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第二章 怪獣よ叫べ!①

 気が付くと、一平は海辺の歩道を歩いていた。海から吹いてくる風は心地よかったが少し寒かった。どうやらここは日本海に面しているらしい。看板を見ると石川県の能美だということが分かった。どうしてじぶんがこんなところをあるいているのかはわからない。先ほどまでは別の街中で高校生くらいの少年と話したばかりだ。


「さてさて、どうしたものかな。」


 一平は北陸に縁はない。それどころか生涯で北陸地区に来たこともない。死んだはずの自分がどうして元気にあちこちを歩き回っているのか、不思議なことではあるがただ不安はなかった。何かに導かれているような気もしていたからだ。


「さっきの高校生はどうしたかな。頑張ってくれるといいけど。」


 そんなことをつぶやきながら歩いていると、海岸沿いの遊歩道に設置されたベンチに、野球帽をかぶった少年が座って膝をブラブラさせていた。ちょうど歩いて疲れてきたところだ。少し休ませてもらおうと思った。


「隣、いいかい?」


 声をかけると、少年は顔をあげて一平を見ると、


「うん。どうぞ。」


 と、返事をして、座りやすいように位置をずれてくれた。一平は少年の隣に腰を掛け、背後から温かい日差しを浴びながら横目で少年を見た。相変わらず足をブラブラさせているが、今日は土日か何かなのだろう。時間をつぶしているようにも見えた。


「君は、野球をやっているのかい?」

「えっ?」


 突然の問いかけに驚いたような顔をしたが、すぐにうつむいて首を振った。かぶっている野球帽はプロ野球のものではなかった。どこかの少年野球のものだろうと思ったのだが、違うのだろうか。そんなことを一平が考えていると、少年はさみしそうに話し始めてくれた。


「野球は辞めちゃったんだ。」

「そうなのかい? その歳で珍しいね。怪我でもしたのかい?」

「違うよ。おれが監督の出す指示が理解できなくて、役に立たないからもう少し大きくなってからやってほしいって言われたんだ。」


 ヒデキと名乗った少年は事情を話してくれた。ヒデキは小学四年生だが、三年生だった昨年、兄に誘われて地元の少年野球チームに入った。三年生にしては体格が良かったので活躍すると思われたのだろう。しかし、少年野球チームの監督は元高校球児だったらしく、練習は体育会系よろしくの厳しさ、また、専門的な指示を出してくるため、幼いヒデキはなかなか理解できなかったそうだ。


「そうかい。それはもったいないことをしたね。」

「もったいない?」

「どんなスポーツも、監督というのは選手を育て、指示を出し、勝利に導いていくものだ。選手に自分の指示が伝わらないのなら、伝わるように工夫しなければいけないのが監督の仕事だと思うよ。それに、君は四年生にしてはいい体格をしている。今からしっかり練習していけば、いい選手になると、私は思うけどね。」

「そうかなぁ。」


 ヒデキは半信半疑なのか、帽子を取って難しい顔をした。その時に見えた右腕が、子供のものとは思えないような肉付きだったため、


「なぁ。君の右腕、見せてくれないかい?」


 一平はそうお願いしてみた。ヒデキはうなずくと長袖を捲くって見せてくれた。その手首や腕全体、肩を触ってみると、すごくしっかりした骨格なのが分かってくる。


「おじいちゃん。くすぐったいよ。」

「おお、ごめんごめん。君、本当に小学四年生かい? すごく立派な骨組みをしているね。腕っぷしもありそうだ。」

「そうかなぁ。」


 一平は立ち上がると、ヒデキにバッティングフォームを見せるように促した。ヒデキは渋々立ち上がると、右に構えてスイングの真似をした。一平が思っていた以上に筋肉は付いているのだろう。この年齢にしてはまず早いスイングができていた。


 何度かやって見せる中で、一平はヒデキのスイングが腰の所に来た時、左肘を掴んで動きを止めさせた。


「なにするんだよ。これじゃ振れないよ。」

「いいんだ。振ろうと力を入れてごらん。」


 言われるがまま、振り抜こうとしたが、抑えられた左腕はびくともせずに動かなかった。年老いたとは言っても、それなりに鍛え続けてきた一平である。同世代の中での力には自信があった。


「そんなに押さえてたら振れないよ。」

「ははは、すまないね。よし、試しに左打ちでも同じことをやってみようか。」

「ええっ? 左打ちなんてやったことないよ。」


 文句を言いながら、ヒデキは左打ちに構えて何度かスイングして見せた。そして、何度目かで同じように一平が、今度は右肘を押さえてくる。


 が、しかし。多少鈍くはなるが、今度は一平の抑えを振りほどいてスイングができた。それを見て、一平は満足そうに微笑むと、再びベンチに腰かけた。


「君は右利きだね?」

「そうだよ。」

「できれば、君は左バッターを目指すといい。」


 一平の言葉に、ヒデキは驚いて声を上げた。


「え、なんで? 右利きなのに左バッターなの?」


 一平も子供の時はそう思っていた。右利きは右打席、左利きは左打席に入る。それが当たり前だと思っていた時があった。しかし、人にもよるがバットを振る時に必要なのは引手の力だ。つまり、右バッターは左腕、左バッターは右腕の筋力でスイングが変わってくる。ヒデキは右利きでこの体格なだけあって、右腕の力はすごかった。一平は知らないことであったが、ヒデキは野球の他に柔道も習っていて、地域のわんぱく相撲でも猛者として知られていた。

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