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文化祭の日に その2

「すみません先輩がた。そろそろ当番の時間終わるので、ぼくはこれであがりますね」


 ソラは茉莉(まつり)たちにそう告げて、頭を下げた。

 すると茉莉は言う。


「ってことは、これから樫野(かしの)と色々回るの?」

「なんでそこでセンパイの名前が出るんですか」

「え、違うの」


 茉莉は首を(かし)げた。

 おそらくソラと璃玖(りく)とはいつもセットみたいな感覚だったのだろう。

 折角(せっかく)の学校のイベントごとなのに、二人が別行動というイメージは湧かなかったに違いない。

 実際、璃玖からは誘いを貰っていたわけで。

 魔女との邂逅(かいこう)がなければソラだって断りを入れるなんてしなかっただろう。


「じゃあさ、このあと私と一緒に見て回らない? 和音(かずね)はこのあとクラスの子と合流するみたいだし」


 茉莉がソラに誘いをかけた。

 ソラが璃玖から離れるなど滅多(めった)になく、つまりこれは彼女にとっては好意を寄せる男の子(元)を誘い出す絶好の機会なのである。


 ソラは一瞬迷うが断る理由も特に無い。

 ついでに相談を聞いてもらえるかも、と考え、快く承諾(しょうだく)した。


「良いですよ。ちょうど先輩に聞いて欲しい話もあったし、お店巡りしながらお話ししましょう!」


 それで、ちょっと着替えてきます、なんてソラが裏へ下がろうとしたところ、突然腕を掴まれた。

 何事かと振り返れば、引き()めたのはニヤケ面のギャル風女子、和音だった。


「だめだめソラくん。そのままの格好の方が茉莉ちゃんも喜ぶんじゃ無いかなっ?」

「ど、どういう意味ですか」

「これから文化祭デートするんだよねっ♡ 女の子をエスコートするのは男の子の役目でしょっ」


 ソラと茉莉は同時に頬を染めた。


────

──


「えっと、よろしくお願いします(?)」

「うん、よろしくね(?)」


 廊下に出て、手を振りながら去っていった和音を見送った後、ソラと茉莉は不思議な挨拶をした。


 妙に緊張して喉が渇く。

 そういえば茉莉からの告白に曖昧(あいまい)な返事をしたままだった、とソラは思い出す。

 だから余計に緊張してしまうのである。


「どこから回ろうか?」

「うーん、午前中は和音先輩とどこに行ったんですか?」


 ソラは尋ねた。

 茉莉が『リピートしたい!』と思える程の面白い場所や、彼女がまだ行ってない場所を中心に巡ってみようというのである。


「二年のA組とB組が共同でコースター作ってて、それは楽しかったから二周したよ。あとは輪投げとか射的とか、縁日っぽいものは一通りって感じ」

「じゃあ食べ歩きとかしますか? ちょうど小腹が空いちゃって」

「おっけー。私も何か食べよっと」


 こうして二人はまずは中庭からグラウンドにかけて広がる屋台エリアに移動することになった。

 教室内は火気使用厳禁のため、熱を用いた調理品は全て屋台で提供されている。

 中には外の屋台で作った食べ物を教室内に持ち込んで喫茶を営業しているクラスもあるらしいが、とりあえず迷ったら外に出れば腹は膨れそうだ。


 二人はたこ焼き、から揚げなど、シェアしやすい食べ物を中心に屋台を巡った。

 六鹿(むじか)高校の文化祭では現金を極力使わないよう、あらかじめ購入した食品チケットを消費して食べ物と交換する。

 シェアすれば限られたチケットでより多くの種類の食べ物が得られるというわけだ。


たほやひ(たこ焼き)あふ()っ……あふい(熱い)……!」

「あはは、欲張って頬張るからだよ。あ、ソラくん、ほっぺたにマヨネーズついてる」

「うそ、うわ、恥ずかしっ」


『ほら、取ってあげるね』

 指でスッ、そのまま口へパクっ☆

 ……なんてことには流石(さすが)にならないが、、茉莉がポケットティッシュの一枚でソラの口元を(ぬぐ)ってやる姿は、(はた)から見れば恋人っぽくも映るのだろう。


「すみません。っていうか、なんか照れますね」

「ふふ。本当にデートみたいだね」


 どちらかと言えば世話焼きの姉が弟の面倒を見ている構図に見えなくもないな、とソラは内心で考えるのだった。


────

──


 腹ごしらえを済ませ、三年の教室棟にやって来た二人。

 目的は、璃玖のクラスの偵察である。


「やっぱり、ここは外せないかな、と」

「それなー」


 二人を繋ぐ共通項たる璃玖の存在は、やはり無視できるものではないのである。


「でもソラくん、樫野と喧嘩してたわけじゃないんだね? 誘いを断ったって言ってたから、てっきり顔も合わせづらい感じなのかと」

「……まあ、色々と思うところがありまして。ただ、気まずいことがあるとかそう言うんじゃないですよ」


 詳しくはここを出た後で話します、と告げて、ソラは璃玖の教室の前に出来ていた列の最後尾に並んだ。

 当然、茉莉もそれに続く。


 璃玖のクラスの出し物は結構な人気のようで、口コミでどんどん人が集まってくるような盛況具合であった。

 彼らの気合の入れようは廊下で並んでいるだけのソラたちにも伝わってくる。

 演出が教室外にも及んでいるからだ。


 まず、周囲のクラスとは明らかに異なり、三年C組の前の廊下だけ異様なほどに暗くなっていた。

 廊下の窓が黒のプラスチック段ボールで目張りされているうえ、暗幕によって天井部が覆われ、照明の灯りすら届かなくなっている。


 教室側の壁には子供がクレヨンで書いたような家族の絵が至る所に貼ってある。

 が、何故か父と思われる男性の顔だけが 赤 い ク レ ヨ ン で ぐ ち ゃ ぐ ち ゃ に 塗 り つ ぶ さ れ ており、不穏な空気を醸し出している。


 これだけでも十分怖いのだが、さらに恐怖を煽るのは、教室の壁面から不定期にドンドンと何かを叩きつけるような音が響いて来ることだ。

 中から聞こえる悲鳴と、壁を叩きつける音は連動していない。

 つまり、この音は廊下にいる待機列の人間を驚かせるためのものに違いないのだ。


 ──ホラーショー『とある家族の凄惨な真実』。

 三年C組の悪意を詰め込んだような、恐ろしい展示であった。


「次の方……どうぞ」


 ソラたちの順番が回ってきた。

 引き戸を開けた先の教室内は、やはり真っ暗闇である。


「……こちらを」


 サングラスを手渡されて、それを身に付けるように言われた。

 ただでさえ暗いのに、これでほとんど何も視えなくなる。

 通路の先で(ぼう)と光る小さな灯りだけを頼りに、前に進むのだ。


「ソラくん……手、繋いでもらっていい?」

「怖いですか?」


 茉莉、全力の首肯(しゅこう)


 促され、ソラは自然と茉莉の手を握った。

 家族以外の女の子と手を繋ぐのは初めてだった。

 ドキリとはしたが、怖がっている茉莉を少しでも安心させるためだ、と考えるとそれほど抵抗はなかった。


 茉莉の指は細かく震えている。

 よほど怖いのだろう。


「あるところに、幸せな家族がいました」


 突然、ナレーションと共に暗闇の一部に明かりが灯る。

 不意を突かれた二人の身体がビクンと跳ねた。


 短い劇が始まる。

 家族の役の生徒達が、三人で仲睦まじく手を取り合い、楽しそうに遊んでいる様子の無声劇。


「でも、この幸せは長く続かなかったのです」


 その声と共に、再び部屋は闇に閉ざされる。

 通路の先に別の灯りが見え、二人はゆっくりと歩みを再会した。


 要所要所でストーリーが展開していく形式らしい。

 廊下に飾られていた家族のイラストの真実が、徐々に暴かれていく。


「あなた! どうして浮気なんてしたのよ!」


「ママ、私を置いて行かないで!」


「お前のせいで……そもそもお前が生まれなければ、俺は!!」


 一体誰が演技指導をしているのだろう。

 声を当てている生徒と演技をしている生徒は別物だが、ストーリーだけでなく、その凄まじい完成度に鳥肌が立つ。


「出して!! パパ、ここから出してよ!!」


「ママ……迎えに来てよ……じゃないと私は」


「やめろ……、よ、よせ……来るな、来るなぁぁぁああああ!!」


────

──



 ソラと茉莉は大絶叫を上げながら出口へと走った。

 半べそをかきながら、一目散に逃げだした。


 だって、まさか、最後は 血 塗 れ の 女 の 子 に ハ サ ミ を 持 っ て 追 い 回 さ れ る とは思いもしなかったのだから。



***


 こうしてホラーショーを堪能した二人は、ぜぇぜぇと息を荒げながら、出口に辿り着いた。

 肩で息をしているため、出口係の生徒の顔もまともに見られない。

 早く外に出て新鮮な酸素を補給したい気分だった。


「お疲れ様でした、サングラスを回収しま……あ」

「「あ」」


 サングラスを外して、ようやく気付く。

 出口にいたのは、黒髪癖毛で涙袋の目立つ、左目に泣きボクロのある男子生徒だったのだ。


「センパイ……」

「ソラ……。つーか、茉莉と一緒……?」


 璃玖は二人の顔を交互に見た後。


 ──不機嫌そうに唇を尖らせるのだった。

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