第8話 爺さんそれも駄目なんだよ
でも――。
俺がそう言った途端。この爺さんとお坊ちゃまは――突然キョトンとした目で(まるで不思議な物でも見るかのように)俺の顔を覗き込んできやがったんだ。
「はて。いつも嬉々としておなごの尻ばかり見ておるお前さんが、どう言う風の吹き回しじゃ。それとも雪でも降るんかいの。」と、爺さん。
――いや。今は春だし。この王都はそもそも雪なんて降らないし。
「そうだよエル君。君がそんな事を言うなんてもしかして熱でもあるんじゃない?」と、ワイズお坊ちゃま。
――見りゃわかるだろピンピンしてるじゃねえか。だいいち熱があったらわざわざこんなとこまで歩いて来ねぇよ。
「そうじゃの。もしや何か悪いものでも食ったんか、それとも……何か悩み事があるんかもしれんの。」
――悪いもの? だとしたらあれだ。今しがた爺さんがさんざん講釈をたれていた蓬莱金時ってやつだよ。
なんて、俺は好き勝手に言う二人に心のなかで突っ込みを入れつつも、この二人が冗談で俺のことをからかっているのだろうと思っていたのだが……。
「なんだよ水臭いじゃないか。悩み事があるなら友達の僕が相談に乗るのに。なんだいお金かい?お金必要なのかい?」
実は、ワイズ君は大真面目で俺の事を心配していると言う……なんとも奇妙な会話が始まっている事に俺はここで気がついたのである。
「い、いやお金は……。お金が必要とかそんなんじゃ無くてさ……。」
ワイズの真剣な眼差しに押されて、俺は彼の誤解を解こうにもなかなか上手い言葉が出てこない。そしてしどろもどろになりながら言葉を選んでいるうちに今度は爺さんが余計な事を言ってくる。
「遠慮するなエルよ。悩みというものは存外お金で解決できるものがほとんどなのじゃぞ。」
「そうだよエル君。いくらでも言ってくれよ。それで君がまた元気になってくれるなら僕は……。金貨は百枚くらいあれば充分かい?」
「いやワイズ君。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、違うんだ。」
「違う? 百枚じゃ足りない? じゃぁ五百枚ほど用意しようか?」
「いや、だから。お金じゃなくて。」
爺さんの余計な一言で、俺達の会話は誤解を解くどころか意図せぬお金のいるいらないの押し問答に突入してしまった。たぶん爺さんは分かって言っているに違いない。この悪戯好きの爺さんはわざと話をややこしくして楽しんでいるのだ。
「いい友を持ったなぁお前さん。金貨が五百枚もあればそこらの豪邸が買える値段じゃぞ。友の為にそこまで出来る人間はそうそう出会えるものでは無い。お前がその覚悟を受け取らなくてどうするんじゃ。」
「遠慮しないでエル君。僕は全然大丈夫だから。お金ならたくさん持って……。」
「………。」
ここまで来て、とうとう俺もこのままでは埒が明かないことを悟った。そして自分自身に「いつまでこんな実のない会話をしてるつもりだよ!」と突っ込んで――
言ってやったのだ。
「だから。俺は悩んでるわけじゃないんだって。実はさ、俺達がここで何をやってるのかバレちゃったんだよ。」って、とびきり大きな声で言っちゃったわけですよ。
もちろん二人は、突然大声を上げた俺の顔を再びキョトンとした目で覗き込んできたけれど。爺さん、お前は当然分かって言ってたよなぁ。
とまぁ。
少し無駄な時間を使ってしまったが、俺はなんとか二人(取り敢えず爺さんも入れておく)の誤解を解くことが出来てここからようやく話の本題へと移るのである。
「なんじゃと。ここで儂らがやっている事がバレたと申すか。」
「うん。ついさっき知り合いに釘を刺さされたんだ。」
「何故じゃ。ワシの魔法は完璧じゃぞ。」
気持ちはわかる。俺だってなぜ白猫にそれがバレたのか未だにわからない。だって爺さんの言うようにあの魔法は指先から光線が出るわけでもないし、足元に魔法陣が描かれるわけでもない。まるっきりサイレント無味無臭の魔法なのだ。
でもそれは悪戯をする側の主張だ。逆に悪戯をされる側になって考えて見れば……。
その謎を解き明かしてくれたのは、何を隠そう新入りのワイズ君だった。
「たぶん魔法どうこうは関係無いと思うんです。僕たちは、転んじゃって恥ずかしそうにお尻を隠してる女の子と何度も目が合ってたでしょ。やっぱりそれで怪しく思われたんじゃない?」
「なるほど。それは考えんかったわい。魔法がバレんでも関係性が疑われているというわけか。」
「当たり前だよ。だって二人とも、凄くニヤけた顔で見てるんだもの。みんな嫌な顔して逃げて行ってたよ。」
まさに道理だった。確証は無くてもそりゃあ怪しまれるはずだ。少し考えれば誰だって分かるよ。
そして目からウロコの馬鹿二人。
完璧な魔法にあぐらをかき、俺達二人してそれを言われるまで気が付かなかったというのも、なんとも間抜けな話なのである。
だがそんな事では挫けないのがエロスの好奇心と言うやつである。それが駄目なら次がある。
「仕方がない。それじゃ場所を移すしかないかの。魔法のことはバレてないんじゃ。場所さえ変えれば問題あるまい。」
すかさず爺さんがこう言った。
でも申し訳ない。爺さん――それも駄目なんだよ。
「爺さんには言いにくいんだけどさ……実は魔法っていうのもバレちゃってるんだよね。」
つまりそれは――。この悪戯の終わりを意味していた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
実は会話文が続くシーンが苦手です。なんとか形にしましたがギクシャクしてたらごめんなさい。
ここから導入が始まって、そろそろあのシーンに向って行きます。もちろんタイトルにあるあのシーンですw