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親ガチャ失敗の僕は多重人格彼女と情報共有する【1】

 9月16日の金曜日。

 朝、マンションの一室で目が覚める。

 僕の誕生日である4月19日から150日が経過した。


 記念すべき150回という節目を迎えて、僕はわざわざ買った手持ちカウンターをカチッと押して数字を揃える。


 いやはや、もう天井来てもいいんじゃないですかね?

 どんだけ引かせないつもりなんだよ神様。


 僕は祈るように寝室の扉を開けた。


 その瞬間、味噌汁の匂いが僕の鼻孔を刺激する。


「♪♫♬♪♫♬〜♪♫♬」


 綺麗なメロディライン。

 何の曲だ?

 ゲームの曲だった気がするな。


 ハミングの主は、赤の髪色の束東さんだった。

 へえ、何か意外だ。

 乱暴で破天荒だけ(失礼)の性格かと思ったら、そうでもないのかな?


「おっ、湖文起きたのか! 今、朝食の用意をするからな! 待ってろよ!」


 バチっとウィンクして、オタマをクルクルと回す。

 今日はエプロン姿である。

 どうやらウィッグ以外はコスプレしなくてもいいらしい。


 僕はその可愛さに顔を熱くしながら、手持ちカウンターの数字をリセットした。


 これはあれか。

 やっぱり天井ってやつなのか……。


 でも神様、グッジョブ!


 程なくして、朝食がダイニングテーブルに並べられていく。


 いやあ、高級マンションといえど、彼女を待つ2LDKは、少し寂しかったんだぜ。


 長かった……。

 俺たちの戦いはこれからだとか言って、半ば諦めかけるところだった。

 そう言わざるを得ないくらい、超必殺技を使わざるを得ないくらいに強敵だった。


 しかし、なんということでしょう。

 あれだけ静かだったこの部屋に、あれだけ食べ物の匂いがしなかったこの部屋に和食が並べられていくではないですか。


 劇的ビフォーアフターですよこれは。


 じゃがいもと玉ねぎの味噌汁、五穀米、焼き鮭、モロヘイヤのおひたし、味付け海苔。


 うおお、うおおおおおおおおお!


 僕は今、猛烈に感動している!

 メシマズ彼女じゃなかったどころか、美味しいです!


「おかわりもあるからな!」

「ゔん! ゔん!」


 僕は涙を流しがら朝食を頬張った。

 さらば149日の苦行よ。

 いや、過去の嫌な事件を比べたらそりゃ弱いのかもしれんけど、この期間も本当に大変だったんだよぉ。


 この食事だけで報われた。


「しかし、んぐっ、料理が上手いんだね」

「んむっ、んごぐ……」


 何か漫画の食いしん坊キャラみたいに頬張る彼女もいいな。マンガ肉食ってるみたいな。

 マナーとか遠慮もなしに食べれる関係ってのも何か温かいって言ったらいいのかな。うん、楽しい。


 僕の心も150日間でだいぶ変わったみたいだ。

 ニコっと微笑むと、束東さんは頬を染めて視線を逸した。

 少し前だったらニチャってたよな僕。

 それはそれで彼女はどんな反応をしてくれただろうか。


「その営業スマイルは反則だな」

「え、営業ちゃうわ! 君にしか見せへんわ!」

「へえ、素敵な彼氏の笑顔が見れて俺は幸せだなあ」

「くっ、彼女が俺様系なのに女子力高いとかズルいんですけど」

「まあ師匠が女子力高ぇから自然に高くなるわな。後はサバイバルとか。昆虫食の話聞くか?」

「おうふっ、今聞く話じゃないよね……」

「ははっ、そうだな。でも日付見てびっくりしたぜ。今までは最長一ヶ月とかだったんだけどな」

「今日、君の方はフリーなんでしょ? 一緒に過ごそうよ」


 僕は相変わらず大庭高校に通っているが、束東さんは通信制高校に通っている。最初の日曜に会えなかったのは、通信制の登校日が日曜だったからなのだ。

 まあ、多重人格とか普通の高校生として通うの難しいもんね。


「湖文は学校どうするんだよ」

「エクレアさんに言って学校に休むって連絡してもらう」

「師匠か。ま、俺が頻繁に出てこれるならズル休みすんなよって言ってやれるんだけどな。俺が湖文と一緒にいれないのが嫌だ」

「僕も寝て起きたら5ヶ月経ってましたなんて想像しただけで身震いするよ。体験してる君に言うのは失礼だとは思うけど……」

「優しいなあ、湖文は」


 食べ終わった食器を持って立ち上がると、僕の横でワシャワシャと頭を撫でてきた。


 僕もお返しにと思って立ち上がったら、彼女はひょいっと僕の手をかわす。


「おっと、わりぃ。触られて嫌ってわけじゃねーんだが、ウィッグだけは勘弁してくれ。これが外れたら俺が俺でなくなる可能性があるんだ」


 髪を撫でられないってのは、何か悲しいな。


「そんなあからさまにしょげるなよ。俺だって本当は撫でられてえよ。でも、もし人格に影響が出ると思うとそっちが怖くてな……。ほんとスマン……」

「そっか、そういったのも改善していけばいいんだけどね」

「他の人格が許さねー可能性ってのがな。悪ぃ、やっぱ、つれぇわ」


 束東さんまで瞳を潤ませている。

 そんな顔をさせるつもりはなかったんだけどな。

 もうちょっと上手くやれよ僕。


「そりゃ、つれぇでしょうよ」

「へへっ、そう返されるだけで救われるぜ」

「これから沢山、君の取り扱い説明書を聞き出さないとね」

「俺は相当面倒臭いぜ? 覚悟しとけよ!」

「ポンコツの僕に分かりやすく説明してよね」

「まずL2ボタンで左武器、R2ボタンで右武器、R1ボタンで肩の武装で――「それ、操作が難しいロボゲーの操縦じゃん!」」

「スティックのボタン押し込むとミサイルが発射するぜ!」

「スティック!?」


 束東さんは胸の頂点を指して「スティック!」と言った。


「押し込むの!?」


 ゴクリと唾を飲む。

 手がプルプルと震えて、束東さんの胸元へ吸い込まれていく。


「おっと、スティックボタンは課金でアンロックだったわ」

「な、なんだってー!」


 僕は財布を取り出す。

 課金アイテム!

 課金アイテム!

 課金アイテムでスティック押せるのおぉぉぉあ!


「あ、実装まだだったわ。2年後のアップデートを待ってくれよな!」

「くっ、レベルが足りない……」


 ちくせうと財布を床に叩きつける。

 そんな僕に束東さんは抱きついてきた。


「あーっと、湖文くんの顔面ブロックだー!」

「もがっ!」


 僕の顔に柔らかいものがポヨヨンと当たる。


「ボールは友達……」


 赤の彼女である束東さんが来た朝は、とても幸せな時間から始まったのだった。

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