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第二章 怪獣よ叫べ!②

 納得がいかないヒデキに、一平は丁寧に説明をした。身振り手振りだけでなく、実際のスイングの時にどの筋肉が、どの関節がどう作用するのか、ゆっくりと丁寧に教えこんだ。すると、説明がわかりやすかったのか、ヒデキは自分には左打ちが向いているのかもしれないと思えるようになったのだ。


 すっかり陽が西に傾きかけたころ、二人は再びベンチに座って話をしていた。


「でも、野球頑張ったってプロになるわけじゃないし。」

「どうかな。意外とやってみると、いい選手になれるかもしれないよ? 君はまだ子供なんだ。今から一生懸命練習して身体を作っていけば、プロ野球選手どころか、海外で活躍することもできるかもしれないね。」

「大リーグのこと言ってるの? そんなの無理に決まってんじゃん。」

「そうかな。君が大人になるころには、日本からもアメリカへどんどん選手が挑戦して、ワールドシリーズで日本人がMVPを取ることだってあるかもしれないよ?」


 一平は笑顔でそう話しながら、かつて日本から渡っていった屈指の強打者のことを思いだした。一平の好きな球団に鳴り物入りで入団し、広いドーム球場のスタンドへ軽々とホームランを量産する。豪快だが謙虚な強打者だった。しかし、そんな思いを馳せる一平を、ヒデキは笑い飛ばした。


「そんなの無理だよ。オリンピックで金メダルったって、アメリカはメジャーの人達出てなかったもん。日本はプロ野球選手たくさん出てたけど、一軍メンバーだったら勝てっこないよ。そんな中に日本人が飛び込んでMVPなんて絶対無理だよ。」


 そう言って笑ったヒデキだったが、


「でも、いつか。。。大リーグで活躍する日本人選手を見てみたいなぁ。」


 そうつぶやくのだった。



 一平と別れた後、ヒデキはこの一年物置にしまっていたバットを取り出した。久々にグリップを握って構えてみると、なんだか少し重たく感じた。ヒデキはいつものように右打ちに構えてみたが、さっきの一平との会話を思い出した。


「左打ちか。。。」


 持ち手を握り替え、左に構えてみたが、やっぱり慣れないのでのでしっくりこない。少し肩の力を抜いてから、思い切ってバットを振ってみた。


「あっ!」


 慣れない左で思い切り振ったために加減がわからず、バットは手からすっぽ抜けて自宅前に止めてあった家族の自転車に直撃し、派手な音を立てて自転車を倒した。慌てて駆け寄ってバットを拾い上げると、恐る恐る周囲を見渡して息を殺した。しばらく静寂が辺りを包み、どこか遠くの家の飼い犬が遠吠えしているのが聞こえた。どうやら誰にも気が付かれてなさそうだ。怒られずに済むと安心して庭に戻ると、再び左に構えた。と、その時。


「なんだよ大きな音出して。大丈夫か?」

「うわっ!」


 安心したのもつかの間、家の中から、兄が顔をのぞかせた。だが、どうやら怒っているわけではなさそうなので、再びヒデキは安堵のため息を吐いた。


「どうしたヒデキ。柿布の真似でもしてるのか?」


 柿布とは、二人が好きな関西の球団の四番打者だ。この当時では有名なホームランバッターだ。柿布は左打ちのため、ファンのヒデキが真似をしているのだろうと思っていた。


「兄ちゃん。おれ、また野球やろうと思うんだけど、教えてくれる?」


 そう言ってヒデキはもう一度スイングしてみた。利き腕である右腕に意識を集めて振り抜いたバットは、風を斬り裂いて音を立てた。その鋭いスイングは、兄が知る弟のものではなかったのだ。


「ヒデキ、なんだかスイング早くなってないか?」

「右利きは左打ちがいいんだってさ。」


 キョトンとする兄に笑顔を向けると、手に肉刺ができるまで左打ちの練習をするのだった。



 兄や監督たちの指導の元、再び野球をやることになったヒデキは、中学でも野球を続け、この時の監督に厳しい指導を受ける。もとより恵まれた体格のヒデキはすぐに頭角を現し、高校一年の時には『恐怖の一年生四番打者』として話題になった。この頃には大リーグにも興味を持ち、衛星放送があれば必ず釘付けになった。大きな体格から連発される豪快な本塁打はマスコミをにぎわせ、いつしか日本特撮映画の主人公の名前を取って『ガジラ』と呼ばれるようになった。



 一平と会ったあの日から八年後、ヒデキは甲子園球場のバッターボックスにいた。天を仰いで小さくため息を吐くと、バットをその場に置いて一塁へ走り始めた。2対3とリードされた最終回、二死三塁のチャンス。しかし、相手チームの選択はヒデキとの対決を避けて敬遠だった。そして、これはこの日五度目の敬遠で、次の打者は内野ゴロとなり試合終了。ヒデキの高校野球最後の夏は二回戦敗退に終わった。最後の敬遠後、一縷の望みを信じて二塁への盗塁を決めたのは、最初で最後の意地だったかもしれない。


 一度の勝負もしてもらえないまま、なす術もなく甲子園を後にした。この時の相手チームの采配には賛否両論の大議論合戦となったが、それだけヒデキの打撃力はずば抜けて高くなっていた証拠だった。


 そして、そんなヒデキの打撃力はもちろんプロのスカウトたちの注目を浴びた。ずば抜けたスイングスピードに、各球団がヒデキの獲得に名乗りを上げたのだ。1位指名は実に四球団。しかし、運命のくじ引きでは東京の球団が指名権を獲得した。正直なところ、地元に近く昔から好きだった関西の球団に指名してほしかったが、この東京の監督は熱心にヒデキを口説いた。この手で育て、プロ野球を代表する選手になってほしい。そうなれると何度も伝えられた。そして、とうとう入団を決意したのだった。

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