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Scene1-2 彼女の正体

「あれぇ……ここどこぉ?」

「おっとっと、大丈夫? 璃々花(りりか)ちゃん」

「あ、こうどーせんぱいだ……うう、目が回る」


 気がつくと、璃々花は高堂(こうどう)の肩に寄りかかるようにして夜道を歩いていた。

 足元がおぼつかない。

 千鳥足(ちどりあし)の、もっと酷い状態だ。

 夜風に当たりながら歩くうちにだんだん意識が回復してくるが、反対に気持ち悪さが増してくる。


「う……ぎもぢわるい」


 高堂は璃々花の背中を優しくさすった。

 彼は申し訳なさそうに眉尻を下げ、顔を寄せてやや抑えた声で尋ねる。


「大丈夫? 家までもうすぐなんだよね、歩けそう?」


 大きな声を出すと頭に響いてしまうから、彼はきっと気を(つか)って小声で声を掛けてくれたのだ。


 小さく頷く璃々花。

 彼女自身、全く状況が見えないため、何があったのか高堂に尋ねる。

 どうやら運ばれてきた飲料を渡す際、烏龍茶とウーロン酎ハイを間違えた人がいるらしい。

 それで意図せず飲酒をした璃々花は激しく酔ってしまったのだ。


「ごめんね、みんな気をつけてたはずなんだけど。でも家が近くで良かった。この辺りなんだよね?」

「はい、そこのかどを曲がったところにある……うう、アパートの二階です」

「一人暮らしなんでしょ? 心配だなぁ」

「すい、ません。先輩」


 ふらつく足取りで、高堂に身体を支えてもらいながら璃々花は階段を登った。

 何度もよろめいて、その度に高堂が助けてくれる。

 有難(ありがた)いことこの上ない。


「僕に璃々花ちゃんを抱き抱えられる力があれば良かったんだけど」

「しかた、ないですよ。私、身体大きいですし」


 璃々花がそう言うと、高堂は若干(じゃっかん)頬を赤ながら、視線を()らしつつ呟いた。


「うん、でも……その、可愛いと思う」

「へ?」


 言い終わって間も無く、ハッとしたように我に帰った高堂は、慌てた口ぶりで言い訳を始めた。


「ああッ、いや、その……聞かなかった、ことにしてくれないかな。……ごめん。璃々花ちゃんに彼氏がいることも知ってるのに、変なこと言って」

「い、いえ……」


 璃々花はその身長の高さ故か、あまり『可愛い』などと言われることがない。

 『綺麗(きれい)』なら時々あるが、それも(まれ)

 きっと自分は女らしくないんだと、そう考えていた。


 だのに、自分を女性として意識してくれる人がいるなんて。

 璃々花は高堂に対して重大な隠し事があるのに、少し罪悪感を覚えた。


「── 璃々花ちゃんを送り届けたら、すぐに帰るから」

「……はい」


 部屋の鍵を取り出して、ドアを開ける。

 靴を脱ごうとしてふらついた。

 扉の外側で様子を見守っていた高堂が、すかさず璃々花の手を引き、倒れるのを未然に防いだ。


 どうも彼女は相当アルコールに弱いらしい。

 このままでは一人でベッドに辿り着けるかも怪しい。


「えっと、璃々花ちゃん。一旦(いったん)中に入っても良い?」

「すみません、お願いします」


 高堂は璃々花の部屋へと足を踏み入れると、自然な動作で後ろ手に鍵を閉めた。

 璃々花の肩を担ぎ、彼は部屋の奥ベッドに彼女を寝かせる。


「ありがとうございます、先輩。あの、出来れば水を──」


 璃々花がそう口にした、次の瞬間だった。




「全く、無用心だよな、お前」



 唐突だった。

 璃々花に覆い(かぶ)さるようにベッドへ上がった高堂は、彼女の両手首を掴み、体重を掛けて押さえつけてきたのだ。


 あの優しい素振りはなんだったのか、人が変わったように醜悪な笑みを浮かべ、舌舐めずりをする高堂。

 璃々花は既に悟っていた。

 罠に()められた、と。


「離してくださいッ! はな、せ!」


 璃々花は拘束を振り解こうと、必死でもがく。

 が、彼女の左手首にある空色のブレスレットが揺れるだけで、男の腕力には敵わない。


 単に力負けしているというだけではない。

 酒のせいか、それとも体勢のせいか、寝起きのように手足から力が抜けていく感覚がする。

 それでも懸命に抵抗するが、なす術なく璃々花は唇を奪われた。


「ん、んんんッ!?」


 体が押さえつけられ、肺が苦しい。

 無理矢理に唇を塞がれ、余計に呼吸もままならない。

 あまりの恐怖に涙が(あふ)れる。

 どうしてこんなことになったのか。


「ぷッはっ……! くそッ、どうして……」


 高堂は璃々花の服に手をかけながら、ニタリと笑う。

 彼女の胸を鷲掴みにしながら、息を荒くする。


「ばぁぁぁか! ウーロン酎ハイ一杯だけでこんなに酔うわけないじゃん?」


 何かを盛ったのだと、璃々花はすぐさま理解した。


「警察呼びますよ」


 そう強がってみるが、高堂は動じない。


「そんなことをしたら君の恥ずかしい動画がネットの海を永久に漂うことになるよー? それは、いやでしょ?」


 こいつ、本気だ──そう悟った璃々花は大声を出して助けを求めようと試みた。


「誰かたす……むグゥ!?」


 瞬間、掌で口元を押さえつけられる。

 璃々花はそれでも必死の抵抗をしようと全身の力を振り絞って暴れた。


「チッ、この女、クスリはまだ効いてるはずなのに!」


 高堂が鬼のような形相(ぎょうそう)に変わった瞬間、璃々花の左頬に衝撃が走った。

 高堂に平手打ちにされたのだ。


「あ……う……」


 途端に全身の力が抜けた。

 璃々花にはこの後の展開がわかってしまったから。

 暴力をも厭わない高堂に、今の自分では太刀(たち)打ちできない。

 きっとなす(すべ)なく乱暴されて、脅され、口を(つぐ)まされるのだ。


 ──かつては同級生の男子を力で黙らせられた自分が、なんて情けない。

 どうしてこんなにも、か弱い。


 (うつ)ろな目をして涙をこぼす璃々花に、高堂は満足げに頷いた。


「そうだよ、大人しくしとけばすぐに良くなるからさァ……ん?」


 その時、高堂はあるものに気が付く。


 それは、璃々花がベッド脇に立てかけてあった写真立て。

 色々な写真がスライドして映し出される、デジタルフォトフレームだ。


「誰だよこの男……彼氏か?」


 頭を押さえつけられた璃々花が横目で写真立てを見ると、そこに映し出されているのは富士山を背景にして恋人と撮影したツーショット。

 楽しな笑顔を向ける写真は、つい先月に撮影されたものだ。


「なんだ? ()()()()()()()()()()()()()()なんか飾ってさ。あ、彼氏じゃなくて璃々花ちゃんのお兄さんとか!」


 高堂が写真立てを手に取る。

 刹那(せつな)、璃々花の顔色が変わった。


「ンッ……! かえ、せ!」

「なに、そんなに大事なの? これ」


 写真立てを取り戻そうと伸ばした腕が、高堂に抑え込まれる。


「あ゛ッ」

「ねーねー、これは誰なのー? なんでそんなに必死なのー? 教えてよ璃々花ちゃーん」

「かれ、しに、貰ったプレゼントなんだ……だから……」

「ふーん、やっぱ彼氏かぁ。璃々花ちゃん可愛いからなー、彼氏くらいい……る……いや、ちょっと待てよ」


 高堂は突然焦った表情を浮かべると、璃々花から飛び退()き、フォトフレームの画像を指でスライドさせていく。

 写真を見れば見るほど、高堂の顔が青ざめていく。

 しまいには、口元を手で覆って嘔吐(えず)き始めた。


「ね、ねえ……まさかとは思うけど、この写真ってさぁ」


 高堂は唇を震わせながら、写真に写る人物と璃々花とを交互に見比べて、そして叫ぶ。


「目元のほくろ……や、やっぱりだ……この、()()()()()()なんだろ!? お前……【バグリー】だったのか!」


 【バグリー】。

 性転換現象含む、超常に巻き込まれた被害者。

 本人たちが自らの立場を示す名称として【バグリー】を用いる一方で、この言葉を差別的な意味合いを含めて解釈する者もいる。


 高堂は袖で口元を(ぬぐ)い、それだけでなく洗面台へ駆け込むと流水で口をゆすぎ始める。

 流しに何度か唾を吐いてから、うめくように呟いた。


「マジかよ、あいつ男だったのかよ。きもちわり」


 璃々花は……かつて樫野(かしの)璃玖(りく)だった彼女は、心の底から悔やしく思う。


 高堂がこんなに自己中心的な人間だとは気付かず、関わりを持ってしまった。

 あまつさえ、信頼できる先輩だとまで勘違いしてしまっていた。

 自分の人を見る目の無さが本当に情けなく、涙が止まらない。


 しかし本当に悔しかったのは、【バグリー】であることを『気持ち悪い』と吐き捨てた、その辛辣(しんらつ)な言葉だった。

 今の自分の立場だけでなく、かつてのソラの苦悩ですら侮辱するようなものに思えたのだ。


「くそ、やろう」


 璃々花はベッドから体を起こそうと力を込める。

 が、高堂は彼女の挙動を察知するや否や、声を荒らげて威嚇した。


「おい、動くなよオトコオンナ! ……ちくしょう、気持ち悪いけど弱みは押さえないと。くそッ!」


 高堂は携帯端末を片手に録画モードを起動した。

 そして起きあがろうとする璃々花に馬乗りになると、衣服を無理矢理に脱がせようと掴み掛かる。

 ブチブチと、ブラウスの()い目が裂ける音がした。


「痛いッ、やめ、ろォぉ!」

「うるセェ!! 黙れやクソが!! ……ああ。くっそォ! いい身体してるのにな。男なんだよな、勿体(もったい)ねェぇ! まあ、どっかの物好きなら【バグリー】相手でもオカズにしてくれるだろ!」

「──ッ!?」

「うわッ、結構胸あるじゃん。……やっぱ、一度くらいヤっとくかァ? ()つかなぁ、くそっ」


 そう言って、璃々花の()き出しにされた上半身に高堂が舌を近づけた、その時。




 ガチャリ。

 突如響いた解錠の音。


 何事かと驚き携帯端末を床に落としてしまう高堂。


 璃々花も驚いていた。

 何故なら、この部屋の合鍵を持っているのは自分の家族と、最愛の恋人だけなのだから。


「璃玖ー? あ、じゃなくて璃々花ー! ビックリしたぁ? ちょっと早いけど来ちゃ──」


 部屋に入ってきた栗色の髪の青年が、ベッドに押し倒され、涙で(まぶた)()らしている恋人の姿に目を丸くする。

 震える指を懸命に伸ばし、助けを乞う恋人の姿に、ソラは髪も逆立つほどの激しい怒りの形相を見せた。


「お前、人のカノジョに、何してくれてんだぁぁああああ!!」

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