クリスタル灰皿と行く異世界魔王討伐の旅プレゼント
頭空っぽにしてお読みください。
クリスタル灰皿をご存知でしょうか?
喫煙者の肩身が狭い令和の昨今では、灰皿といえば金属製のぺらくて軽い灰皿を辛うじて知っている人がわずかにいるくらい……
もしかしたら若い世代は灰皿を見たことがない方もいるやもしれませんが。
二昔ほど前。
昭和の時代にはどこもかしこも(飲食店でも電車でも映画館でも)タバコをスパスパ吸うおっさんで溢れていました。
クリスタル灰皿はその当時から高級な灰皿として、会社の応接室や金持ちのリビングのテーブル上の必須品にまるでテーブルクロスをとどめおく文鎮のように鎮座ましましておられる存在だったのです。
クリスタルのギラギラした反射で高級感を出していた(当時の感覚)クリスタル灰皿は、灰皿というには器の灰を溜める部分が申し訳程度で縁の分厚さから
『とっさの衝動でどたまかち割りたくなる時に手に届くところにいつもある便利な鈍k……アイテム』
としてサスペンスドラマや刑事ドラマで凶器として大活躍しました。
金持ち宅や愛人宅、大会社の応接室で。ヤ○ザの事務所で。政治家のオフィスで。
別れ話を切り出された愛人がクリスタル灰皿を振りかぶり何度も何度も打ち据えてお茶の間を絶叫の渦に陥れるドラマが普通にゴールデンなタイムに放映されていたのです。
メディアがテレビ一強だった時代に殺傷能力に定評のある鈍器として、お茶の間の『家庭で使える鈍器』のイメージをお年寄りからお子さままで懇切丁寧に浸透したとかしないとか。
そんなことをつらつら考えながら、昭和生まれのOLヤスコは会社の応接室で掃除をしていたのである。
今が令和の時代とは言え、旧態依然の昭和感覚おじさんが牛耳っている、古くからの地元産業には、応接室に件のクリスタル灰皿がまだまだ現役だったりした。
ヤスコがこれ程にクリスタル灰皿に想いを馳せているには、深い訳がある。
かいつまんでいうと、決算前の糞忙しい時に、仕事と称してタバコ吸ってただけの部長が応接室の掃除(証拠隠滅)をヤスコに命じたのだ。
いまだに昭和の会社感覚な部長が、OLはお茶汲みと掃除と簡単な業務だけの暇人だと決めつけ、経理の全てを課長以上に担って、多忙を極めているヤスコに向かって、だ。
「あーイライラするっ!!クソハゲめ(部長)!!!」
ヤスコのイライラは頂点に達し、クリスタル灰皿に本来の仕事をさせるのは合法なのでは(本来の仕事は灰皿です)ないかと自問自答と共に、意外と持ちやすいクリスタル灰皿で素振りを始めた。
素振りと言いつつ鋭いスィングは、明確な目標イメージの頭部を狙った、殺意駄々漏れの必殺スィングに。
あ、イケル。
ブォン!
コレはヤれる!
ブォン!ブォン!
一振ごとにスィングが洗練されていき、目覚めてはイケナイなにかがヤスコの理性の扉を開けかけた時。
ヤスコの視界は突然切り替わり、ヤニの残り香漂う応接室から石造りの大きな広間になった。
場所が変わった、体感はあまりにもなかった為、ヤスコの意識は自分を取り囲む謎の鉄製の鎧に身を包んだ武装集団に集中した。
ヤスコは思った。
ヒェっ!強盗!!
手にはクリスタル灰皿が変わらず存在し。
そのクリスタル灰皿の感触がヤスコに伝えてくる。
これは合法(今なら漏れなく正当防衛)だと。
「ヒャッハー!!」
武装集団の奥にいた偉そうなおっさんが口を開く前にヤスコのクリスタル灰皿が火を吹いた。(比喩表現)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クリスタル灰皿は異世界からの召還の刹那に女神の啓示を受けた。
救いを求める遠い異世界に応えることになったがあまりにも文明力の差が有りすぎた。
神様界隈の倫理的に兵器と認識されるブツを送ることが禁止され、武器ではないが殺傷能力に信頼と定評有りと認められたクリスタル灰皿が選ばれる運びとなったのだった。
昭和の遺物のイメージ甚だしいクリスタル灰皿の現存する同類の中で偶々、その瞬間統計にて世界一鈍器と認識されていた弊クリスタル灰皿。
無機質のただのクリスタル灰皿は異世界に喚ばれた時点で、女神の加護により自我を獲得しインテリジェント灰皿へと進化。
異世界で魔王を討つ使命を得て、神器として覚醒したのだった。
異世界より現れし、神の武器として産声を上げるクリスタル灰皿。
だが、うっかりクリスタル灰皿に想いを馳せて強く強く握りしめていたヤスコをも異世界に連れて来てしまいパニックに陥る。
そんなクリスタル灰皿を更に混乱させたのが、武装集団に取り囲まれたと誤認したヤスコがクリスタル灰皿を武器にいきなり雄叫びを上げて騎士達に殴りかかった件。
女神の加護を受けしクリスタル灰皿には、持ち主を魔王討伐の勇者にさせるべくハイパーなブーストを授ける能力が備わっていた。
まして灰皿から武器への転身を期待された産まれたばかりの自我は闘争本能を開花。
つまり、武装集団こと魔王の脅威に怯え、異世界より救世の一手を望んだこの国の騎士団をあっさり血祭りにあげたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まさか、勇者召喚だなんて……」
ヤスコは今、一人で魔王城を目指して荒野を進んでいた。
クリスタル灰皿はまさに最強の鈍器して、全身鎧の騎士の手足をアカン方向に折り曲げたり、アカンレベルで陥没させたり、血反吐を吐かせまくっていた。
幸いな事に国の儀式として騎士の他に大神官以下神官達が揃っていた為死傷者は出なかったが、何人かクリスタル灰皿の恐怖に心が折れ騎士職を辞する事になったそうだ。
全てが終わった時には、最前線の野戦病院のごとき有り様で、年老いた王様は幼女のように泣きじゃくって「勇者コワイ勇者コワイ」と繰り返すだけの人形と化していた。
ヤスコを止めたのは、使い物にならない王の代わりに、ガクガクブルブル状態でも頑張ってこの世界の危機的状況を説明した大臣。
周りの人間にはむしろ彼の方が勇者だった。
盛大にヤラカシてしまったヤスコに魔王討伐を断る術はなく、国の最高戦力を独力で叩き潰したお陰で孤独な旅を余儀なくされた。
「この世界の人達が弱すぎるのはわかったけど、一人で魔王倒せはねぇべ」
一応、旅人の基本道具入り背負い袋や路銀の詰まった財布や国のあらゆる融通をブチ通す『勇者の認可証』などいただいた。
しかし、仕事中に召喚されたヤスコは会社の指定のブラウスとベスト&スカート(紺)、くるぶし丈の靴下と社内用の部屋履きのつっかけ(いわゆる便所サンダル)という昭和のOL装備だった。(個人の偏見です)プラスクリスタル灰皿。
「せめてロッカーに寄れたら、通勤着とスニーカーがあったのに……」
ヤスコは苦悩するが、その出で立ちで騎士団を全滅させた手前、贅沢は言いづらい。
むしろ、ロッカーうんぬんは神様に申請せねばならぬ案件だ。
一応ヤスコにも、異世界召喚やら勇者やらの知識はある。
召喚されたからにはチートスキル等々のお約束があるはずだが、それに自惚れて調子に乗ると破滅するのもよくあるお約束。
「ここは、やはり地道なレベル上げが重要!」
最近、な○うで変態的修行オタク系主人公物にハマっていたヤスコの決断は早かった。
自分の武器はどうやらクリスタル灰皿らしい。
城で暴れていた時にたまたま、ついノリで、うっかり、「でゅわ!!」と叫びながらMな星雲在住の某宇宙人兄弟のノリで両手で挟んだクリスタル灰皿を頭上から縦回転で放ったら、凄まじい光を放ちながら巨大化し、クリスタル灰皿は縦回転で城壁をぶち破り、空の彼方へ轟音と共に飛んでいった。
一瞬呆けた後に、そのデタラメな威力よりもたったひとつの武器を失ってしまった事実に愕然とするが、しばらくするとなんか聞き覚えのある回転音が。
そういえばアノ技は自動的に頭に戻ってくる技だった!
ヤバい私の頭がブチ割られる!!
という可能性に真剣白刃取りの構えで待ち構えるヤスコ。
しかして、ブーメランさながら戻ってきたクリスタル灰皿はヤスコを主人と認めている為、ヤスコの手に何の反動もなくすんなり収まるのであった。
「あれ必殺技っぽいし魔王城向かいながら練習して練度をあげて一撃必殺目指そ」
こうしてでゅわ!!でゅわ!!と奇声を響かせてクリスタル灰皿を何度も放ちヤスコはじわりじわりと亀の歩みで魔王城へ向かう。
その頃、魔王城では謎のクリスタル製の飛行物体により、魔王様が暗殺される事件が発生していた。
突然の攻撃に魔王城の城壁はあっさり破壊され、そのまま魔王のいる広間まで貫通し魔王を真っ二つにして、謎のクリスタル製の飛行物体は役目を果たしたと言わんばかりに!もと来た方へ舞い戻って事件は迷宮入りするかと思われた。
2つに裂けた魔王は、確かに1度死んだ。
だがしかし。
「ククク、油断して死んでしまったが魔王は不滅……今の攻撃、何奴の仕業か調べよ!魔王に逆らった罪思い知らせてくれる!」
魔王は知らない。
その後昼夜を問わずクリスタル灰皿が飛来することを。
魔王城は更地と化し、魔王は何度もズタボロにされとうとう、不滅と言われた魂が消滅の憂き目にあうことを。不滅とは当社比だったらしい。
後に、その7日間続いたクリスタル灰皿攻撃にこの世界の住人達は畏怖を込めて『水晶雨の7日間』と呼び、夜空に水晶雨に似た流れ星が過ると膝をついて祈りを捧げるとか。
魔王の消滅と共に、元の世界に戻ったヤスコは魔王城までたどり着く前に決着が着いてしまったが、何故かとてもスッキリしてクリスタル灰皿を元のテーブルの上に戻し業務に戻るのであった。
こうしてひとつの世界と部長の命は救われた。
めでたしめでたし。
「あー地球産のタバコうめーわ」
女神は地球産の缶コーヒーとタバコを交互に口に運びながら眠るヤスコを眺めた。
ヤスコの特訓でゅわ!!のせいでクリスタル灰皿がどんどん狂暴になっていくので、こうやって灰皿の本分を思い出させる為に吸い殻の山を築いているのだ。
決して、趣味嗜好でやっているわけではない。
日々凶悪になっていくクリスタル灰皿にちょっと恐怖心が芽生えただけだ。
魔王も早く心折れて滅せればいいのにと思わずにいられない程に。
最後の1本を吸い終えてクリスタル灰皿の端で火をねじり消すと女神の姿は煙と共に消えた。
朝、ヤスコが目を覚ました時吸い殻の山に絶叫しガチギレするのは言うまでもなかった。