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Scene1-11 その場所

 いろはの宿泊するビジネスホテルまでは地下道を使って移動した。

 地下道からの出口階段の下で、いろはは璃玖たちに振り返って言った。


「皆さん、色々ありましたけど、今日はほんまに楽しかったです。また近いうちに会いましょう!」


 どうやら、ここでお別れらしい。


「うん。じゃあね、いろはちゃん! 絶対また遊ぼうね!」

「元気でな」

「元気でね、いろはちゃん。私たちは飛び入りだったけど、すごく楽しかったよ!」


 茉莉(まつり)といろはがハグをして、続いてソラといろはもハグをした。

 璃玖(りく)は……いろはに近づいたところで茉莉に(にら)まれたので何もしなかった。


 苦笑いで手を振るいろはは、そのまま地上への階段を登っていく。

 何度も何度も振り返りながら、名残(なごり)()しそうに璃玖たちへ会釈(えしゃく)をしていた。


 やがていろはが完全に見えなくなってから、茉莉が言う。


「……さて、と。私たちも帰ろうか」


 璃玖とソラは小さく(うなず)いて、地下道を歩き始めた。




 少し進んで、地下鉄の改札を(くぐ)る。

 鉄道を待っている間、三人は無言だった。

 駅構内を行き交う人波と、そこから生み出される潮騒(しおさい)が、彼らの口数の代わりに場を埋めていく。


 ラッシュ時のように込み合う車内を二駅の間だけ耐え、隣県を代表するターミナル駅にて乗り換えを行う。

 三人の中で会話が戻ってきたのはようやくその時になってだった。


「なあソラ。お前が夜に会いたい人って誰なんだ?」


 乗り換え路線へ続く長いコンコースを歩きながら、璃玖は尋ねた。


「バ樫野(かしの)。そういうのはもうちょっと落ち着いた場所で聞きなよ」

「なんでだよ」

「イブの夜に会いたい人なんて、そんなの、特別な誰かに決まってるじゃない」


 そんなことは璃玖にだってわかっている。

 わかっているからこそ、相手が気になって仕方が無いのである。

 いろはとの時間を短くしてまで、ソラは一体誰と聖夜を過ごそうというのか。


 ソラは自らのチャームポイントである栗色の癖っ毛をくりくりと指で(いじ)りながら、真っ赤になっていた。

 駅ビルの中をあっちへこっちへと目移りさせながら、やや気まずそうに眉根を寄せる。

 ソラがアニメのキャラクターならば、きっと汗の飛び散るエフェクトでいっぱいになっているだろう。


「ほ、ほら。そんなことより先輩方、金時計の外のところに大きなツリーがありますよ!」

「……思いっきりはぐらかしたな」


 この期に及んでまだ隠し事があるというのか。

 いろはとの密会もそうだが、仲良しのはずの璃玖にさえ黙っておきたいその相手とは。



 すると茉莉が足を止めてソラの肩を叩いた。


「あのねソラくん。もしも私に気を遣ってるなら大丈夫だよ。ちゃんとわかってるからさ。……あ、良いこと考えた。私だけ先に帰るから、その人とイルミネーションでも楽しんできたら?」

「うう」


 茉莉は明るく言ってのけるが、璃玖の目には、ソラの気まずさ加減が一段階増したように見えた。


 璃玖は(にぶ)くはない。

 茉莉の発言が何を意図してのものかくらい見当がついている。


 茉莉はソラの『会いたい人』が璃玖のことではないかと考えているに違いない。

 だから邪魔者である自分が立ち去って、璃玖とソラとでクリスマスの風景を楽しんで来いと提案したのだ。

 彼女の考えが正しいのだとすれば、ソラが微妙な表情を浮かべている理由も納得である。


 ソラは茉莉が自分に好意を寄せている事実を知っている。

 つまり、クリスマスイブに璃玖とのひと時を望むと発言してしまえば、それは同時に茉莉の想いを拒絶することになってしまうのだ。


(……なんてな。まだ、ソラの会いたい人ってのが俺だと決まったわけじゃないし)


 璃玖は軽く深呼吸をして、茉莉に言った。


「まあまあ、そんな言い方をしなくてもさ。とりあえずホームまで歩きながら続きを話────」

「行きたいところが、あるんです」


 璃玖に被せるように、ソラは言った。

 真っ直ぐに、璃玖の目を見て。




「センパイと……璃玖センパイと、行きたいところがあります」




 聞いた。

 はっきりと聞いた。

 璃玖の名前を口に出す瞬間を、璃玖はその目で、その耳で確かに目の当たりにした。


 行き交う人の流れを遠くに感じる。

 人間社会の喧騒(けんそう)が薄れていくのを感じる。

 周りから切り離されたかのように、三人の、いや、璃玖とソラの時間は止まっていた。


「俺、なのか」


 震える声で、璃玖は聞いた。

 震える指をぐっと握りしめ、ソラは頷いた。


「ぼくは、璃玖センパイと一緒にこの夜を過ごしたいです」

「どうして。だって、お前は」


 ──俺を避けてたじゃないか。


 璃玖はその言葉をぐっと飲みこんだ。

 秋以降のソラの行動については今は放っておこう。

 大事なのは、今まさにソラが璃玖を選んだという事実だけだ。


「ぼくは今日、いろはちゃんとのお出掛けの後、とある場所に行こうとしてました。そこで璃玖センパイを待って、もしもセンパイが来てくれたなら……そう、考えていたんです」

「俺が他に予定を入れていたら、どうしてたんだよ」

「それを含めて、ぼくの()けです」


 事前に『別の男とのデート』を匂わせておいて、当日に急遽(きゅうきょ)呼び出す。

 それで璃玖が現れなければ賭けは失敗。


 ……璃玖はなんだかソラに試されているような気分になった。

 事実、そうなのだろう。


「ソラ」


 璃玖は小さく名前を呼びかけることしか出来なかった。

 自分とクリスマスイブを過ごしたいというソラの言葉は嬉しくてたまらないのだが、その奥に巨大な覚悟のようなものが見え隠れしているようで、ただ圧倒されていた。


「茉莉先輩、ごめんなさい。先輩の目の前なのに、ぼくは……」


 気が付けば、茉莉は二人の隣でしゃがみ込み、顔を掌で覆っていた。

 彼女は鼻を(すす)るような音を立てて、静かに肩を震わせている。

 ソラが呼びかけるのにも返事などしない。

 茉莉はただ、顔を伏せたまま首を横に振った。


「茉莉」


 今度は璃玖が彼女に声を掛ける。

 すると茉莉は袖で目元をぐいと拭って、勢いよく立ち上がる。


「わり、樫野。ガラにもなく泣いちった」

「ガラにもなくって……仕方ないだろ、これは」


 璃玖は気まずさに目を伏せる。

 茉莉がソラのことを好きなのは知っていたし、男に戻るのを諦めてほしくない、と語っていた事実も聞いている。

 今まさに、その両方を否定されたのだ。

 涙しないほうがおかしい。


 だからと言って、璃玖にはかける言葉が見つからなかった。

 ──否、不用意な言葉をかけるべきではないと思った。

 不必要な優しさは、きっと彼女を余計に苦しめるだけの棘にしかなり得ない。

 大切な友人である茉莉を、これ以上傷つける真似はしたくない。


「なんだよ、樫野もソラくんもそんな顔しちゃってさ。もしかして、私が悲しくて泣いたと思ってる?」

「違うのか? だって」


 茉莉は首を横に振ると、にこりと微笑み、璃玖へ親指を立てた。

 下向きに。


「ばーーか。私を舐めんな。私はさ、嬉しくて泣いたんだよ」

「嬉しい? どうして」

「私は、ソラくんの味方だからさ。私ははじめから、ソラくんを自分のものに何てしようと思ってない。大好きなソラくんが前を向いて生きてくれたらそれでいい。私が少しでも役に立つことが出来たのなら、それが私の幸せだ」


 璃玖は押し黙る。

 これで本当に、何も言うべきでなくなったと理解した。


 なんという自己犠牲の精神────と、そんなはずがない。

 百パーセント相手の気持ちにそうなんて、聖人でもなければ不可能だ。

 今の茉莉が二人に笑いかけてくれるのに、背中を押してくれるのに、痛みが伴わないはずがない。


 だから。


(俺は、俺たちは、彼女の痛みを無駄にしてはいけないんだ)


 璃玖はソラを見た。


 ソラは、ずっと真っ直ぐに璃玖を見つめ続けていた。

 真剣な面持ちで、茉莉の言葉を嚙みしめるように、口を真一文字に結んだまま。



「茉莉先輩。ありがとうございます」



 ソラはそれだけを告げる。

 たった一言、それだけで、茉莉の肩から力が抜けたようだった。


 たぶん、ソラは茉莉の覚悟を最初からわかっていた。

 茉莉もまた、ソラの覚悟を理解している。

 なんだか二人が心の中で通じ合っているような気さえして──璃玖はほんの少し悔しく思った。


 茉莉は璃玖たちにくるりと背を向けて少し離れ、コンコースの柱に寄りかかる。

 遠くから見守るつもりらしい。


 しばらくして、ソラが口を開いた。


「センパイ」

「……おう」

「ぼくの賭けは、終わってません」


 二回。

 呼吸を整えるために胸をゆっくりと上下させたソラは、(わず)かばかりに口角を上げて、言った。


「センパイ。これから家に帰るまでに、ぼくが行きたかった『その場所』を当ててみてください。今日、本当だったらぼくがあなたを呼び出すつもりだった、『その場所』を」

「答えられなかったら?」


 ソラは破顔して答えた。


「その時は、ぼくらはこれからもずっと親友です♡」


 可愛らしく語尾を上げながらの言葉。


 ずっと親友。

 ソラの台詞(せりふ)の持つ隠れた意味に、璃玖は即座に気付いた。

 その上で、彼は肩を(すく)めながら言う。


「そんなの、考えるまでもないよ、ソラ」


 ソラの片眉がピクリと跳ねる。

 ほんの数ミリだけソラの目が丸くなる。


 そして、ほんの数ミリだけ目を細めた璃玖は続けて口にした。

 その場所の、名前を。



銀河山(ぎんがざん)だ。俺たちを繋ぐ場所なんて、そこ以外にどこがあるんだ?」


 瞬間。

 ソラはにこりと微笑んだ。

次回よりScene2に移ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しませて頂いてます。 茉莉がただひたすら不憫で ソラに対して何も出来ないまま(しないまま)リクに譲ったようにしか感じられませんでした。 きっとこうなる事は分かってたのでしょうが…。
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