第22話 悪いことは起こらんよ
だったら――
この爺さんは、俺の絶対絶命のピンチを救ってくれたまさに命の恩人じゃぁないか。
それなのに俺ときたら、怒りに任せて良く考えもせずに爺さんの胸ぐらを掴んでしまった。本来なら、その勘違いについて俺は爺さんに頭を下げて謝るべきだったのに。
だけど、もう少し分かりやすい助け方は無かったものだろうか……。この爺さんは、あまりにも行動が行き当たりばったりで綱渡りのような気がしてならない。
そもそも、この爺さんのおかげで晒す必要の無かった命を危険にさらすはめになったのだ。
と言うことで、頭を下るのは一旦保留して、俺は爺さんに対する糾弾を継続することにした。
「だいたい爺さんが俺をあの場所に呼び出さなかったら、やっぱりこんな目には会わなかっただろ。」
そう言ってやった。
なんやかんやで根本的な問題は、そこなんだ。団長に殺されなかったのは結果オーライだけど、俺の命は今もなお風前の灯火なんだから。
「まあ、確かに今のお前さんからしたら、そう思うかもしれんのぅ。しかしじゃ、それももうすぐ感謝の気持に変わるぞい。」
「変わるわけ無いだろ。このまま俺は一生お尋ね者なんだぞ。ここだっていつ誰かにバレるかもわからない。それにもし、うまいことここから脱出出来たとしても、俺はずっと逃げ隠れして生きていかなきゃいけないんだぞ。だからさ――やっぱり俺は爺さんを恨むよ。」
そう。この爺さんのおかげでいくら絶体絶命のピンチを乗り切ったとは言え、このお尋ね者に『異世界での明るい未来』はもう一生訪れる事は無いのだ。
だが、この爺さんはそんな俺の悲痛な言葉を笑い飛ばしやがったのだ。
この得体のしれない爺さん。
心底、人の心がわからない男なのか……。それとも何かを知っているからこそ笑っていられるのか――。もちろん、後者であってくれと願いながらも、俺の知っている爺さんなら前者もあり得てしまう。
しかし、今回に限って言えば後者だろう。
この爺さんはやはり何かを知っている。ただ闇雲に俺を引っ掛けた訳ではなく、その先にまだ何らかのシナリオが用意されているはずなのである。
だからこそ、この爺さんは俺を捨て駒にはせず、わざわざこの隠れ家まで会いに来たのだ。
未だ血眼で俺を探しているはずの官吏や騎士団にも見つかっていないこの隠れ家に……
そして、爺さんはまるで子供が悪戯をする時のように、隠しきれない嬉しさを満面の笑みに変えて……こう言った。
「何を言っちょる。この場所が誰かにバレるなんて有り得んだろ。脱出なんてせんで良い。お前さんはずっとこの場所でじっとしておればいいんじゃ。まさに灯台もと暗しとはこのこと、まったくワイズのやつはえらい場所を隠れ場所に選びおったわい。」
と言われて、俺は不思議に思う。
「やたら賑やかなこの場所がかい?外からはしょっちゅう話し声も聞こえるし、たぶん軍隊の掛け声や足音みたいなのも毎日聞こえてくる。今はだいぶ慣れたけどさ、その度に俺は生きた心地がしなかったんだから。」
だって俺は、その恐怖に耐えかねて何度この部屋を脱出しようと思ったか知れない。
だが爺さんにしてみれば、この俺の言葉が意外であったらしい。
「なに? お前さん、この場所がどこだか知らされておらんのか?」
「あぁ。知らされてない。ワイズからは、いざとなった時の秘密の隠れ家とは聞いているけど……。秘密だからって目隠しまでされて……。」
「なるほどの。そりゃあいくらお前さんでもそう簡単に教えるわけにはいかんか……。」
爺さんは、少し意味ありげに頷く。それは確かに何かを知っている顔だった。
「ねえ、爺さん。この場所はいったいどこなんだい?」
たまらずに俺は尋ねる。この場所に閉じこもってから俺はずっとそれを知りたかったのだ。
しかし老人、は焦る俺を意味ありげな言葉でいなした。
「そりゃ、あやつが隠したがっておるのに、ワシが言えるわけが無かろう。じゃが、そう気にせんでもすぐに分かるはずじゃて。ワシの予想では後数日……いや二三日ってとこかの。」
「なんだか、思わせぶりな言い方だけど、もうすぐ俺がこの場所から脱出できるってことか?」
もういっそ、全てを教えて欲しい。思わせぶりなことばかり言う老人に俺は少し腹が立った。
いや、腹は最初から立っている。結局俺がこんな所に閉じこもらなきゃならないのはこの爺さんのせいなのだ。
だが、この老人の悪戯っぽい顔……。
それを見れば分かる。今の俺は調理されるのを待つまな板の鯉なのである。あの日、騎士団長に調理されなかったのは、そのまな板が騎士団長のものでは無かったからだ。
なら、このまな板は――。
もちろん今目の前で笑っている爺さんのものだ。
「はて――。こう言うことはジジイの口から聞いても面白くは無いじゃろうし、ここは大人しく待っておることじゃな。大丈夫じゃ、悪いことは起こらんよ。その時にはワシへの恨みも感謝に変わっておろうて……。」
すっとぼけるように、爺さんが言った。
さて――
結局のところ、何処からどこまでがこの爺さんの筋書きだったのだろうか……。結局のところ、すぐにそれを知るチャンスは訪れる事は無かった。
なぜなら、この日を境に爺さんは俺の前から姿を消した。
この悪戯好きの爺さんは、自ら調理した鯉を食べずに放置したまま何処かへと消え去ってしまったのである。
ここまで読んでくれてありがとう。
数少ないキャラクターが早速退場してしまいました……。死んではいないので再登場はありますが、しばらくは彼無しのストーリー展開です。いわゆる伏線としてい取っておきますます。
それと章を変えるタイミングを見計らってます。ここで終わるかもう少し引き伸ばすか……。ここからキャラクターも増える予定ですし、そのあたり数話書いてみてから線引きしたいと思ってます。