第7話 それじゃぁどの娘を転ばそうかの
白猫と別れて――ここは王城の西門。
この西門は繁華な正面門とは違って行き交う人の数もさほどでは無い。しかし廃れているのとはちょっと違う。それは繁華では無いという意味で、街並みとしては逆に正面よりも数段立派な建物が立ち並んでいる界隈なのだ。
この王城の西側は、商人達がこぞって店を出している南とは違い、大きな屋敷が立ち並ぶ高級住宅地と、城に使える者達の官舎が多く立ち並んだ場所である。
つまり。この都市の西側には、王国の有力者達――いわゆるエーデル人が多く移り住んでいる場所なのだ。
ただ、そんな場所でも道を行き交う人々はエーデル人ばかりかと言えばそうでは無い。この西側地区に住居はなくとも大邸宅にはそれに見合う数の使用人が大勢働いているし、もちろん役人達の官舎で働く人々も数多くいる。
そんな人々の全てとは言わ無いが、そこで働く人々の多くはもともとこの土地に住んでいた『円夏人』が大多数を占めているのだ。
だからこそ、傍らに遠慮がちに佇む飲食店の店先に、この場所にしては少し異質な灰色のローブを羽織った老人が座っていたとしても……。人々は彼にさほどの奇異の目を向ける事は無かった。
その老人の名前は『ロウ』と言う。彼こそが先程から度々話題に上がっていた『人を転ばせる魔法』を使うチンケな魔法使いである。
さて。俺とこの年老いた魔法使いが如何にして知り合い、このしょうもない悪戯を始めるに至ったか――。それをここで語るには物語の脱線が過ぎるので今は割愛させさせていただくことにする。
が。
この場にはもう一人の人物が登場する。それが今、老人と同じテーブルに座って俺に手を振っている超絶美少年『エデン』君だ。そう、さっき出会った物売りの少女白猫の意中の人物なのだ。
「いつも通りの時間だねエル君。」
先に声をかけてきたのはエデンの方だった。
「おうエデン君。やっぱり君も来てたのか……。だったら土産をもう一つ買っておくべきだったな。」
「いや。気を使ってくれなくてもいいよ。だって僕らは友達だろ?」
ワイズはそう言うと、とびっきりの笑顔を俺に見せた。容姿端麗とはまさに彼の為にある言葉だろう。整った目鼻立ちと言うだけでは形容しがたい雰囲気は、ただ座っているだけなら気品と悧発さをその身から漂わせているようにも見える。あの白猫が勘違いしてしまうのも当然だ。そしてエーデル人特有のゴールドの髪を爽やかにかきわけるその仕草に、ほのかに香る香水の香り。彼が女性の尻を追いかけるエロか否かは別にして、いわゆる『ええとこのお坊ちゃん』なのは間違い無いだろう。
そんな彼が俺と爺さんの悪戯を見つけたのは、ほんの2ヶ月ほど前。「貴方がたが何をしているか知ってますよ」と突然声をかけられた時は俺も爺さんもそうとう焦ったが、いまでは彼もこの場所に集まる仲間になっていた。
今ではもちろん彼は俺の良き友人――と言うか悪友なのは間違い無い。でも、今みたいに彼が不意に使う友達という言葉に、俺は多少の照れくささをいつも感じるのだ。
こういうのは少しだけ調子が狂う。
「おっ、おう。俺達は友達だからな。しかし、ワイズ君。君は最近ここに来すぎじゃないか?俺が来るときはいつもいるじゃないか。」
そんな俺の言葉に答えたのは少年ではなく老人の方だ。
「いや。コヤツはお前さんがここに来る時しかこの場所へはやって来んよ。おなごの尻を見てもさほど喜ばんし、エルよ――まさかのお前さん目当てじゃぞこやつは。」
「ちょっと変なこと言わないでよロウさん。なんで男の僕がエル君目当てなのさ。単なる偶然だよ偶然。だいいち僕がどうやったらエル君の都合を知る事が出来るのさ。」
「そりゃあ……お前さん。例えば、エルの家の前に見張りを置いておいて、エルがこちらに向って来たら伝書鳩で連絡するとか。もしくは狼煙かのぉ……。」
顔を真っ赤にして言い返すワイズを、爺さんはいつも面白がって茶化す。そしてそんな二人の間に頃合いを見て俺が割って入るのも、もう手慣れたものだ。
「爺さん。残念だが狼煙は上がって無いし、この王都で伝書鳩を使っていいのは軍隊か王族だけだ。ワイズの言う通りたぶん偶然だろ。」
「偶然か……。まぁそういう事にしておいてやるかの――。でじゃ。話は変わるが、お前さんの土産とはいったい何じゃ?もちろんワシへの土産だろ?」
「もちろん爺さんにだぜ。」
俺は白猫が茶色い包み紙に包んでくれた蒸かし芋を、そのままロウに手渡した。
「これを単なる蒸かした芋だとおもうなよ。」
その味は既に俺と白猫の折り紙付きである。
「芋じゃと? 芋は何よりの好物じゃ。でかしたぞエル。」
「やっぱりな。前に爺さんが芋を食ってる所を見てからそうじゃないかと思ってたんだよ。まぁまずは食べてみてくれ。そんじょそこらの芋とは大違いだぜ。」
そう。こいつは特別美味いのだ。
そして――包み紙をめくるなり、爺さんは歓喜の声を上げた。
「なんとこれは……蓬莱金時ではないか。」
彼はその芋をまだ口にも運んでいない。
「ん?そんなの食べる前から分かるのか?」
「あぁ。見れば分かる。この普通の芋より赤みがかった色。所々に滲み出た蜜が乾燥して黒く固まっておる。それが特徴じゃ。そしてこの芳醇で甘い香り……。お前さん。良くこんなものが手に入ったな。」
「珍しいのか? この……ホウライなんちゃらって芋は。」
「蓬莱金時じゃ。東方の蓬莱と呼ばれる小さな島でしか採れん珍味じゃよ。その島には数年に一度ほどしか舟が行き来せんからこの芋は市場に一切出回らん。この王都で手に入れるのは至難の技じゃよ。」
さすがは、自他ともに認める《《芋好き》》だ。その芋に対する造詣の奥深さは驚嘆に値する。しかし……ここまでいわれると俺は何だか申し訳ない気持ちになってくるよ。
だって。この芋は一本銅貨3枚で物売りの少女から手に入れた物なんだぜ。そんなナンタラ金時の様な貴重な品のわけけが無いだろ?
延々と続く芋講釈を、俺はむず痒い気持ちを抑えてじっと耐えていた。
そんな俺はただひたすらにこう思うのだ。「はよう食え!」と。
そしてようやく講釈が終わって――「さて。それじゃぁどの娘を転ばそうかの?」そう爺さんが言うまでには……もうしばらくの時を要するのである。
いつも通りならなば、俺は爺さんのその言葉を待ってましたとばかりに、行き交う女性の姿に目を輝かせただろう。
だが今日の俺はちょっと違う。だって、ついさっき白猫に植え付けられたばかりのトラウマが俺の脳裏から離れないんだ。
だからやっぱり――
「ロウ爺さん。そのことなんだけどさ。今日はちょっと……女の子を転ばすのは止めておかないか?」って。
そうなっても仕方ないよね。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
これで、初っ端のネタバレメンバーが出揃いました。
さて。これからが本番ですよ。