第17話 突き刺さってる
鞘から引き抜かれた男の剣は、「お前ごときわざわざ剣を構えるほどでもない――」そんなアピールでもするかのように、その右手に無造作に握られていた。
しかし裏を返せば、明確な意志を示さない男の剣は、逆に俺の全身すべての場所に狙いを定めているとも言える。男の前で、身動き一つとれず、体中から脂汗を垂らすしかない俺は、まるで蛇に睨まれた蛙の様であった。
一歩一歩ゆっくりと近づいてくる男に、俺は振るう気すら無いただ形だけの剣を正面に構えてその時を待った。
一歩。
そしてまた一歩。
男が足を進める度に、俺の寿命が尽きていく。
そういえば、さっき言ってやろうと思っていた言葉は何だっただろうか……。
今は、もうそんな事すら頭には浮かんで来ない。
まさに今。俺はこの場所で死ぬ……。結局最後までただの形だけだった父親に殺される……。
覚悟?
そんなものは無いよ。ただビビっちゃって手も足も出ない。今はもう何も考えられないだけだ。
たぶんあと一歩……。
あと一歩踏み込んだら、男の剣が振るわれて俺の身体の何処かを切り落とすことになるだろう……。
その時の俺は……。その最後の一歩を、ただ呆然と見つめることしか出来なかったんだ。
しかし――。
男がその最後の一歩を踏み込もうとした瞬間――
何かに躓くように、不意に男が身体のバランスを崩した。
紛いなりにも、あの剣を握らせれば王国一の、騎士団長が……何も無いただの砂利道で躓くなど本当は有り得ないことだった。
しかし、現に騎士団長はバランスを崩したまま、まるで前方につんのめるように一歩、二歩……。もつれた足に、行き場を失った男の上半身が倒れ込むように俺の目の前に近づいて来て――
気がつけば、俺に覆いかぶさるように倒れ込んできたのだ。
そして俺はと言うと、バランスを崩した男の下敷きになって、そのまま仰向けで地面に倒れてしまっていた。
いったい何がどうしたと言うのか。
咄嗟に事態を呑み込めなかった俺は、取り敢えず覆い被さった男の下から這い出そうともがく――。だがそこは、さすが筋骨たくましい王国一の剣士。のしかかった身体は予想以上に重たく思うように俺の上から退いてはくれなかった。
が、その時。
俺は、この状況にある違和感を感じとっていた。
男が、何故か俺に体重を預けたまま、自ら動こうとしないのだ。
それに――。俺の身体が、何かでベットリと濡れている。
なんというか……妙に温かく、そして水とは違うヌルリとした感触のその液体は、まるで血液か何かの様に真っ赤だった……。
しかし、この時の俺はまだ自分の身に何が起きたのかを充分に把握しきれてはいない。事前の状況から推察するに、この時の俺はまず自分の身体の何処かを男の剣が貫いたのだと――そう思っていた。
だがそんな時。突然俺の耳に――
「キャーーーーッ!」と言うワイズの大きな悲鳴が飛び込んで来る。
俺は、はっとして振り返る。
そんな俺に向ってワイズは怯える声でこう言った。
「エ、エル君……その剣……。騎士団長の胸に突き刺さってる……。」
そう。この時――
身体を貫いたのは、騎士団長の剣では無く俺の剣だった。俺の剣が、騎士団長の胸を貫いていたのだ。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
棚ぼた的展開ではありましたが、とうとう本編の主人公が、騎士団長を殺してしまいました。
前置きが少し長かったですが、まさにここからがこの物語の始まりといっていいでしょう。
ちなみに、このシーンと同じ場面を第0話としてプロローグの1番目に上げさせていただきました(内容はこの17話とまったく同じなのでわざわざ読んでいただく必要はありません。)