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Scene2-5 璃玖とソラのエピローグ

 銀河山(ぎんがざん)を降りた璃玖とソラは、樫野(かしの)家まで自転車で一緒に帰ってきた。

 雨で濡れた体を温めるため、交代でシャワーを浴びる。

 それで璃玖の部屋に戻ってきて、今はまったりタイムである。


 ベッドの上で横並びになり、壁を背もたれにして座る。

 なんだか疲れ果てていたソラは、璃玖の肩を枕にして目を閉じた。


「はぁ、こうしてるの幸せかもー」

「良かったな、別れなくて」

「……本当にね」


 もしかしたら今頃は互いの家で独りになって、ひたすら落ち込んでいたかもしれない。

 今こうして二人が寄り添い合っていられるのは、想いの強さ故である。


「しかしまさか結婚なんて話になるとは思わなかったよ。思い返すと、ちょっと恥ずかしいかも」


 眼を閉じたまま、ソラが言う。


 結婚可能年齢までまだ一年以上も間があるというのに、感情の高ぶりから結婚の約束までしてしまった。

 若気の至りと言えばそれまでだが、しかし幸せを掴むための選択なのだからこれで良いのだ。


「俺、これからいっぱい勉強して、いい仕事見つけて、お前と幸せに暮らしていけるよう頑張るからさ。……少し遠くに離れちゃうけど、ソラ、待っててくれよ」

「うん。待ってるし、追いかけるよ」

「追いかける?」


 璃玖が問うと、ソラは薄目を開けて振り向き、にこりと微笑んだ。


「うん。ぼくも璃玖と同じ大学に行く。涼が丘大学に入って、また一緒に学校に通うんだ」

「──そっか。期待してる」


 璃玖は部屋の天井を(あお)ぎ見る。

 そして静かに瞼を閉じて、不敵に口角を上げた。


「じゃあ、勉強を目一杯頑張らないとだな。今のソラの成績じゃあ、進学自体が厳しいんじゃないか?」

「う゛ッ……勉強なんて嫌いだぁ」

「有言実行。おーけー?」

「むむぅ」


 ソラは口を尖らせ不満を訴えるが、璃玖はソラの顔を見ていなかった。

 そこでソラは体重を移動して璃玖へと寄りかかる力を強め、押し倒すようにベッドの上へ璃玖を組み伏せた。


「おいコラ」

「えへへー」


 仰向けになった璃玖の、胸板の上に顔を乗せて、ソラは嬉しそうに微笑む。

 その姿勢で再び目を閉じたソラは、小さく呟いた。


「でも今は、もう少し、こうやって甘えていたいんだ」

「……そっか」


 璃玖は胸の上にあった栗色の柔らかな髪を撫で、そっと抱きしめた。

 夕方からソラと一緒にどこかへ出かけようか、なんて考えているうちに、気が付くと彼も微睡(まどろみ)みの中へ落ちていた。


────

──


『やれやれ、結局別れる事なんてできなかったね、橋戸ソラくん♪』


 璃玖の胸の温もりを感じながら幸福に浸っていたソラの耳に、聞き馴染(なじ)みのある声がする。

 やあハスキーなソプラノの声。

 全ての傍観(ぼうかん)者たる魔女の声。


 だが、いつもの夢の中ではない。

 現に、ソラのすぐそばには璃玖の気配がある。

 目を開けたらきっとそこには見慣れた璃玖の部屋の椅子があり、机があり、デジタルフォトフレームには先日の越前岳登山の写真が映し出されているはずだ。


 何より何も見えない。

 ソラの瞳に映るのは、魔女に語りかけられる際の真っ黒な空間ではなく、毛細血管の赤みがうっすらと見える瞼の裏の黒さだけだ。


(黒の魔女? それとも、幻聴?)


『いやぁ、波長が微妙に合わなくてね。声だけでごめんね☆ だからキミからの声もボクには届かない。つまるところ一方通行だね♡』


 男の身体に戻ったことで魔女の世界との接続が切れかけているのかもしれない。

 どのみち性別が戻っても何も失うことの無かった今のソラにとっては、魔女との接触などどうでもいいことなのだが。


『ふっふっふ、油断してるねぇ橋戸ソラ。ボクの予言をもう忘れてしまったのかな★』


 ソラは考える。

 予言というのは、自分の性別が元に戻ってしまうという事柄のことではなかったか。

 その件であれば既に問題は解決している。

 性の垣根を超えた璃玖の愛が、ソラの不安など吹き飛ばしてしまったのだ。


 故に今更になって魔女の言葉の意味を深く考えることなどなかった。

 だのに、ここに来てまだ何かあるというのだろうか。


 魔女はソラの心理を汲み取ったのか、少し間を置いて言った。




『言っただろう? 「彼に甘えていられなくなる」ってさ♪』




 魔女の言葉はそれきり聞こえなくなる。


 ソラは恐る恐る目を開けた。

 魔女の言った内容が恐ろしくて、璃玖がいなくなってしまう不安に駆られたからだ。


 ソラの目の前には、すやすやと寝息を立てる綺麗な顔。

 心なしかいつもより穏やかな、優しい寝顔。


「可愛いなぁ」


 ソラは半分寝ぼけたまま、ぼやけた視界で彼の顔を眺める。

 不思議と璃玖の顔が可愛く見えてくるのは、一つの山場を乗り越えたからだろうか。

 何故だか璃玖の身体が柔らかく感じるのは、安心感からだろうか。


「そうだよ……璃玖と一緒なら、ぼくはいつだって安心していられるんだ」


 ソラは再び目を閉じて、最愛の人の隣で昼寝と洒落込むのだった。

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