親ガチャ失敗の僕は、絶望の中で七色の君に出会う【5】
――木曜日。
親ガチャSRお嬢様は、やっぱり欠席だった。
ほんの少しだけ気にはなったものの、それよりも気になったのは、新入生と先輩の四人組が仲良く食堂でイチャイチャしていたことだろうか。
あいつらもうバカップル状態じゃねーか。
末永く爆発してくれればいいと思う。
こちとらクラスメイトに謝罪されたものの、距離を置かれていることは変わらずで、学校生活に色が無い。
まあ、自分から動かないので自業自得だし、学校以外に楽しみを見つけてしまったからなのだが。
教師は僕が授業中に上の空でも注意一つしてこない。
それが当然であるかのように受け入れられている。
まあ、理由なんて知りたくもなかった。
長くこの生活が続いてくれればいいやと思った。
こんな不安定で、地に足が着いていない不快感でも妥協できたから。
さて、今日の彼女は何色なのだろうか。
今日も一番の関心はそこだった。
犯罪組織が潰れても僕という犯罪者の息子は生きながらのクズ二世の称号を得る。
犯罪組織が生き残っていたら、僕はいつの間にか奴らの駒として使われるのだろう。
高校入学は母にもう一度、昔を思い出して欲しかったと同時に、僕にとっての延命措置だ。
そんな現実を忘れたくて、気持ちが低下したり、昂ぶったりするけれど、最近は本当にコスプレ美少女に癒やされている。
現実逃避と言われたっていい。
大人が酒に溺れられるように、僕だって溺れたいのだ。
そんな気持ちでいつものゲームセンターへとやって来た。
剛田さんと軽く挨拶すると、「お嬢は五階だ」と教えてくれた。
カードゲームとか大型筐体があるフロアだったかな。
そういや四階より上は行ってなかったな。
僕は期待に胸を膨らませて目的の場所へと向かう。
いたっ!
いや、いたと言っていいのか?
顔は見えないが、服は緑で統一されていた。
今回はゾンビを倒すガンシューティングゲームか。
ベタと言えばベタなのかな。
ゲームセンターネタとすれば。
しかし、フード付きのロングパーカーを着ているので、今までのコスプレの中で一番彼女だとは分かりにくいだろう。
怪しさは満点だ。
僕は二丁拳銃でハイスコアを叩き出す緑の彼女(?)がゲームを終えるのを待った。
そして、声をかけようとしたが彼女は何も言葉を発しなかった。
せめて黒の時の「うざっ」くらいはとか、「きもっ」でもいいから一言欲しかったんだけど。
「ねえ! ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな!」
僕は軽く肩を叩こうとした。
すると、身を低くして彼女は僕の接触を回避しながらこちらに振り向いた。
「ネダズ?」
警戒するような声音だった。
は?
ねだず?
方言?
何語?
僕の困惑をよそに彼女は言葉を更に続けた。
「バル、スファル、ノルシェ、クンデパジ!」
何だって?
バルスのファルのルシェがコクンでパジー?
何言ってんだおめーはよぉ。
僕が混乱していると、タイミングよく剛田さんが来て説明してくれた。
「今日のお嬢は異世界グリーンフロンティア。略してグリフロ語を使っているのだ」
何か凄い設定がきちゃった!
しかも剛田さん、手帳にグリフロ語らしきものをメモしている様子だ。
え、しかも何冊出すのこれ?
猫型ロボットのポケットのように、スーツからどれだけ入ってるんだよというくらいの手帳が出てくる。
え、え、これ全部覚えないとこの緑の彼女と会話できないの?
僕は剛田さんが『あいうえお』順に並べた日本語読みグリフル語の手帳を読み漁る。
ええと、ネダズが『何だ』で、バルが『俺の』、スファルが『体』、ノルシェが『気安く』、クンデパジが『触るな』か。
はぁ、つまり、『何だ?』『俺の体に気安く触るな!』ってことか?
「はぁ、それはすみませんでした」と言葉が出てきた時には緑の彼女の姿は何処にもなかった。
難易度高すぎね?
これ……。
「ええと、今日は意思疎通を諦める日ってことですか?」
「そうとも言えるな。しかしお前も運がない。これほどお嬢の色が偏らずに変わるのも珍しいが、お前のまだ会ってない色が、お前にとって一番重要となるんだがな……」
つまり、コスプレ美少女のアタリを僕はまだ知らないってこと?
役になりきるってレベルこえてトランスしてない?
でもなあ、面白いだけなら今までの色でも全然面白いんだけどなあ。
「そんなに僕にとって重要なんですかねぇ。それ」
「かなり重要だな。飛ぶぞ」
剛田さんの中で流行ってんのかな。長○力。
「でも、剛田さん的には、僕はどれくらい信じた方がいいんです? 現状の僕は彼女を1割も信用していないんですけど」
未来を約束って、どうせ気休めでしょ。
今が面白いから従ってみるけどさ、そんなに信じていいもんなの?
「アタリのお嬢なら贔屓目に見なくても9割は堅い。しかし、俺はお嬢の強さを信じている。絶対にお前の未来を覆せるとな。そしてお前に言い忘れていたことがもう一つあった」
「それは?」
「お前は、その日を迎えたら、お嬢を馬鹿にする気持ちで来い」
「は、はい?」
「お前は、ひ弱な女に何ができるんだという侮蔑の心で罵りに来ればいい」
自分の心を見透かされて心臓が跳ねる。
「そんなお前の目の前で、お前の常識をぶっ壊してやる、だそうだ」
本当に僕に寄り添ってくれるのか怪しいほどの乱暴な言葉。
それでも、その挑発が僕のクズ根性に火をつける。
見せてもらおうか。コスプレ美少女の性能とやらを。
僕はキメ顔でそう言った。
でも何となく、剛田さんの引き攣った顔を見て、僕の顔がニチャってるのだろうと悟ったのだった。
それから五日が過ぎた――。
名前も知らないコスプレ美少女の髪色は、白、緑、白、緑と交互に続いた。
剛田さんによれば、同じ色で二日続くことはないらしい。
臆病な白の彼女には逃げられ、緑の彼女は会話がそもそも通じない。
そんな無駄足にも見える四日間を過し、火曜日の朝となった。
またしても同じような結果になるのだと思ってい僕は、ずっと欠席していた親ガチャSRお嬢様と駅前で再び遭遇することになる。
しかし、今回は電車ではなくてリムジンだった。
「深沼くん、早く車に乗って!」
「は?」
そして、繁華街の出口である杜鵑通りの門から顔を覗かせていた男が叫んだ。
「おいっ! 君嶋さんに連絡しろ!」
げっ、やっぱり見張られてんじゃん僕。
「大丈夫だから早く乗って!」
僕は不本意ながら急いで車に乗り込んだ。
そして車は発信すると、親ガチャSRお嬢様から説明を受けた。
「このリムジンは防弾車だから安心して下さい」
「しかし、こんなことして大丈夫なんですか? 僕を見張ってたのは――「鳳凰院グループの息がかかっている。そうおっしゃるのですね?」」
そう、だから僕は金持ちは嫌いだ。
権力で、海外マフィアと手を組む半グレを飼い慣らして、僕と母の人生を壊した。
「そうだよ」
「ならば私の名前を貴方は聞くべきです」
「え?」
「私の名前は鳳凰院麗奈。貴方の憎む鳳凰院グループの出来損ない……です」
出来損ない?
僕同様、親ガチャにハズレたとでも言うのか。
「聞いても大丈夫な話?」
「はい、私は本家筋でありながら、分家に劣る出来損ないとして冷遇されてきました。父に言わせれば、名前だけの、父にとって都合の良い男を篭絡させる肉人形なのだそうです」
ハズレてるじゃん……。
「でも貴方よりは幸せだったのでしょう。電車通学のお嬢様でしたけどね」
そう言って、鳳凰院さんは恥ずかしそうに笑った。
「ですから、この車は極道寺グループから出してもらいました」
「そっちも凄い有名ですよね」
「ええ、貴方が通い詰めていたゲームセンター。『シャングリ・ラ』もそこですよ。半グレリーダーの君嶋と手を組んだ振りをして、実は貴方を救出する作戦が五年前から公安と合同で進められていました。私が知ったのはつい最近のことですけど」
五年前って僕が小学生の時からそんな計画が!?
「悔しかったです。私が君嶋の情報に辿り着いた時には、極道寺さんたちの勝ち馬に乗る選択肢しかなかったのですから」
「君が欠席してたのって……」
「はい、情報収集でした。後、欠席する前の話ですけど、唯一私に優しくしてくれる親戚に会いに行って、ソーシャルゲームの口出しをしにもいきましたね。もうすこし確率を良くして欲しいって要望があるんだよってね。無茶振りのかいがあって、緊急メンテナンスがあったでしょう?」
ああ、僕がゲームの悪口を言ったから……。
「そっか、ありがとう……」
「ふふっ、中学の時の小論文コンテスト、私も聞いていたんですよ? 『人にやさしく』ってテーマの貴方が、入学式で人を馬鹿にしたように邪悪な笑みをしていたんですもの。怒りたくなる私の気持ちも知ってほしかった……。騙されたって思った私の気持ちも知ってほしかった……」
ああ、そういうつながりがあったんだな。
僕は必死に内申点という得点稼ぎに必死になって、鳳凰院さんのような純粋な人を騙してたんだ。
ああ、やっぱりクズだわ。
「でも、良かった……」
「何が良かったのさ。僕は君を……」
「私だって理想を押し付けたのですから、おあいこですよ。それに、これ以上は私から告げる言葉ではありませんから。言ったら私は……」
ポロポロと涙が溢れている。
『何か』を我慢している彼女は美しかった。
『何か』を犠牲にして涙する彼女は美しかった。
その『何か』を僕は知らない。
言葉では何度も耳にした、メディアでポンポンと発信されてありふれた言葉だけれど、だからこそ同じものなのか疑問を感じてしまう。
「そっか、君もやさしい人なんだね。人を裏切れない、人にやさしくされたい人なんだ」
僕は彼女の言いたかったことを理解した。
だから彼女の頭を撫でた。
僕は君と似ていたんだ。
だからこれでいい。
「私も、ようやく救われました……。親を裏切れないと、いつかは罪を償ってくれるんじゃないかって、他人任せで、それが今、ようやくっ、貴方を救う手伝いも出来ました!」
「本当に、ありがとう」
「うう、あああああぁぁぁぁぁぁ……」
労いは、彼女に慟哭をもたらして激しい涙の雨が降り注いだ。
そして、僕は彼女の雨が降り止むまで静かに寄り添った。
雨が上がり、泣き腫らしつつも笑顔を見せた彼女は、水溜りを残して晴れた、虹の見える散歩道を思わせた。
そんな彼女は告げた。
「ただ、これだけは言わせてください」
「ん?」
「失言、お互いにフォローできましたよね?」
「これぞ雨降って地固まる、か」
「外、全然晴れてますけどね」
「アシストしたのに自爆しやがった! 相方ぁ!」
動物園と呼ばれたゲームを思い出してツッコミを入れる僕。
「でも、自爆していないとやってられませんよ」
「おえ?」
「小学生の時から貴方を幸せにしたいだなんて、無敵すぎますもの。チートです、チート!」
「はあ、どんな化け物なんですかね。それ……」
あの見た目からは想像もつかないような地上最強の生物に変身するのだろうか。
背中に鬼の顔でも浮かぶのだろうか。
僕はまだ見ぬ彼女の色に思いを馳せたのだった。