第18話 騎士団長殺し
ってことは……
身動き一つせず、まだ上に重くのしかかったままの騎士団長の身体の下からなんとか這い出して――
俺ははっきりと今、何が起こったのかを理解した。
大量の血を地面に染み込ませて力無く大地に横たわる王国最強の剣士オーデン騎士団長は、まさにその心臓を一突き……恐らく即死であったのだろう。
殺したいほど俺を憎んでいた『義理の父親』の死ははあまりにも突然で、そしてあっけなかった。
だが、もし……。
これが死闘の末に繰り出された俺の必殺の一撃であったなら、俺は逃げも隠れもしなかったかもしれない。
しかし、これは団長が、肝心なところで躓いて身体のバランスを崩してしまった結果であって、いわゆる棚ぼたというものである。
つまり、俺は――
自分が騎士団長である親父を殺してしまうという事態をこれっぽっちも想像していなかったのである。
だからこそ、俺はこの時。
目の前に転がった死体と、自分が人の命を殺めてしまったという事実を目の当たりにして――思いっきり取り乱してしまったのだ。
「ど、どうしよう……。俺は、俺は人を殺してしまった……。」
もちろん、俺が殺っていなければ立場は逆だ。今、地面に転がっているのは俺の死体だっただろう。そんな事はいやというほど分かっている。
しかし、騎士団員といってもただの見習いの俺は、切った貼ったの修羅場なんて今まで一度だって経験したことは無い。
つまり俺は、自分の身に降り掛かっている状況に対処出来るだけの能力を持ち合わせてはいなかったのだ。
俺は、人を殺してしまったという現実を受け入れるだけで――もう頭の中はいっぱいいっぱい。
だからこそ、この時の俺が真っ先に思ったことは――
「逃げなきゃ。このままじゃ団長を殺した犯人として捕まってしまう……。」
と言う、まるでひき逃げ犯の様な心境に陥ってしまったのだ。
だって見てみてよ。この状況を。
これは誰が見たって殺人事件でしょ。
言うなればここは殺人現場。そして俺は騎士団長を剣で刺し殺した犯人。瞬く間にそんな図式が俺の頭の中に構築されて……俺は思わず、傍らに呆然と立ち尽くしているワイズの手を取り例の黒門に向かって駆け出していた。
途中、団長の血がべっとりとついた上着で俺は顔や手に付着した血を拭った。
それでも拭いきれない血液を、今度はワイズが貸してくれた手ぬぐいで拭き取った。
そんな、上着や手ぬぐいはいつの間にか手元から消えていた。
そして俺達は、ただただ息をするのも忘れるほど必死に黒門まで駆け続けた。
しかし――。
あの時、団長と一緒にいたはずだった無気味な男二人の存在。騎士団長に突き刺さったままの俺の剣。そして途中どこかに行ってしまった俺の上着やらなにやら――。
この時の俺達はただ逃げることだけに必死で、そんな後あと面倒事になりそうな証拠を隠す事にすら気がつけなかったのだ。
騎士団長殺し――
これは、その後俺につけられた異名である。
もしこの時の俺が上手く逃げ切っていれば、そして証拠を上手く隠しさえすれば、俺はこの『騎士団長殺し』と言う異名で呼ばれることは無かっただろう。
そして、方や『救国の英雄』と呼ばれることも……。
これは、そんな相反した二つの異名を持つ俺の物語。どちらか一方に決めることの出来なかった優柔不断な俺の、奇妙奇天烈でグダグダな物語である。
そんな物語が、ここから――始まった。
ここで『騎士団長殺し』の章は終わりです。
ここから主人公は、この王国の表舞台に……いや、それだけでは無く裏舞台にも……立って行くことになります。
次の章は、『英雄』になる予定です。