序章 とある野球人の最期
今、一人の男が息を引き取ろうとしていた。男の名前は茂井一平、86歳の老人だ。癌の転移が見つかって半年、もう息をするのも苦しいくらいだった。病院のベッドの周りには、愛する妻や子供たち、そして孫たちも心配そうに見守ってくれていた。
そして、病室にあるテレビでは、今の場面にはまるでそぐわないような、野球中継が映し出されていた。『侍ジャパン』と呼ばれる日本代表の野球選手団だ。今日はその国際大会の決勝戦の日でもある。
「おじいちゃん。代表選手も頑張っているよ。おじいちゃんも頑張って!」
孫がそう言って手を握ってくる。この子は少年野球チームで主将を務めている。幼少期からの一平の英才教育で、地元ではちょっとした有名選手だ。一平自身も若い時には野球をやっていた。プロ野球選手にはなれなかったが、内野手として甲子園に出場し、社会人野球ではそこそこ結果を残した。ただ、気合と根性で何とかしようとする時代の不幸が一平を襲い、いよいよドラフトに掛かるかという時になって、膝の靭帯を断裂したのだ。
必死のリハビリの結果、日常生活をするのに支障のないくらいには回復できたが、それ以上は無理だった。一平は野球を引退し、会社員として新たなステージを歩く決意をしたのだ。そう決められたのは、献身的にリハビリに付き合い、励まし、支えてくれた看護師だった妻のおかげだった。怪我がきっかけで二人は出会い、そして結ばれたのだから、あのケガも悪いだけのものではなかったのだろう。
かすれかすれの息の中で、一平はテレビの画面を見つめていた。国際大会のランキング上位が集まる大会だ。日本は野球世界ランキング1位の座を守るべく決勝戦を戦っていた。
「さぁ。日本代表、侍ジャパン。いよいよ連覇に王手をかけました。得点は1点差、マウンド上には世界の二刀流!」
マウンド上の投手の手を離れたボールは、迷うことなく空気を切り裂いて、キャッチャーミットに吸い込まれた。間髪入れずに歓声が上がる。勝った。世界一だ。マウンド上に日本代表選手たちが集まり、優勝を讃え合う。この瞬間、この感動をどれほど待ったであろう。
「ああ、やったな・・・ありがとう・・・。」
「おじいちゃん!」
涙を流しながら一平は最後の息を吐き出した。もう何度見せてもらっただろう、日本が、日本の野球は本当に強くなった。何度感動させてもらっただろう。ありがとう、もう思い残すことはない。数々の名選手たちを見てきた。自分はプロ野球選手にはなれなかったが、代わりに同じ日本人たちが世界一の野球国家にのし上がってくれた。
一平はこうして天に旅立った。。。はずだった。
イチローさん。
日米野球殿堂入りおめでとうございます!
それを記念して、
前から温めていた物語を公開しました。
全4章構成の予定です。
不定期になりますが、
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水野忠