Scene1-8 裏路地を抜けて
「ソラ! 茉莉! おーい、どこだ!」
いろはと別れてから約十五分。
璃玖は門前町の商店街の中を彷徨い歩いていた。
握りしめた端末からは通知のバイブレーションは一切無く、彼の送ったメッセージは未読のままだ。
電話を何度か掛けてみるが、応答は無し。
璃玖は完全に二人の足跡を見失ってしまっていた。
「ソラ! いたら返事してくれ!」
恥をかなぐり捨てて人混みに向かって大声を出すも、帰ってくるのは人々の喧騒だけ。
一体二人はどこに行ってしまったのだろうか。
最後にソラと逸れた場所から、集合場所となっている公園の間のルート上のどこかに彼女らはいると思われるのだが、こうも見つからないというのはおかしい。
璃玖は、ソラたちが何かに巻き込まれたのではないかと不安になる。
なんといってもソラはにわかに知名度を上げつつある有名人。
チャンネルを正式に開設する以前の顔出し配信の時点で結構な話題に登ったこともある。
さらにはいろはとのコラボ、そして偶然近くでライブを行う著名人との相乗効果で、変に顔が知れ渡ってしまった可能性が高い。
「……待てよ。もしかすると」
璃玖は携帯端末を操作し、SNSアプリを起動した。
すぐさま検索欄にSoraの文字を打ち込み、最新の投稿順で結果を表示させる。
璃玖の直感は正しかった。
門前町でソラを見かけたという投稿が僅かばかりに存在したのだ。
その中で一枚だけソラを撮影したと思われる写真付きの投稿があった。
茉莉と思われる人物に手を引かれて走っているような姿。
顔出し配信者とはいえ一般人を盗撮した画像には違いないが、今の璃玖にはありがたい情報だった。
「この道、見覚えがあるな。確か、公園とは反対側の……」
考えながら、既に璃玖の足は南に向かい始めていた。
写真の風景の中に映り込んだ巨大招き猫、それはいろはたちとの街歩きの途中で見かけた印象深いスポットだ。
これを手掛りにソラたちを探せばスムーズに合流できるかもしれない。
ヴヴヴ。
端末が鳴動したのはその時だ。
着信の相手は先程連絡先を交換したばかりの相手だった。
『璃玖にぃ、やばいかもです。今ファンの子からDMで教えてもらったんですけど、迷惑系の配信者がそのあたりをうろついてるらしいんです』
「迷惑系って、人に嫌がらせをして再生数稼ぐやつだろ。どうしてここに」
迷惑系というのはもうずいぶんと前に話題に上がることが多かった配信ジャンルの一つ。
一般人に悪戯を仕掛けたり、無理に企画に参加させたり、アポイント無く有名人に絡みに行ったりと、文字通り迷惑な行動を配信して注目を得ようとする者たちだ。
五年ほど前から迷惑行為が厳しく取り締まられるようになってからは、絶滅に近い状態になったはずだった。
『ボクみたいな有名アカが何人も集まってるって嗅ぎつけたんと違いますかね。一人でも絡めたら撮れ高としては充分ですから。さっきからソラくんに連絡してるのに繋がらないんで、心配です』
璃玖は先刻の写真を思い出す。
茉莉がソラの手を引いて走っていたのは、そいつから逃げるためではないか。
そんな気がしてくる。
「頑張って探してみるよ。なにか情報を掴んだらまた連絡してくれ」
通話を切り、璃玖は走り出した。
***
進展が見られたのはいろはの電話からまもなくだった。
璃玖が巨大招き猫の周囲を彷徨いていた時、近くの鯛焼き屋のアルバイトの女性が店内から声を掛けてきたのだ。
「あの、すいません! もしかして【バグリー】の子をお探しですか?」
「そうです。俺、逸れちゃって」
「実はですね……」
その女性曰く、五分ほど前に二人の女の子がカメラを構えた小太りの男に追いかけ回されているのを目撃したらしい。
「その時にお客さんが『有名な【バグリー】の子だ』っておっしゃってたんで、もしかしたらと思ったんです」
「どちらに行ったかわかりますか?」
「そこのゲームセンターの細い路地の方です」
璃玖は女性に礼を言うと、すぐにその路地へと足を踏み入れた。
そこは軽自動車でも通り抜けるのはかなり厳しいのではないかという細い道。
タバコの灰皿、空のビールケースやゴミ袋がそこかしこに見られ、主に表通りの店々の裏口といった雰囲気だった。
ソラたちは人目を気にして人気のない道を選んだのだろうが、追い回されている状況でこの路地を選んだとすればなかなかの悪手だ。
「おーい! ソラ、茉莉! いるのかー!」
声を張り上げ、小走りで路地を行く。
するとひと区画抜けた先に、小さな公園を見つけた。
繁華街に囲まれるように存在する、小山のような盛り土の上に緑の茂る空間。
立て看板がある。
昔の『一里塚』の跡地のようだ。
……めてく い
「ソラ?」
璃玖は確かに耳にした。
公園を取り囲む門前町商店街の喧騒に混じる、微かな声を。
……ょっと 嫌 て言っ じゃ
璃玖は確信した。
一里塚の死角になる場所に、ソラがいる。
そして懸命に助けを求めている。
璃玖は頭が沸騰しそうになる感覚に突き動かされて足を踏み出す──が、両頬を叩いて無理矢理に冷静さを取り戻した。
(ごめんソラ。十秒だけ待っててくれ)
彼は手にしていた携帯端末に、大急ぎでメッセージを打ち込む。
それは、この場所の位置情報と、とある指示。
送信が終わるのも見届けず、璃玖は端末をズボンのポケットにねじ込んだ。
「ソラ!! 茉莉!! そこにいるのか!?」
公園の盛り土をぐるりと回り込むように移動すると、果たして彼女らはそこにいた。
ハンディカメラを構えた小太りの中年男に、壁際に追い詰められている格好で。
「センパイ!」
「樫野!」
男はぎょっとした顔で璃玖を見た。
しかし不気味なことに、苦々しく舌打ちしたかと思うと、突然へらへらと笑い出す。
右手のカメラを璃玖の方に向けて、ぼそぼそと何かを呟いた。
「はーいみなさん、ここでSoraちゃんのお友だちがとうじょうみたいでーす。あのひとにもチャレンジしてもらいましょー」
璃玖がよく観察してみると、男は首元のピンマイクに向かって言葉を話しているようだとわかった。
(まさか、この状況を配信しているのか……? やっぱり、こいつが迷惑系の──)
中年男はニタリと笑う。
思っていたよりも陰湿そうな雰囲気の男に、璃玖の背すじにも悪寒が走る。
彼は左手に持っていた物を璃玖のいる方向に突き出し、見せつけてきた。
そこにあったのはペットボトルの炭酸飲料と、円筒形の袋に包まれたソフトキャンディの類。
じゅるり、と奇怪な音を口から零しつつ、男は言った。
「お兄さん、マントスコーラ、おねがいしまーす」




