第23話 こちらにおられると伺ったが
運命の時は、爺さんが予言した3日後よりは少し遅れてしまったけれど……その日確かにやって来た。
それは、爺さんがこの隠れ家を訪れて5日後の朝の出来事である。
俺は、いつもの様に落とし戸の隙間から溢れる陽の光で目を覚ました。ロウソクの灯りがなければほぼ暗闇に等しいこの部屋も、目が慣れてくるとちょっとした明るさの変化をも感じ取ること出来るようになるのだ。
そして、屋外から賑やかに聞こえる軍隊の号令と、朝っぱらから世間話に花を咲かせる女達の声で、俺はまた新しい一日が始まったことを知った。
しかし不思議なものだ。
外界の喧騒に耳を澄ませて、いつ捕物が部屋に踏み込んで来るかと怯えていた毎日。しかし今はその怯えが嘘のように消えてしまった。
実は、あの日爺さんと話して以来、逃亡生活の不安や捕らえらてる恐怖そして今後の身の振り方――俺はそんな様々な事が、もうすっかりどうでも良くなっていたのだ。
今の俺の状況は、はっきり言ってロウ爺さんの手の平の上でコロコロ転がされているようなものだ。そりゃあ色々と、どうでも良くなっちゃうよ。
だって――俺がいくら足掻いた所で、なるようにしかならないんだから。
人を転ばせる魔法から、団長の腕を奪った地図に施された魔法。そして……自らは表に出ることなく、この俺を利用して団長を死に至らしめた手腕。
なぁ……。
あの爺さんを、人を転ばすことしかできないチンケな魔法使いだなんていったい誰が言ったんだ?
今更だけど、もう認めるしか無いよ。俺の目は節穴だったんだ。
あの爺さんは、はっきり言ってただ者では無い。
ドカドカドカと大きな足音が近付い来て、隠れ部屋の落とし戸の上で止まった。
それは毎日欠かさずに食事を運んでくれた誰かさんや、あの爺さんがやって来た時とも違う何処となく無遠慮で自らの存在を誇示でもするかのような足音。まるで騎士団や軍隊の行軍にも似た足音だった。
「ノエル殿はこちらにおられると伺ったが、いかがか?」
落とし戸の上から大きく張りのある女性の声が聞こえた。
声の主は明らかに俺の名前を呼んでいた。つまりは、とうとうワイズと爺さん意外の人間に、この場所に俺が隠れていることが知られてしまったのだ。
この場所にずっと留まっていれば、いつかこのような日が来るとは思っていた。もちろん騎士団長殺しの罪は疑いようの無い事実。捕らえられた俺は無理矢理に法廷に突き出されるだろう。そして数日後には処刑台へと立たされる―
そう。
数日前まで俺は確かにそう信じていた。
しかし――今の俺は以前の様に取り乱したりはしない。それどころか至って冷静だよ。
もちろん、危機的状況に死の覚悟を決めたわけでも、気が触れてしまったわけでも無い。だって、俺はこの時を今か今かと待ちわびていたのだから。
「確かにノエルはここにいます。」
あえて俺は階段の下から大きな声で答えてやった。
何故かって?
だって俺は……もう処刑台に立たされることは無いのだから。
もしかしたら途中で誰かが助けてくれるのかも知れない。それともどこかの気の毒な誰かが俺の代わりに罪を被ってくれるかも知れない。
いやいや。実際どうなるのかは俺も分からないけれど、あの日、爺さんは俺に向かって確かにこう言ったんだ。
――ここは大人しく待っておることじゃな。大丈夫じゃ、悪いことは起こらんよ――
てね。
今更言うのもなんだが、はっきり言ってあの爺さんは信用ならない。しかし今、俺の命は爺さんの手の平の上にある。だったらさ、その言葉が嘘なわけ無いだろ?
もちろん確証は無い。でも自信はある。
もし今ここで俺が捕まったとしても、多分殺されることは無い――
カチャカチャと少し乾いた金属音がして、木製の落とし戸がギギィと開いた。
ロウソクの小さな火だけが照らす薄暗い室内を、懐かしい陽の光が照らす
階段を下って来たのは見慣れない軍服を着た女が一人に男が二人。いずれも腰に剣を帯びてはいるがその足取りはゆっくりと落ち着いて、がさつに踏み込んで来るような気配は無い。
それどころか、室内入ってくる彼らの仕草は、どこか式典などの入場行進にも似た規則正しさで些か堅苦しささえ感じられた。
今、俺の目の前には、3人のおそらく軍人が一言も発する事なく横一列に整列している。
中央に立っていた女が一歩前に出た。
そして
この狭苦しい地下室には似つかわしく無い程に高らかな声で――
確かにこう言った。
「国王陛下より宣旨である。心して聞くように。」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
タイトルを少し変えました。生存戦略→二兎を追う
なんかパッと目について読んでもらえるような良いタイトルは無いですかねぇ……
お気に入りも評価もまだまだなので、まずは読んでいただけように色々と試行錯誤中ですw