第10話 今日だよ
その日。俺達三人は『あのくだらない遊び』から金輪際足を洗うこと決めた。しかし同時にそれは俺達がこの場所に集まる理由がなくなってしまったことも意味してしまう。
ワイズが最後に駄々をこねたのも、その寂しさがあっての事だろう。俺も爺さんもそれは何と無く分かっていた。
だからこそ爺さんは次の遊びなんていう言葉を使ったに違いない。でも結局、爺さんの口から次の遊びについての言葉は出てはこなかった。だってそれは単なるその場しのぎの言葉にすぎないのだ。
そして俺達は、言葉だけの再会を誓い合い、それぞれの居場所へと戻って行った。
「王都に南西の風が吹き始めたら……またこの場所で。」
そんな曖昧な言葉を誰が信じると言うのだろうか。
俺達は結局お互いの氏名すらもはっきりとは知らないのだ。爺さんのロウと言う名前だって、友のワイズと言う呼び名だって、それは単なる自己申告にしか過ぎない。――そして俺のエルと言う呼び名もまた……。
しかし――。
この王都に今年始めての南西の風が吹いた日。
俺とワイズは王城西門近くのいつもの場所でおよそ二ヶ月ぶりの再会を果たしていた。
「いつも通りの時間だねエル君。」
先に声をかけてきたのはワイズの方だった。
「あぁ。久しぶりだなワイズ君。しばらく友に会えなくて寂しい思いはして無かったかい?」
そんな俺の言葉にワイズがいつもの笑顔を見せた。
「少し意地悪な所も相変わらずだね。でも……、正直言うと僕はずっと南西の風が吹くこの日を心待ちにしていたんだ。」
「俺は、もうこの場所に誰も来ないんじゃないかと思っていたよ。」
「ありがとうエル君。今日この場所に来てくれて。」
「俺の方こそ。今日また友に再会できたことを嬉しく思うぜ。」
相変わらず真っ直ぐなワイズの言葉に、俺は少し気恥ずかしさを感じながらそう答えた。
「なんか少しだけ照れるね。」
ワイズが言う。
「たぶん再会とはそんなものなんだよ。」
とてもぎこちない会話。
でも、そのぎこち無さこそが再開の喜びなのだ。
正直、今日この場所に来るまでは俺も不安だったのだ。でも、たかだか二ヶ月程度会わなかっただけで俺達の身に何か大きな変化が起こるはずもなく、ギクシャクとした会話も直ぐにいつもの調子を取り戻すのである。
しかし……やはり気になるのは、ここにいるはずのもう一人の人物。
「ところでワイズ君。ロウの爺さんはまだ来ていないのかい。」
この小さな飯店の店先のテーブルに、俺達三人はいつも並んで座っていた。俺とワイズ君はまちまちだが、ロウの爺さんだけはいつも一番最初からいて最後までそこに座っていた。
そんな暇人のロウ爺さんなら、もしやと思って今日は来てみたのだが、そのロウ爺さんの姿が見当たらない。
「それなんだけど、ロウのお爺さんは今日この場所には来れないらしいよ。」
ワイズが、したり顔でそう言った。
「それって、お前……今日以外でもあの爺さんに会ってたってっこと?」
「違うよ。僕が今日この場所についたら見ず知らずの男の子から手紙を渡されてね。ちゃっかりお駄賃は請求されたけど、その手紙に書いてあったんだ。」
「その手紙って爺さんからか?」
「うん。何か突然大事な用事が出来たみたい。」
「まったく……南西の風の言い出しっぺは爺さんだろうに。」
そんな理不尽さも、やはり今日俺達が再開できたから感じられる。爺さんが手紙を置いてくれたから感じられるのである。
俺は、そんな爺さんの手紙をワイズから受け取ると、なかなかに達筆なその文字に目を通した。
「なになに……。あの日言い忘れた新しい遊びを思い出したから書き留めておくって書いてあるぞ。地図を同封しておくからその場所に来いだってさ。なんだよそれ、結局内容はまったく書いてないじゃないか。」
「そうなんだ。地図の場所に来いとしか書いて無いんだ。」
「もしかして、思い出したのはいいけど結局何も思い浮かばなかったんじゃないか?」
あの適当な爺さんのことだ。それは大いにあると俺は思った。
でも――
「その後に書いてある日付を見て。」
そんなワイズの言葉に急かされて俺は手紙の文末に目を通す。
「立夏にて待つ?」
手紙の最後には確かにそう書かれていた。
「そう。立夏だよ。」
立夏。春と夏を分ける節目となる日。この異世界の不安定な暦で言うならばそれは3月から4月にかけてのある日。
何だか、無性に嫌な予感がした。
だから俺は、ワイズに確かめる為に、こう聞いたのだ。
「ちなみに確認なんだけど……今年の立夏はいつだっけ?」
でも、その答えはもうわかりきっていた。俺だって暦くらいは確認する。
つまり。当然のようにワイズの口から帰ってきた言葉は――
「今日だよ。」
そう。今日は立夏。そしてロウの手紙に指定されている日付も今日なのだ。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ストーリーもようやく書きたいシーンまでやってきました。でも焦って書き急がない様にしないと……w