第12話 俺はこの声の主を知っている
俺達二人は、地図に書かれた通り大通りをまっすぐ西に進んで行った。
先へと進むに連れてやはり人通りは少なくなっていく。
以前にも説明し通り、この王都の西側地区は王国の高官達の屋敷が立ち並ぶいわゆる閑静な高級住宅地の様な場所なのである。
屋敷を囲む東洋的な瓦葺きの塀は、おそらく前王朝の時代に作られたものだろう。しかしその塀の奥に立つ屋敷のほとんどはエーデル様式――いわゆる西洋式の建造物に建て替えられている。つまりそれは、この地区に居を構える高官達のほとんどがエーデル人であることを意味していた。
そんな中。地図に指定されていた黒く巨大な楼門は、とにかく遠くからでも異様な存在感を誇っていた。
「ねぇエル君。この王都にこんな場所があったなんて、僕初めて知ったよ。」
「俺もだよワイズ君。しかも門だけじゃなくて周りには城壁まではりめぐらされてる。これじゃぁまるで小さな城が王都の中にあるみたいじゃないか。」
「これって、もちろん前王朝『円夏』時代の物だよね。」
「たぶんそうだろうね……。」
「ロウさんの地図ではこの中に入れって?」
「うん。そう書いてある。」
「でも、門は閉まってるよ。」
ワイズの言う通り、確かに門は固く閉ざされているように見えた。
しかし――これだけの物を見せられて中身が気にならないわけが無い。それにこれはあの爺さんが俺達の為に用意してくれたミッション(遊び)なのである。
「でも地図に書いてあるんだ。押してみたらもしかして開くんじゃないか? いくら爺さんでもまさかこの城壁を乗り越えろなんて言わないでしょ。」
「そうだね。じゃぁ一緒に押そう。こんだけ大きな門扉じゃ一人じゃ大変だ。」
俺達は楼門に合わせて黒く塗られた分厚い扉を、呼吸をあわせて力いっぱいに押した。
しかし、俺達の心配をよそに、扉はスーッと音もなくいとも簡単に開く。
「意外と軽かったな。」
「うん。古い建物だから重いかと思ったのに――。開かずの扉ってわけではないみたいだね。」
そこはワイズの言う通り、造りは古いがこの門は案外頻繁に使用されているかもしれなかった。
その証拠に門の奥に広がるのは特に何の変哲もない普通の風景であった。相変わらず真っ直ぐに伸びる道の両側には先程歩いてきた大通りの脇にあったような前王朝様式の瓦の乗った壁。そしてその内側にはやはり大きな屋敷がいくつも建っているのだが、違いと言えばその建物の全てが塀と同じように前王朝様の建築様式であることぐらいであった。
ただ。
この門の内側はやはり誰も住んではいない。
そんないわゆるゴーストタウンの中を、俺とワイズの二人は手紙に託された地図に沿って奥へ奥へと進んで行った。
まだ日も昇りきっていない午前中だと言うのに何だか薄気味悪い気がするのは、やはりここが打ち捨てられた町だからだろう。
見た目は寂れていなくても、廃屋というのはいつの時代でもどの世界でも良くない想像が脳裏をかすめるものだ。
気がつけば、いつの間にかワイズが俺の服の裾を掴んでいる。
例えばそれが暑苦しい大男なら俺もその手を振り払っただろうが、そこは背丈も小さく顔立ちの整った美少年ワイズ。俺も、さほど悪い気はしない。
しかし――こういう場合。相手が女の子であろうと男であろうと、ある意味セオリーとしてこれだけは言って置かなければならないのだ。
「何だよワイズ。お前、怖くなってきたのか?」
って。
いや。実は俺もすこし怖いんですよ。けれど、こういう時って先に言ったほうが勝ちってのもあるじゃないですか。
で、本来ならここで男の子ワイズ君が強がって否定の言葉が入るはずなのですが――。
そこで、怯えた声でワイズ君がこう言うのです。
「き、聞こえる……。」
ちょっと待って下さい。そう言う冗談は無しにして下さいよ――。こんな場所でそれを言ったら洒落にならないじゃないですか。
しかし、ワイズは続けてもう一度。
「ねぇ。やっぱり聞こえるよ。誰かと誰かの話し声。」
それは、肝試しや怪談話の定石ではあるけれど、確かに今度は俺にも聞こえた。男の声で互いに何かを話している。
俺はもしやと思い手にした地図を確認する。だって、あの爺さんがこんなもったいぶった方法で単なる肝試しを企画するはずが無い。
その声は塀を隔てた右手の建物から聞こえた。
そして地図に描かれた目的の場所も同じくこの場所だ。
ならばこの声は、あの爺さんの声――。
一瞬そうも考えたが、そうでは無い。
声の主は決して年老いた老人の声では無い。まだまだ覇気のある威厳に満ちた声だ。そしてもう一人の男の声も、やはりそこらの一般市民の声などでは無い。遠くからでもはっきりとよく通る声……俺はそんな声の持ち主達を良く知っている。
それは
俺の所属する騎士団の隊員達の話し声によく似ているのだ。
戦や戦闘のさなか、隊員達は確実に仲間たちに必要な指示や情報を伝えなければならない。そのため隊員達は常に端的ではっきりと確実に会話をする――そういった事を常に意識するのである。
「静かに!」
それに気がついた瞬間。俺は咄嗟にそうワイズに指示を出していた。まだこの場所からは話の内容が全てはっきりと聞き取れるわけでは無い。風に乗った声が時折耳に入るだけだ。
しかし……俺はこの声の主を知っている。
いや、ただ単に知っているだけでは無い。
この俺が、王国騎士の団長の声を――義理の父親オーデン=ノースの声を聞き間違えるはずがないのだ。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
2日に1話。私にしては少しハイペース……。でもやれる所までやってみます。
もう一つの作品が二章完結となりまして、残すは最終章のみとなりましたが、ひとまず休憩をして、しばらくはこちら1本で頑張ります。
しかしAを書いてる時にBのアイディアが、Bを書いてる時にAのアイディアが出やすいのはなぜでしょう。私だけなのでしょうかw