第19話 僕を信じて付いて来て
窓一つ無い真っ暗な部屋を一本のロウソクの火がぼんやりと灯していた。
四方を囲む石造りの壁に、上へと登る階段。そしてその階段に蓋をするようにはめ込まれた木製の落とし戸。おそらくここは地下室だ。
落とし戸の隙間からかろうじてこぼれる外の光。そして定期的にこっそりと誰かが運んで来る食料と水。
騎士団長を殺したあの日――慌てて王都から逃げ出そうとする俺の事をワイズは止めた。
「これから行われるのは国を上げての犯人探しだよ。闇雲に逃げたってすぐに見つかっちゃうか、野垂れ死ぬのが落ちだよ。それに……エル君の顔は騎士団のみんなが知っているんでしょ。そんなのやっぱり逃げ切れっこないよ。」
確かにワイズの言う通りだった。この王国の武を代表する騎士団長が殺されたのだ、王国は是が非でも犯人を見つけ出そうとするだろう。そして団長を失った騎士団は……それこそ騎士としての誇りをかけて、血眼になりながら俺を探し出すに違いないのだ。
しかし――
俺の罪は、騎士団長殺しであり父親殺し……。その罪の重さの前では、正当防衛だなんだのと俺の主張など聞き入れてもらえるはずが無い。
つまり、俺は捕まった時点で死罪が確定事項なのである。
だったら、少しでも生きながらえる可能性のある方に賭けるべきなのだ。俺は黒門の前でワイズと分かれてそのまま王都の西門へと一直線に逃げるつもりだった。
あの時いつの間にか消えた二人の男が、もしかしたらもう既に団長の死を報告しているかもしれない。時は一刻を争うのだ。
「心配してくれてありがとう。でもワイズ君、俺は逃げれるところまで逃げてみるよ。だって捕まったら最後なんだから。」
そう言うと俺は、いつまでも掴んだままだったワイズの腕を離した。もうこれ以上一緒にいてはワイズも疑われる事になってしまう。
しかしその時。ワイズの口から出た言葉がその後の俺の行動を決めた。
「絶対に、誰にも見つからない隠れ場所があるの。だから僕を信じて付いて来て……。」
「いいのか?俺を匿えばお前も俺と同罪だぞ。」
もちろんそれは、捕まれば俺と一緒に処刑台に立たされると言う意味。死ぬ覚悟はあるのかと言う意味だ。
しかし、ワイズはその問いに対して――
あまりにも呆気らかんとした口調で、それでいて自信に満ち溢れ淀みない言葉でこう言ってのけたのだ。
「構わないよ。だって僕はエル君の友達だろ。それに僕は絶対に捕まらないよ。僕を捕まえれる人間なんて、この世の中にいないんだから。」
そうして俺は、ワイズに導かれるまま――
人気のない迷路の様な路地を通り抜け、袋小路の隠し扉をくぐり、ランプの灯りを頼りに狭い地下道を抜けて……
最後は理由もわからないまま目隠しまでされて――
いったい何処か場所もわからない、この隠し部屋に匿われる事となったのである。
そして……気が付けば、およそ一ヶ月。
時折聞こえてくる軍隊の号令の音や、道行く女達の笑い声。時には外部を誰かが駆け抜ける足音。そんな外界の喧騒にただただ怯える毎日にも、もうだいぶと慣れたそんな頃――
食事が運ばれ小窓が開く時以外は誰一人訪れることの無かったこの隠し部屋に、いつもとは少し違う聞き慣れない音が響いた。
カチャカチャッ……ガチャ
何もすることがなく、ただベッドに横になっていた俺は、その音を聞いてすぐに身をベッドの下に潜り込ませた。
この乾いた金属音は、階段に被さっていた落とし戸の鍵が開いた音に違いない――咄嗟に俺はそう判断した。
案の定、続けて落とし戸開く音がする。誰かがこの部屋に入って来ようとしているのだ。
ここまで読んでくれてありがとう
遅くなってすみません。来週中頃からはもう少し書けると思います。