第13話 こんな所で何をしてる
だとしたら――
もし、この話し声の主が本当に団長だったとしたら……
当然、団長と俺とがこんな場所で顔を合わせるなんて事があってはならない。だって俺は……この場所にいるはずのない人間なのだ。
突然「静かに」なんて言われて、ワイズは俺の顔を不思議そうに覗き込んでいた。
そんなワイズと目が合って、俺はシーッと口元で人差し指を立てる。
「どうかしたの?」
俺のジェスチャーが伝わって、それは囁くほど小さな声だった。
「ちょっと今は合いたくない人の声とそっくりなんだ。」
「知り合い?」
「あぁ。俺の親父だよ。鉢合わせすると訓練をサボってたのがばれる。」
もちろん親父だって、俺がしょっちゅう訓練をサボっていることぐらいは知っているだろうが、俺に全く興味を示さない親父は全くと言っていいほどそれを咎めることはなかった。
親父にとっては妻の連れ子なんて立場の俺が、訓練をサボろうが裏で何をしようが正直そんな事どうだって良いのだろう。
もちろん俺もそれを理解したうえで好き勝手やっていたわけだけど――。
それでもやっぱり鉢合わせは不味い。
「訓練って――騎士団の?」
ワイズから不意にそんな言葉が返ってくる。
「えっ? お前――俺が見習い騎士っていうの知ってたのか?」
そう言えば……俺はいつワイズに自分の素性を話しただろうか?そんな疑問がふと浮かぶ。
ワイズは友人だ。だから別段隠すつもりもなかったが、こんな歪んだ親子関係をわざわざ他人に教える事に、意味などあるとは思えなかったからだ。
「ま、まぁ……前に一度見かけたことがあるし……。それに、エル君が今腰に下げている剣――騎士団の紋が入ってるから……。」
そう言ったワイズは何故か少し慌てていたようにも見えた。そんな姿に少し不自然さを感じなくもなかったけれど――
彼の言葉は正しかった。
俺は、普段はほとんどの時間を見習い騎士の制服姿で歩いているし、確かに今俺が腰に下げている剣も騎士団のものなのだ。
まぁ、この王都で騎士団と言えば独立軍と言うその存在の特殊性も含めて一目も二目も置かれる存在だ。だから、もしかしたらワイズは初めから俺が騎士見習いであることに気がついていたのかもしれない。
そして逆に言えば、そんな事にも気が付かないくらい俺には騎士見習いと言う自覚がなさすぎるのだろう。
本来ならば――たゆまぬ鍛錬によって常に己を磨き上げ、そしてこのエーデルの守護者としての自覚と誇りを持った存在。それこそが騎士なのである。
そしてその中でも――名実共に王国最強と言われる比類なき剣技と頭脳で王国最強の戦士。それがエーデル王国騎士団の団長オーデン=ノース。
しかし、なぜ。
なぜ団長が今この場所にいるのだろうか。
今朝の朝礼では、団長は朝から会議で王宮に出廷しているはず。なのにこの塀の裏から団長の声が聞こえると言うことは――つまり団長は明らかに隊員の俺等に対し嘘をついているのだ。
だったら、当然かめたくなるだろ?
団長が、『隊員を騙してまでこんな場所でいったいなにをやっているのか』ってことをさ。
もちろん、堂々と屋敷の門から中に入っていくなんて事は出来ない。ならば他の方法はと、俺とワイズが二人して屋敷のまわりをぐるっと一回りして調べた結果――結局思いついた案は何の捻りもない肩車であった。
本来ならば、何とかして俺がこの目で確かめたい。
しかし、さすがに力の弱そうなワイズ君が下という訳にもいかない。俺は苦渋の決断で渋るワイズをなんとか説得してその肩に乗せた。
「ちょっと。絶対に落としたりしないでよ。」
かくいうワイズ君は、思った通り軽々と持ち上がった。
「大丈夫だ。軽い軽い。まるで女みたいだ。」
「何言ってるの。僕は男だよ。」
押し殺した声だがワイズが怒ったような声で言った。
「わりいわりい。冗談だって。」
といいつつ、心の中ではワイズのあまりの軽さに俺は驚いていた。それに――さっきから俺の肩に乗っかったワイズのお尻がやけに柔らかい……。
さすがはお坊ちゃん。そりゃあ常日頃からさんざん美味しいものを食べてれば、当然お尻の肉も柔らかくなるに違いない。高級ブランド黒毛和牛も他の肉牛とは比べ物にならないほど良いものを食べているからこその、あの柔らかさなのだ。(想像)
う〜ん。これは癖になる柔らかさだ。
そして俺は、欲望に負けて思わずワイズの尻をひと揉み。
しかしその瞬間――
「キャァ――!変なとこ触らないで!」
そう言って突然ワイズが俺の肩の上で暴れ出して……気がつけば俺達二人は塀の脇に仲良くひっくり返ってしまっていた。
まずい――思わず調子に乗ってしまった……。
しかしそう思っても、もう後の祭りである。当然、今のワイズの悲鳴は中で話している男達にも聞かれたに違いないのだ。
まったくどんくさい話だ。でもさ……たかが男同士で尻を揉まれたからって、ワイズがあんな大きな悲鳴をあげるなんて俺は思いもしなかったんだよ。
正直言って、こう言う展開は柄じゃ無い。なのに思わず魔が差してしまったとでも言うのかな。そして、ここから俺とワイズの歪んだラブコメが始まるわけもなく……
この期に及んで出来ることなど、逃げることしかないのである。
しかし――。
立ち上がる間もなく、目の前には見知らぬ不気味な姿の男が二人と、そして良く見知った姿の男が一人。俺達を見下ろして立っていた。
そして。あまりにも聞き覚えのある声で
「貴様たち。こんな所で何をしてる。」
そう言ったのはもちろん。
俺の良く知っている男。さっきまで俺がなんとしてでも確かめようとしていた男。
王国騎士団団長オーデンその人であった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ここでようやく騎士団長のお父さんが登場です。緊迫のシーンを上手くかけたらいいな。