Scene2-1 大好きだよ
「ああ、しまった! ロープウェイの営業時間終わってる!」
「午後六時で終わってるみたいだな。いや、上りの終電は五時半だったか」
自宅への最寄り駅を一駅分乗り過ごし、璃玖とソラは街のシンボル・銀河山の麓までやって来ていた。
辺りはすっかり夜の闇に落ち、銀河山は既に漆黒に包まれている。
駅周辺は街明かりが眩しいくらいだが、一歩山に踏み込めば、そこには一寸先さえ見通せない暗がりが待っているだろう。
「なあ、ソラ。もうこの辺ぶらつくだけで良くないか?」
璃玖がそう言うと、ソラはぷくっと頬を膨らませた。
「今日はセンパイと山に登れたら良いなって思ってたのに」
「もしも雪が積もってたらどうするつもりだったんだ。たとえ時間に間に合っても雪でロープウェイが止まるだろ」
「それでも登るんです! 自力で!」
そう豪語するソラの服装は、どう考えても登山向きではない。
ゆるふわでモコモコな、どちらかと言えば余所行きのお洒落着である。
唯一、足元だけはかっちりしているようで──。
「お前、それ茶色のブーツに見せかけて、登山靴なのか」
「今気づいたんですか? てっきりこれがあったから行き先がバレたのかと思いました」
完全に直感であった。
もしも予想を外していたらと考えると、璃玖は背すじが凍る。
『ずっと親友』、ソラの言葉通り、恋人になるという道は完全に閉ざされてしまうところであった。
「待てよ……登ろうと思えば、今から登れるじゃん」
「そうですよ。だから登るんですよ、今から」
「俺はただのスニーカーだが」
「七曲り登山道ならスニーカーでも行けませんか?」
「灯りはどうするんだよ」
標高が低いとはいえ、いきなりの冬山夜登山とはなかなかにレベルの高いものを要求されたものである。
登る行為自体は璃玖も反対はしないが、とはいえ照明が無くては話にならない。
するとソラはカバンをまさぐり、高照度のペンライトを取り出すとしたり顔で璃玖に見せつけた。
「準備はバッチリですよセンパイ♪」
鼻を鳴らして胸を張るソラ。
だが璃玖はジト目になって、ソラの頭に軽くチョップを食らわせた。
「心許ないわ! それに、そのペンライトって電池はどれだけ持つんだよ」
「……一時間、くらい」
「七曲り登山道の登り時間は目安一時間だ。往復どころか下手すると行きの時点で真っ暗だぞ」
「……ぶー」
ふてくされるソラの頭をポンと撫でながら、璃玖は周囲を見回した。
何かソラを納得させるようなスポットがあれば良いのだが。
「とりあえず、川原でも歩くか?」
ソラは頷いた。
***
銀河山のすぐ北を東西に流れる大きな川。
璃玖とソラは鋼鉄のアーチ橋で対岸へ渡り、堤防のスロープから広大な川原へと降りる。
ソラの持つペンライトと璃玖の携帯端末のライトで足元の石っころを照らしながら、真っ黒な水面に向かって近づいていった。
「あれ? 昨日くらいが満月だったよな。夏はこのくらいの時間にちょうどお城の上に月が被ったと思うんだけど」
「見えませんね、お月様」
「考えて見りゃ、季節によって位置が変わるもんな」
璃玖としては銀河山の山頂にある城と満月とが重なるのを期待していたが、そうは上手くはいかないらしい。
少しでもロマンティックな風景を見せればソラも満足してくれると思ったのだが。
「あれあれぇ? センパイ、もしかしてあれですか。『月が綺麗ですね』とかそういうのがやりたかった?」
「お前、それ意味わかって言ってるのか」
「知ってますよー。遠回しに『愛し……て……」
ソラは何故かペンライトのスイッチを消して、その場にしゃがみ込んだ。
璃玖が携帯でソラを照らすと、ソラは掌で顔を覆い隠すようにしながら叫ぶ。
「わあああ、こっち照らさないで!」
「なんで」
暗がりの中、ソラは顔を覆う指の間から璃玖を上目で睨んだ。
「……顔、絶対赤くなってると思うので」
ソラの小さな呟きに、璃玖は胸の奥の繊細な部分をつままれた気分になる。
「ふふ、ふはは」
「なっ、なんで笑うんですかセンパイ!」
手を降ろし、顔を露出させたソラ。
端末のライトに照らされたその顔は、確かに赤らんでいるようだった。
「はは、なんか可愛いなって思ってさ」
「なんでそんな爽やかに口説いてるんですか。キャラじゃないことはやめてください」
璃玖の腕を押して、照れた顔からライトを遠ざけようとするソラ。
璃玖はその紅潮した表情にたまらなく愛おしさを感じてしまう。
これまでだって、ソラが顔を赤らめるところなんていくらでも見てきた。
だけど、何度見ても飽きない。
可愛いものは可愛いのである。
「口説きたくもなるよ、だって俺は、お前のこと」
「ま、ま、ま、待って!」
突然、ソラは璃玖の言葉に待ったをかける。
想いが溢れそうになっていたところに急ブレーキをかけた形になり、璃玖は思わず「なんで!」と叫んだ。
ソラは立ち上がり、自分の二の腕辺りをギュッと掴みながら目を伏せがちに呟く。
「う、薄々感じてはいましたけど、センパイは本当に……」
ソラの戸惑いは璃玖の目にも明らかだった。
瞳を揺らし、唇を震わせ、泣きそうな──否、実際に涙を流しながらソラは璃玖の顔を見上げた。
「ぼくのこと、好きなんですか」
璃玖はソラの白い頬に、先程より赤みの増したそれに軽く触れながら優しく微笑んだ。
「ああ。大好きだよ、ソラ」




