第一章 竜巻を起こせ!②
学校まで戻ってみると、もう監督はグラウンドからいなくなっていて、残ったチームメイトがそれぞれ練習をしていた。その中でも、キャッチャーとしてバッテリーを組んでいるヒロシが駆け寄ってきて声をかけてくれた。
「お疲れヒデ。ずいぶん走りこんだんだな。」
「おぅ。悪いな、試合崩しちまって。」
「気にすんなよ。どのみちお前以外は大したピッチャーいないんだ。もうすぐ練習も終わるから、帰りに何か食っていこうぜ。」
「ああ。それはいいな。」
と答えたが、ふと先ほどロードワーク中に考えていたことを思い出し、
「なぁ。帰る前に少し受けてくれないか?」
と、ヒロシを座らせた。ヒデと呼ばれた少年はブルペンに行くと、何度か動きを確認し、
「行くぞ!」
両腕を大きく振りかぶって、上げた左足をぐいっと後ろに回し、身体の捻りを戻す反動を加えて前に踏み出した。手から放れたボールは、今までに自分が出したことがない速さでヒロシの頭上を越えていき、フェンスに跳ね返って、後片付けをしていたマネージャーのカズミの前に転がっていった。
「きゃっ!」
カズミは驚いて後退った。
「ごめんごめん。」
ヒデが謝ってボールを拾いに行くと、
「お、おい。なんだよ今の。」
ヒロシは驚いて目を丸くしながら歩み寄ってきた。元々ヒデの球は高校生にしては早い方だったが、今の暴投はいつにも増して速い球だった。
「もういっちょ頼むわ。」
ヒデはもう一度、先ほどと同じように腰を捻ってからその反動でボールを投げた。
「うおっ!!」
先ほどの暴投ではないにしろ。球は右打席の外側に飛んできた。ヒロシは片腕を突き出しながらミットを伸ばしたが、それでもボールは転がって行ってしまい、バックネットに巻き込まれるように転がった。
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
ヒロシがストップをかけ、次のボールを用意するとヒデの元に駆け寄った。
「ノーコンめ。」
「わりぃわりぃ。」
「レガース付けてくるから待っててくれ。すごいぞ、ノーコンだけど球の速さと威力は今までの三倍はすげぇ!」
球の速さが三倍になったら400キロ超えるだろ。と、思いながらヒデは笑って見送った。指先に残る感触を思い出してみる。何かがつかめそうだ。ヒロシの言うように、今までには投げてても感じたことのない感触がした。
「お待たせ。」
ヒロシはキャッチャー用具を身に着けて、籠いっぱいのボールを抱えて戻ってきた。
「とりあえずさ。何かつかめそうなんだろ? 付き合ってやるから思い切りやってみろ。」
「サンキュ。」
ヒデはヒロシが構えるのを確認して振りかぶった。投げたボールは、バッターがいたら頭に当てているような位置を通過したが、ヒロシが伸ばしたミットに吸い込まれていった。が、勢いが強かったのか、そのままヒロシは転がってしまった。
「大丈夫か?」
「OKOK、いいぞ。これでストライクが入るようになったら超スゲー!」
それから日没までの間、ヒロシは徹底的に投球練習に付き合ってくれた。けっきょく、まともなストライクは数えるほどしか入らなかったが、投げていて楽しいくらいに球威も急速も増したことを実感した。
「ヒデ、絶対モノにしろよ。」
「ああ。」
その後、ヒデは練習を繰り返し、次第にこの腰を捻った独特の投球方法をマスターしていくのでった。そして、いよいよ夏の甲子園大会予選を迎えた。マウンドに立ったヒデは、足場を慣らしてボールを握った。ここまで幾度となく練習に励み、走り込みもウェイトトレーニングもして筋力も上げてきた。あの日、一平が言っていた尻のデカさは大きさを増し、太もももふくらはぎも格段に太くなった。
「よし、行くぞ。」
ヒデは振りかぶって足を上げると、後方に捻り、その反動を指先に伝えてボールをリリースした。腰を捻った時に、相手チームからどよめきが起こった。指先を放れたボールは空気を切り裂きながら、あっという間にキャッチャーミットに吸い込まれた。相手チームのバッターは目を丸くして、いったい何が起きたのかわからないというように呆然と立ち尽くしていた。それほどに、ヒデの投げたボールは高校離れした速い球だったのだ。
「よし!」
ヒデの腰を捻った独特の投球フォーム、そして投げ出される球威のある剛速球に、相手チームはかすりもしなかった。終わってみれば、自身初の完全試合を達成していた。
「やったな!」
「ありがとう、ヒロシ!」
ヒデはますます鍛え上げ、この投球フォームを確立していった。ヒデを中心に今までは負け越していた練習試合も勝ち試合が多くなり、それが楽しいのかチーム全体が懸命に練習に取り組み、最終的に甲子園こそいけなかったものの、三年生の夏の大会では学校初の五回戦(県ベスト16)へと導いた。
「終わっちまったな。」
「ああ、でも、おまえはこれからも野球続けるんだろ?」
敗戦後、なんとなくヒロシとグラウンドに来て、誰もいないベンチに腰掛けながら話し込んでいた。
「そうだな。社会人になっても野球は続けるよ。いつかプロに行ってみたいしな。」
この夏に何かの感触をつかんだヒデは、いよいよ本格的にプロ野球選手を目指してみる気になっていたのである。