第6話 嘘に決まってるじゃない
「えっ、なんだよ突然。あらたまってさ。」
そう答えて、俺はいつもと少し様子の違う白猫に少し身構える。しかし、そんな彼女から言葉はなかなか返って来ない。
伸びっぱなしの髪が表情を隠しているのは、こういう時に不便だった。
ふと、右手を見上げれば巨大な鉄の扉が据えられた王城の門。その白く真新しい門から南へと一直線に伸びる道を真っ直ぐに進めば、この王都で一番のマーケットがある。
そう言えば、彼女は昼からマーケットで商売をすると言っていた。
なら、俺と白猫ははここから別々の道だ。
それに気がついた俺は――
「おっ、もうこんな場所じゃないか。ここで別れる予定だったな。昼からも商売頑張れよ。」
そう言って白猫の頭を軽くポンと叩く。
結局、彼女が何も言ってこないなら、このまま今日は解散――にするつもりだった。
しかし。彼女は、なおも黙ったままその場から動こうともしない。
「……」
嫌な沈黙だった。もし俺の心の中になに一つのやましさも無ければ、ただ素直に彼女の言葉を待つことが出来ただろう。
でも……。俺の心のは初めっからやましさでいっぱいなのだ。正直に言おう。白猫の口から意味有りげな雰囲気で老人と言う言葉が出た時から……。俺の心臓はバクバクなのである。
誰にも知られるはずは無い。だってあれは魔法だぜ、絶対に気がつくはずが無いよ。誰が見てもただ偶然に女の子が転んだだけ、そして俺達はたまたまその場所に居合わせただけなんだ。
白猫の前では必死に平静を装いながら。俺は心の底で、ひたすら自分にそう言い聞かせていたのである。
しかし。審判は下った。物語開始直後のピンチがまさかエロ《《ばれ》》だったなんて……。
「ノエル様。」
白猫は俺の事をそう呼んだ。普段は俺のことなど適当にお兄さんだとか旦那だとか……まれに名を呼んでくれたとしても頭の『丿』を端折って『エル』なんて適当な呼び方をする。そんな白猫が、俺の名を《《ノエル》》とそのまま呼んだ。
それはまるで子供を叱りつける母親の様な声だった。
「また、あの老人とお会いになるのですかと聞いているのですけど……。」
もの静かな口調が逆に怖い。たぶん白猫には確信があるのだ。これは……俺があの爺さんと一緒に、いったい何をやっているのか完全にバレている。
「えっ……えっと……。やっぱり答えなきゃ駄目?」
しどろもどろの俺は、まさにまな板の上の鯉状態だ。そしてそんな俺に、白猫の口からとても残酷な言葉が告げられた。
「言いたく無いのなら構いませんよ。でも――やっぱり魔法を使って女人の下着を覗くなんて、あまりよろしい趣味とは言えませんねぇ〜。」
「……白猫。な、なんでそのことを知ってるんだ?どうやって……どうやってバレた?」
取り乱す俺。そして白猫は、さらに残酷な事実を俺に告げた……。
「最近、噂になっていますから。黒いローブを着た老人と、鼻の下を伸ばしただらしない顔の少年には気をつけろって。」
「う、噂になってるって……。マジなの?」
「ええ。大マジです。」
バレてる。しかも噂になっている。街のみんなからエロ少年として見られている。俺はこれからどうやってこの王都で生きていけば良いのだろう。
白猫はついに俺に背中を向けて、もうこっちを向いてくれもしない。小刻みに肩をプルプルと震わせて怒りをコラえているのか。それとも……あまりの情けなさに涙を流しているのか……。
「嘘でしょ……。」
俺は力なく……そう言った。
突然、辺りを行き交う人々の視線が怖くなった。顔を上げることができない。それはまさに絶望と言っていい。
と、その瞬間。
俺に背を向けてひたすら何かに耐えていた白猫が、辺りに響き渡るほど大きな声で笑い始めた。
今にも転げ出しそうに、腹を抱えて笑うその姿。俺は今絶望のどん底だと言うのに、彼女の笑い声は一行に止まなかった。
そして、笑いすぎて息も絶え絶えの白猫の口から出た言葉は――
「嘘よ。噂になってるなんて嘘に決まってるじゃない。さっき私のことをからかった仕返しよ。」
そう。それはいつもの事。俺達は時に怒ったり、時に笑ったり。そうやってふざけながら楽しくやって来た。たとえ相手をからかったとしても決して本気ではない。
何時もそうだったじゃないか。
でも、俺は……。あまりにも衝撃的な展開に、そんな事も直ぐには理解できずただ一言――
「えっ? どういう事?」
って呆けた返事しか返す事が出来なかった。
だって……。本当に生きた心地がしなかったんだからな。
してやったりの白猫は、それでもなおしつこく笑い続けている。俺はホッとしたやら悔しいやら。さすがにもう少し時間を置かなきゃ心の置き場が見つからない。
でも……。俺達のエロいイタズラの事はさて置いて。どうしたわけか、彼女は爺さんの魔法を見抜いていたんだよな……。絶対にバレっこないのにさ。
白猫は、さんざん俺を笑った挙げ句、満足そうに人混みの中へと去っていった。
俺の頭がようやく回転を始めて「どうして魔法の事が分かったんだよ……。」って、そう聞こうと思ったときにはもうそこに白猫の姿はない。
ただ、そういや彼女が最後に何か大事なことを俺に言っていた気がする。
「じゃぁね。バイバイ――」
なんて普通の別れのあいさつなんかじゃなくて……。
確か……。
「あの老人には気をつけた方がいい――」
とかなんとか、そんなような……。
まぁ、そりゃそう言うよな。二人して……いや今はもう一人仲間が増えて三人なんだけど。いい大人が若造二人と一緒になってエロい悪戯なんかしてるんだ。誰だって気をつけろって言うに決まってる。
この時の俺はまだ――
俺はまだ、白猫の忠告を、そんなふうに軽くしか考える事が出来なかったんだ。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
本編でも書きましたが、何故か物語始まって最初のピンチがこうなってしまいました。
これとは別に、本当のピンチももうすぐです。