください、隊長」

 恐れ知らずの怪物狩り、トライデント隊が動き出そうとしたその時、ラブカを止めたのはチームの最年少にして、謎多き少女サヨリである。

「通信を傍受しました。西南方向に七キロの場所でレッドスピアーズが怪物(タイタン)と交戦中。苦戦しているようで、応援要請が出ておりまする」

「スピアーズ? ルーシャスのチームか」

「左様でございまする」


「……」

 ラブカは逡巡した。

 何十年も……人生の大半を恐怖(テラー)を追うことに費やしてきた。

 その間、数え切れぬ仲間や知り合いが、赤黒の龍によって殺されていた。

 もしここで引き返せば、次に恐怖(テラー)出会うのはいつになることか──。


「……ルーシャスは昨日今日ハンターになったひよっこじゃない。自分のケツは自分で拭かせろ。俺たちは俺たちの獲物を追う」

「ボス、応援要請が出てるんだぜ? つまりスピアーズはヤバい状態だ。見捨てるのか?」

「ここは助けるのが男の侠気って奴だねぇ。あたしは女だからどっちでもいいけど」


 ギリっとラブカの歯と歯がこすれ合った。

「寄越せ」と、半ば奪うようにイールの手からスキットルをもぎ取り、中身を一気に飲み干す。

「急げ。レッドスピアーズを援護するぞ。クソ! 前回恐怖(テラー)と戦ったのは三年も前だ。次はいつになる!」

 後ろ髪を引かれながら戦士たちは宿敵に背を向けた。


「ボス、まだフラれたわけじゃない。戦う機会はまだまだありますよ」

「そうそう。切り替えて行きましょう」

「言われるまでもない。さっさと俺たちの邪魔をした野郎を血祭りにあげるぞ」


 強化外骨格により強化された脚力は、ネコ科の猛獣をも遥かに凌駕する。

 その走力をもって、急ぎ戦士たちは同業者たちの救援に向かった。


「挟み撃ちにするぞ。俺とトラウトは前から、イールは十時の方向に回れ!サヨリ嬢は火砲支援だ!」

「了解!」

「了解にございまする」

「行くぞ!」


『こちらトライデント隊だ。ルーシャス、まだ生きてるか?』

ラブカは緊急通信用周波数に合わせ声を発した。

 荒い呼吸音と共にルーシャスの声がラブカのメットの中に届く。

『トラ……ラブカか!? た、助かった! 相手はグローツラングだ、デカいぞ、くそっ!』

『いまからグローツラングの注意をこちらに引きつける。その隙に退け』

『すまん、ラブカ。恩に着る』


『サヨリ嬢、やれ!』

『承ってございまする~』

 数秒の間をおいて、空に閃光が走った。

 サヨリの放った照明弾である。

 背後の輝きに気が付いた怪物が振り返り、その醜悪な顔をトライデント隊に見せた。


 赤銅色にぎらつく、金属のような光沢のある鱗。

 深海魚のように表情を感じさせない目。

 首周りについたフードは幅広の耳のような形をしていて、口の根元からは、象牙に似た形の長大な牙が伸びている。

 それがのたうつたび、沼地が撹拌され、むせかえる様な悪臭が地の底から吹き上がる。

 グローツラングとは長大な蛇身に象の頭を付けたかのような姿の怪物であった。

 全長だけで言えば、優に恐怖(テラー)の二倍はあろう。


 照明弾に続いて、サヨリの構える30mm携帯機関砲が火を噴いた。

 強化外骨格を纏ったサヨリは、さながら戦場を駆けまわる移動砲台である。

 総重量150キログラム、地響きのように唸りを上げる30mm砲を両腕で支え、立射で狙い撃つ。


 グローツラングの甲麟と30mm口径弾がぶつかり、耳をつんざく轟音と共に火花と呼ぶにはあまりにも過少な閃光が瞬く。

 だが照準スコープを通して見るグローツラングは、砲撃の中平然と鎌首を持ち上げているように見えた。

『レッドスピアーズが手を焼いたのも当然でございますな。非常に強固な装甲、徹甲弾はあまり効果がありませぬ。焼夷弾に切り替えまする』

『待て、撃つなサヨリ嬢。そのまま待機。俺とトラウトが仕掛ける』


 強化外骨格を着用すれば、誰だって怪物(タイタン)と戦える。

 理屈の上ではそうかも知れない。

 だが、実際そうでないことは、動いている怪物(タイタン)を見た奴ならすぐに理解できる。

 目の前で、数千トンの山のような怪物が、猛スピードで動き回る様を見れば、すぐに。

 怪物(タイタン)に向って突っ込めというのは、走っている電車に突っ込めというのと大して変わらない。いやもっと悪い。


 トラウトは一人ごちた。

『今日は特に外れだな。臭いし、色気ゼロ』

 グローツラングに向かって走りながらラブカとトラウトは反りのある長剣を抜く。

 二人が抜刀した剣は、熱によって対象を焼き切るヒートブレードだ。

 高熱を発している刀身は赤熱化し、赤銅色に輝いている。

 足首まで泥に漬かっているが、二人のスピードは落ちない。

 サヨリの砲撃に気を取られた隙を縫い、グローツラングの体に灼熱の剣を突き刺した。


 怪物が咆哮する。

 凄まじい爆音が起こったかと思うと、隣にいたラブカの姿が消えていた。

 ……いや違う。俺だ。俺が吹っ飛ばされたんだ。

 牙でカチ上げられたんだ。

 泥水の中に叩き付けられると、また少し意識が飛んだ。

「大丈夫か!」

 そう叫ぶ声で気が付く。

 起こしてくれたのは、残念ながら優しい天使ではなかった。

 厳めしいフルフェイスヘルメットを被ったイールである。

 だが、ここは天使と言っておこう。

「全然大丈夫じゃない。天使の膝枕が必要だ」

「ここが天国に見えるのかい! 生きてるなら立って戦いな!」


 そう吐き捨てて、イールは両脚のバーニアを吹かした。

 イールの装備する強化外骨格は、機動性に特化した飛翔タイプだ。

 両脚から青い炎を吹き上げたイールは、あっという間に空中へと舞い上がる。

 イールが手にしているのは、やはり熱によって対象を攻撃するヒートスピアだ。

 素早くグローツラングの背後に回り込み、怪物の後頭部に槍を突き立てる。

「シャアアアア!」

 痛みに身をよじったグローツラングが、頭を大きく振った。

 巨大な牙がイールの目の前を掠め、さしもの気丈な女もゾッとして一時後退する。


「なんでこうタフに生まれついちゃったもんかね……一発でのされてしまえば楽できるのに」

 泥水の中から立ち上がったトラウトは自嘲気味に呟いた。

 頭は少しクラクラするが、まだ体は動く。

 動けるなら、戦うしかねえよなあ!


 再びヒートブレードを手に、トラウトは荒れ狂うグローツラングに向かって走り出した。

 千倍の目方の相手に白兵戦を挑む。いうまでもなく狂気である。

 ただこの狂気には一分の理があった。

 およそ生物というものは、極小の相手が密着した場合、意外と手が出せない。

 人間で言えば、背中を這いまわる蟻を潰すことは難しいのと同じである。

 もっとも蟻を振り払うために、激しく身を揺さぶることはできるのだが……。


 グローツラングの体に取り付いたトラウトは、必死に蛇体にしがみ付いていた。

 振り落とされたら、まず間違いなくそのまま潰される。

 長くは保たない。

 トラウトはサヨリに通信を入れた。

『聞こえるか、サヨリ!』

『ばっちり聞こえまする』

『三十秒後にこいつが、腹を見せる! ありったけの焼夷弾を叩き込め!』

『承ってござる!』

『よーし、いくぞ!』


 トラウトはグラーツラングの動きが止まった一瞬の隙をついて、大蛇の背に立ち上がった。

 そして尾の方角から頭に向ってヒートブレードで蛇体を切り裂きながら一気に駆け抜ける。

「ジャアアアアアアアアアア!!」、

 たまらずグローツラングは咆哮を上げ、体をくねらせた。

 体を反転させ、背を地面に擦り付け、トラウトを振り落とそうとする。

 しかし、トラウトはグローツラングが体をくねらせるのに合わせて、今度は怪物の腹側に移動し、炎の剣を突き立てる。


「シャアアアアアアアア!」

 業を煮やしたグラーツラングは鎌首をもたげた。

 体を一気に落下させ、トラウトを振り落とすつもりである。

 だが、その動きを予期していたトラウトは、怪物が体を持ち上げた瞬間、さっと巨体から飛び降りた。


『うあああああああ……』

 トラウトの体は、v=gt、自由落下の公式に則り、加速しながら落ちていく。

 多分、大丈夫だろ。沼地だし。

 重歩兵型の強化外骨格は、二十階建てのビルから落ちても、中の人間が生きてた例が……。

『ああああ……』

 やっぱダメかも。


 トラウトが迫りくる激痛に身構えた瞬間、体が持ち上げられるのを感じた。

『あまり無茶するなよ。いつか本当に死んじまうよ!』

『サンキュー、酒臭い天使様!』

 トラウトの体が地面にぶつかる寸前、颯爽と飛び込んできたイールが、トラウトの体を捕まえていた。


 そしてその背後では、予告通り、ありったけの焼夷弾が、身を持ち上げたグラーツラングの体に叩きこまれていた。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」

 体中を切り裂かれた上に、テルミット反応により一瞬にして数千度の高温に身を包まれたグラーツラングは、断末魔の叫びを上げながら、爆炎に呑まれるように崩れ落ちていく。



 ラブカ率いるトライデント隊は、間違いなく戦いには勝利した。

 しかし、戦勝を祝う気分ではなかった。

「随分弾薬を消費しました。キャンプに置いてある分も含めても、恐怖(テラー)と戦うには心許ないでございまする」

「あたしの方も。っていうかトラウトの強化外骨格は一旦見てもらった方がいい。半分ぶっ壊れてるよ」

 イールがそういうとトラウトも頷いた。

「ボス、一旦町に戻るべきだ」

「……」


 ラブカは強化外骨格のヘルメットを開き、彼方の、恐怖(テラー)の姿が見えた方角を睨みつけた。

「トラウトちょっと来い」

「……」

 歩きながら、電子タバコを蒸かしたラブカは、じっと彼方を見つめていた。

「ボス……また機会はある」

「よく聞け。俺が間違っててお前とイールが正しかった。救援要請を無視するなんてのは、怪物狩り(タイタンハンター)のすることじゃねえ。よく言ってくれた。おかげで間違いを犯さずに済んだ」

「間違いだなんて……ボスは何十年も恐怖(テラー)を追いかけてたんだ。そういう気分になるのは当然だ」

「だとしても、間違いは間違いだ……俺もヤキが回ったもんだぜ。もう恐怖(テラー)と戦う機会は、ないかも知れんなァ」

「そんな、そんなことはないさ!」


 トラウトは否定したが、ラブカは被りを振って続けた。

「もしそうなったら、お前が代わりに恐怖(テラー)を倒してくれ。そうなりゃ俺も満足だ。俺の家族はみんな恐怖(やつ)に殺されたが──お前のことは息子同然に思っている」

「ボス、まさか引退する気か?」

「そこまで言ってねえよ。もしも、の話だ」

 バンっとラブカはトラウトの背中を叩いた。

「さ、帰るぞ。無敵のトライデント隊が、また大物を倒しての凱旋だ! 胸張って町の連中に手柄話を聞かせてやれ! サヨリ嬢、ルーシャスに連絡(つなぎ)を取っておけよ。たっぷり費用を請求してやるからな!」

「了解にございまする~」


 恐れを知らぬ怪物狩り(タイタンハンター)は、今日のところは戦場を離れ、人間の世界へと帰還した。

 彼らが恐怖(テラー)と出会うのはいつの日か……。


 了

最近バトル物書いてないのでいい気分転換になりました。

もう少し強化外骨格のギミックを詳しく書いた方が良かったかな?

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― 新着の感想 ―
[良い点]  怪物がいるのはファンタジーでも、機械と勇気がさらに異世界感あっていい。 [一言]  受け継がれる魂が人間にあるならば、いつか宿敵を討つ日も近い。
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