第5話 またあの老人に会いに行くのですか?
この王都は、不思議な都市だ。
俺が過去の世界で見てきたような、東洋的な街並みと西洋的な街並みがこの都市全体でいびつに混在している。
分かり易いところで言うと、木製瓦葺きの古い町並みの中に、突然目新しい西欧建築の様な建物があったり、はたまたその逆もあったり。
まぁいずれにせよ目新しい建物が西欧風であることには変わりないのだが――。それもこれも、このエーデル国の『王都』を前国王イクサール4世が推し進めた同化政策によって、約二十年ばかり前に無理矢理この場所に移したからに他ならない。
この王都は、もともとこの土地を支配していた『円夏』という国の都があった場所なのである。
俺と白猫の二人は右手には硝子の靴を履いたお姫様が飛び出してきそうなトンガリ屋根の王城を眺め、左手には、店先にたくさんの提灯をぶら下げた商店が立ち並ぶ木造瓦屋根建築の賑やかな街並みに目を奪われて……。
二人して蒸かした芋を頬張りながら目的地へと向かっている。
「ねぇ白猫。これむちゃくちゃ美味しいよ。」
その甘さと、ねっとりとした食感。思わず声が出た。それに芋の表面に軽くまぶされた食塩。これがいいアクセントになって、その甘さをいつまでも飽きさせない。
たかが銅貨3枚の芋一つ。されど……
「まさに絶品だ。」
ふと隣に目を向ければ、俺の言葉に白猫もウンウンと頷きながら小さな口いっぱいに芋を詰め込んでいる。
「おい。あんまり焦って食べたら喉に詰まるぞ。」
と、言ってる先から白猫が慌てて胸をトントンと叩き始めた。明らかに焦っている。ていうか芋を喉に詰めている。
もういわんこっちゃない。
俺は慌てて腰にぶら下げていた水筒の水をこの小動物の様な少女の口へと流し込む。
そして――
食べ歩きに蒸かし芋はやばい。そんな事を俺は改めて思い知らされるのである。
「あ、ありがとうございました……。ほ、本気で……本気で死ぬかと思いました。」
なんとか喉に詰まった芋を水筒の水で流し込んだ白猫の、その声。
そして本気で焦ってる姿が、まさに子猫みたいで本当に可笑しいのなんの。俺は思わず吹き出して笑ってしまった。
しかし、当の本人はプーと口先を立てて少しご立腹の様子。そりゃあ死ぬ思いして笑われたんじゃ面白いわけ無いか。
「あまり笑わないでください。本当に喉が詰まって死ぬかと思ったんですから。」
白猫は、器用に口を尖らせながらそう言った
「いやごめんごめん。今死にかけたんだもんな笑って済まなかったよ。」
「まぁ、わかっていただければいいんです。」
「でも、気持ちはわかるよ。だってこの芋、俺が今まで食べた中でも一番美味いんだもん。思わず慌てちゃうよな。」
「確かに売ってる私も、これがこんなに美味しいとは思いませんでした。普段はあまり商品に手をつける事が無いので。」
「いや、これ最高だよ。店でも開けば絶対に名物店になるよ。最初は手土産に芋だけってのもどうかなって思ってたんだけど、こんだけ美味しけりゃ芋一本で充分だ。あの爺さんも大喜びだわ。」
とまぁ少し大袈裟ではあるけれどたかが芋でもそれだけのポテンシャルは充分にあるはずだ。
しかし、白猫はブルブルとその頭を振った。
そして俺の言葉を全否定でもするかのようにこう言うのだ。
「駄目です。この蒸かし芋は絶対に商品には不向きだと思います。」
「なんでさ。こんなに美味しいのに?」
「だって……芋を喉に詰める人が続出したら困りますから。」
確かに……。何処かの慌てん坊さんみたいな人が買ってったら気が気じゃないもんな。――
なんて、俺はあえて言葉にはしなかったけど、あまりにもあからさまなその否定っぷりが俺はおかしくて仕方がない。
たぶん白猫は俺の笑った顔を見て、もう一度口をとがらせているのだろう。でも……笑ったり怒ったり――それが俺と白猫とのいつものやり取りなんだ。彼女は本気で怒っちゃいないし俺も本気でからかうつもりなんて無い。
今日はたまたま俺が白猫をやり込めているだけで、確か昨日は人参嫌いの俺に白猫が説教をしながら無理矢理『人参ジュース』なるもの売りつけて来たような……。
ついさっきまで……まぁ、俺達はいつもの様にそんな感じだったんだけど……。
そろそろ王城の正面門へと近づいてきた時。白猫が少しトーンの落ちた声でこう言ってきたのだ。
「やはり……またあの老人に会いに行くのですか?」
それは俺が今まで聞いたことの無い、少し深刻にも聞こえる白猫の声だった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
物売りの女の子『白猫』のルビをパイにするかパイマオにするか少し悩み中。今は取り敢えず地の文でパイマオ会話の中ではパイ。
なんてことを考えてたら。ふと気がつきました。主人公の名前……。まだ出してませんでしたw