親ガチャ失敗の僕は、絶望の中で七色の君に出会う【6】
僕がリムジンで送り届けられた場所は、何処かの別荘だった。
「私は、ここまでです。ここから先は私の分も見届けて下さい。最全席のチケットは一名様だそうなので」
そう言い残して、鳳凰院さんは再びリムジンに乗って帰っていった。
彼女だって運命を翻弄されただろうに。
警察の包囲網が他のアジトで手一杯の現状、ここは公安との取り引きで極道寺グループの精鋭だけで踏み込むこととなっていた。だから足手まといは一名しか加われない。
しかし、たかが一名と言えども安全に抜かりはなかった。
相手の武装もほぼ0。
もともと潜伏場所でもないこの別荘に追い詰めたのは、完全にここを決着の舞台にするためだ。
それだけ安全ならば、ここにいるのは彼女の父なのだ。
彼女に最後の舞台のチケットを使えば良いとも思った。
僕の方が部外者だと。
だがそれが間違っていたと気付いたのは、待っていた剛田さんと突入した後だった。
別荘の寝室。
半裸になった二人がそこにいた。
ヤケクソになって行為に及んでいたということだろうか。
それともここで待っていれば、何処かのアジトが取り戻せると自信満々だったのだろうか。
「貴様らっ! 私を捕まえたら、こいつがどうなるか分かってるんだろうな! 知ってるんだぞ! そのガキがこいつを慕っているってな! 君嶋が応援を呼べば俺は海外に飛んでおさらばできるんだ! 君嶋さえ間に合えば!」
どうやら後者のようだった。
鳳凰院総帥に包丁を当てられて脅えた顔を見せているのは、僕の母だった。
美人で、それを利用して権力者に取り入ろうとした残念な女性。
「湖文……。助けて……」
「お母さん…………」
嫌な感情が沸き起こる。
もしかして、今なら昔の母に戻ってくれるんじゃないかという気持ち。
今度こそは、今度こそはやり直せるんじゃないかという期待感。
今度こそ、今度こそ、今度こそ。
家族にそんな期待をして、裏切られては気持ちが離れていく。
なのに、か細い線が見えてしまったら最後、それが幻視だったとしても手繰り寄せてしまいたくなる感情。
それが血の繋がりだと言わんばかりの呪縛。
「ねえ、お母さん。僕はどうしたらいいと思う?」
「な、何を言ってるの? 私が全て悪かったわ。騙されていたの。だから一緒にまた暮らしましょう……」
「それが本音?」
「もちろんよ! だから湖文は、私を見捨てないでしょう!?」
目が血走って、今の僕には助かりたい一心で嘘を言っているようにしか見えない。
それでも助けたいと思ってしまう僕は甘ちゃんなのかな。
嘘をつかれているのだとしても、そんなに酷い目にあってほしくないと思ってしまう。
あの日の思い出が僕を絶望させる。
『ほら、湖文。そんなに急いで食べなくても逃げていかないわよ』
『湖文。ありがとう』
『湖文。いい子ね……』
どうして、あのままのお母さんでいてくれなかったの?
どうして、そんなに欲望まみれになっちゃったの?
どうして、犯罪に手を染めてしまったの?
僕はこんな姿のあなたを見たくなかった。
ああ、やっぱり世の中クソだわ……。
こんなクズから産まれたという現実を一生突き付けられて生きていかなきゃいけないんだからな。
クズの息子はクズ。
早くこんな女、ブスっと刺しちゃって下さいよって言いたくなってしまう。
でもそんな人間になりたくない。
「早く助けろ! このグズ!」
ああ、何でこいつなんか助けたいと思っちゃうんだろう。
「ど、どういうことだ? 君嶋から最悪人質に出来ると……」
はあ、やだなこんな人生……。
僕はまた悲観した。
僕はまた絶望した。
しかし、それが一時の感情なのだと、寝室の扉を破壊する轟音が響き渡ったことによって思い知る。
パラパラと煙をあげながら、壁材と扉の破片クズが舞い上がって、その中から白目を剥いた君嶋が現れた。
「よお、湖文! 絶望の時間は終わったかー!」
赤髪のポニーテール。
赤のレザージャケットと黒のタンクトップ。
そしてダメージジーンズ、フィンガーレスグローブを着こなした喧嘩屋のような出で立ち。
激しい闘争心の権現というべき赤の彼女は、僕の常識をぶち壊しにやって来た。
「そ、そんな……。私に逃げ場はもう……」
「あ、お前はしっかり絶望してくれよな!」
包丁を床に落とし、剛田さんが鳳凰院総帥を確保する。更にもう一人の応援部隊が来て母を連れて行く。
「湖文、なにボサっとしてるのよ! 早く!」
などと意味不明なことを供述しており……。
「いやー、まさかこれほど時間がかかるとは思わなかったわ。大変だったんだぞこの五年間!」
バシバシと叩く赤の彼女は、とてもフレンドリーだった。
「修行編だろ。計画編だろ。作戦実行編だろ。おお、すっげ! 俺、漫画の主人公みたいなストーリーできあがってね!?」
いや、もうまんま主人公じゃないですかね。はい。
扉を蹴りで粉砕するとか何なんだよアンタ……。
「何だよ久々の再会だってのに反応薄いなー」
「はあ、何処でお会いしたんでしょうかね?」
「どこって、お前がお嬢様、お嬢様、ってイジメた小学校の同級生。束東さんだぞ。」
あ、あの顔が思い出せない女の子……。
あれ、でもまだ今見ている彼女を見ても、昔の顔が思い出せないぞ?
「不幸から抜け出せたら結婚してやる。そんなの一生こないけどなっていうのずっと覚えてたからよ。やったったわ」
「え、マジでそれだけのために、公安まで動かして鳳凰院グループ潰すまで計画しちゃったの?」
「おう、使えるもんは使わないともったいねーだろ?」
「まあ、そうかもだけど。そんなに僕と?」
「おう! で、お前の彼女になっていいか? こんな野蛮な奴でよければなんだがよー。しかも、タイミングもバッチリだったな。誕生日おめでとさん……」
ポリポリと頬をかくガサツな美少女。
あ、そういえば今日は僕の誕生日だったっけ……。
「嬉しいよ。こんなことしてくれた人初めてだよ……。二度と起きて欲しくないけど……」
そこに水をさすように剛田さんが帰ってくる。
「お嬢、ほぼ昨日から寝ずに活動してたようですが時間は?」
「ああ、移動しないでここで済ます。落ちたら後は頼んだ」
「了解。深沼湖文、お嬢が寝たら俺を呼べ。いいな」
「え? あ、はい」
剛田さんが再び去ると束東さんはベッドに座ってその意味を説明してくれた。
「俺は、もうそろそろ疲れて気絶寸前なんだわ。で、湖文とギリギリまで会話したら。気絶した俺を運べって命令だ」
「そうなんだ。でも僕は急いでないよ?」
「俺が急ぐんだよ。で、俺と付き合うと色々と面倒事がついてくるんだが、それでも恋人として付き合ってくれるか?」
「ここまでしてもらって断る理由もないよね」
「外堀を埋めすぎちまったか?」
「そうとも言うね。でも、面倒事って富豪特有の事情ってやつ?」
「まあ、それも少なからずある。でもそれだけじゃねえんだよ。俺の場合はな」
「どういうこと?」
「湖文、剛田から聞いたけど、お前は俺をコスプレ好きか何かだと思ってるだろ?」
「まあ、なんか役を演じきって別人になりたいのかなーと」
「そうじゃねーんだわ」
「ん?」
「俺は俺でお前に悪口を言われている時に悩んでいた時期があってな。そうしたら五人の人格が俺に追加されちまった」
「人格ってまさか……」
「そう、多重人格とか聞いたことあんだろ。当時六人で今は七人の俺がいるんだ」
「へ、へぇ、それは大変だね……」
そ、それ以外にかけてあげる言葉が見当たらねえ……。
こんな時、どんな顔をすればいいか分からないの。
笑えばいいと思うよ。
ダメだ。ってか、真剣な時に僕は何を考えてるんだ。
「そしてこれからが問題だ。残りの六人はお前を彼女だと認めてねえ。お前に悪口を言われて引きずってるのと、まったく男を恋愛対象として認識しねえ奴らだ。湖文、奴らは、お前が俺と恋愛しないように警戒してるんだ。だからお前の救出は俺の起きている日にしか活動できなかったのさ。協力なんてしてもらえなかったしな。時間がかかったのもそのせいだ」
「そういうことだったのか……」
「でも、もし俺とお前が付き合い始めたら、奴らも認めてくれるかもしれねえ。だから俺たちと同棲してくれないか?」
「君の頼みだ。断るはずもない」
「そっか、安心した」
そう言ってベッドに倒れる束東さん。
「眠い?」
「ああ、眠い。完全に一日で切り替わるんじゃなくて、起きたら次の人格にスイッチするから、起きたらもう別の誰か。そして次の俺になるまでお別れだ……」
「そうなんだ……」
「なあ、まだ俺でいられる内にキスしてくれないか?」
そんなレベルの高い要求されるとは思わず、僕はどぎまぎしてしまった。
「へっ、冗談だよ。また今度な」
「恋愛について、勉強しておくよ」
「おお? まあ、期待しねーで待っとくわ」
赤の束東さんは、眠りについた。
なんの気なしに剛田さんを呼んで、同棲生活が準備されていく。
こうして僕の生活は大きく変わっていった。
マンションの一室で彼女と新しい生活が始まる。
そして、冒頭の独白した僕に戻る。
僕はこの時の決断を軽く見ていた。
動揺したとしてもキスをするべきだった。
そんな後悔をして、次の赤の束東さんが目を覚ますまで、150日を要した。
僕はガチャのハズレを5か月ほど引きまくったのである。