親ガチャ失敗の僕は、絶望の中で七色の君に出会う【3】
――月曜日。
休日明けの登校日だ。
インターネットカフェのトイレで軽く身だしなみを整えながら、いつも通りの目の下のクマに苦笑いを浮かべる。
それから、僕は行きたくもない学校へ登校した。
早朝六時。
僕は繁華街の出口てある杜鵑通りの門をくぐって駅前へと向かう。
そこから更に歩くと学校なのだが――。
親ガチャSR(降格)お嬢様が駅の改札口を抜けて現れ、僕はそこに偶然鉢合わせることとなった。
かなり朝早く出たつもりだったが、よりにもよって彼女と遭遇するなんて。
お前、お嬢様なら電車じゃなくて、お抱えの運転手に送迎してもらえよ……。
僕の内心が伝わってしまったのか、親ガチャSRお嬢様がこちらを睨んでいたけれど僕は無視を決めた。
嫌な音でかき消すことも面倒臭い。
通学路から離れればついてこないだろうと思ったが、彼女は道を外れてもつけてくる。
しかも更に声をかけてきた。
「繁華街の通りから出てくるって、どういうことですか?」
「……」
「家は反対方面ですよね?」
「……」
こいつ、どうして知ってるんだ?
名前も知っていたし、ストーカーか?
はあ、もう勘弁してくれ。
もう関わりたくないと告げなければいけないのか?
無視しなかったのは結果的にベストだったのかもしれない。
これで終わらせる。
そう思い、僕は彼女と向き合う決意をする。
そして、私服に着替えていた公園で、僕らは対峙した。
「どうして僕につきまとうの?」
「私は貴方に戻って欲しいから……。貴方はそんな人じゃなかったでしょう? 中学の時の貴方は……」
「ああ、僕のいい子ちゃん時代を知っているんだ。でも、あっちの方が演技してた僕なんだよね」
「どうして……そんな……」
「どうしてって、お母さんに喜んでもらうためさ」
「え?」
「大庭高校に入ったらお母さんが喜んでくれるかなって思ったんだけどさ、全然喜んでもらえなかったんだよね。やっぱ高校になんて入学するんじゃなかったなあって後悔してるんだよ」
悪ぶった人間が母親を理由にするなんて思わなかったのだろう。
彼女は酷く困惑していた。
「あ、貴方は母親に認められるために頑張っただけだとおっしゃるのですか? それ以外に何もないと? 私はそれだけに負けたのですか? 2位になったのですか?」
「そうだよ」
「そんなはずありません! それ以外にも何か――「無いよ」」
努力とか、友情とか、正義とか、そんな綺麗事になら負けたと認められるのだろうか。
他人に褒めてもらうだけの行為に、下らない自己顕示欲に自分の努力が踏み潰されたのが認められないらしい。
それでも僕は断言した。
「嘘ですよ」
「嘘じゃないよ。君には分かる? 母親に殺したいって思われる気分とか、産まなきゃよかったとか、性的欲求を満たす道具としてなら使ってやるとか言われたことある? 僕はね。そんなの嘘だって、だからいい子ちゃんになったら冗談だよと言ってくれると信じていたんだよ。でも合格したって報告したら何て返ってきたと思う?」
「何て……」
「バカじゃないの? 学費は払わないって言ってるのにそんな無駄なことして。そんな暇があるなら、早くどこかで死んでくれる? そうしたら葬式は嬉し泣きであの世に見送ってあげるから、だってさ。あー、本当に無意味な努力だよね。僕が人を恨みたい気持ち、少しは分かってくれた?」
「あ……その…………」
久々に感情のこもった、当時の母親に告げられた悪意をそのままに伝えてやると、ようやく自分が地雷を踏んだのだと自覚したのだろう。
失言だったと自覚したのだろう。
しかし、僕は先手を打つ。
謝罪なんていらないのだ。
同情なんていらないのだ。
「ゴメンね。僕、君のような幸せな人の気持ちが理解できないんだよね。ああ、フォローとかも要らないからね。僕もフォローしないし」
そう言って明確な拒絶を告げると、彼女はもうそれっきり話しかけてこなかった。
しかし、彼女の残した呪いは続いた。
彼女の気落ちしている原因が僕であると知ったクラスメイトたちは、学校生活二日目にして僕をいじめる算段を始めたのだ。
トイレに行っている間など、教室を出た隙に私物をゴミ箱に捨てられた。
授業道具は隠されて、僕が道具を忘れているかのように教師に怒られるよう誘導した。
クラスの仕事は無理やり押し付けられた。
入学して二日目でいじめが始まるとか、速さが足りないってレベルじゃねーぞ。
でもまあ、それだけだ。
別にこの程度のいじめなんて可愛いものだと僕は受け入れた。
これで満足なのかと後ろの席の親ガチャSRお嬢様を見たら、泣き出して早退してしまった。
そして、僕をいじめた主犯格の阿藤は、担任に生徒指導室へと連れて行かれてしまった。
クラスメイトたちは困惑していた。
あれ、もしかしていじめもスピード解決しちゃったの?
僕もこれには困惑ですわ。
これで問題になれば、僕の高校生活は終わりだろうからね。
同時に人生も終わりかもしれない。
明日には東京湾に沈められていたりするかもしれんわ。
遠いけど、冗談抜きで。
ま、それを自ら望んだから、最後にいい子ちゃんを辞めて反抗期になったんだけどさ。
こんなもんかと思った。
しかし、何事もなく授業が始まった。阿藤も帰ってきた。
それから、休み時間に阿藤がお咎めなしだったことを知った。
彼が無実ということは、親ガチャSRお嬢様はどんな嘘で泣いた理由を乗り切ったんだ?
僕はどうして事情聴取されなかったんだ?
僕へのいじめは発覚しなかったのか?
まだいじめが続くのかと呆れ半分、安堵が半分。
しかし、気だるく、話を上の空で残りの授業を聞いた僕は、いじめられることなく放課後を迎えた。
そして、何と驚くことに阿藤が謝罪をしてきたのである。
「すまない、僕は君を誤解していた。誤解から、酷いことをしてしまった。僕はこれが一日で済んで良かったと思ってしまったけれど、君にとってはたまったもんじゃなかっただろうね。『今は』償うことは出来ないが、いずれ僕は学校から停学処分が言い渡されるだろう。時間差ってやつらしい。それまではこの謝罪で納得してもらえないだろうか。申し訳なかった」
そう言って彼は土下座をした。
更に加担したクラスメイトたちも一緒に土下座をした。
本当にどんなマジックを使ったんだ?
親ガチャSRチート過ぎんだろ。
やっぱりSSRに昇格しとく?
僕は驚きながらも阿藤の謝罪を受け入れた。
何となくで寿命が延びたような気分になった僕は、トイレで着替えだけ済ませて早々にゲームセンターへ向かった。
もしかしたら僕に残された時間はあまりないのかもしれないと思ったら、夜を待てずに、コスプレ少女を見たくなってしまった。
しかし、閉店の0時まで粘ったものの、彼女らしき人物を見かけることはなかった。
もう二日でもあり、たった二日でもある。
それでも諦めるしかないのか。
そうだよな。
エサを食べそこねていた僕は、気持ちを切り替えるとゲームセンターの近くにある牛丼屋に入った。
それは、ちょうど少し前に来店した客がカウンター席で注文するタイミングだった。
僕はそんな客の顔が見える斜め後方のテーブル席へと座る。
「でゅふっ! スタミナ牛丼特盛、卵、お新香、豚汁、それからチーズ牛丼の特盛もお願いしますぞ! オウフ、忘れるところでござった。牛合掛けカレーの特盛も追加でコポォ!」
白色の猫耳のニット帽を被って、瓶底眼鏡。
真っ白な髪を無造作ヘアにした少女が、ニチャっとしたオタク言葉で、とんでもない量の料理を注文している。
それは、僕の探していたコスプレ少女だった。
彼女は白のブルゾンとデニムロングスカートという格好で、前二つのコスプレとは違ってカジュアル路線を攻めていた。
そして、前二つのコスプレと違うところは姿勢も猫背であるということ。
これがオタク少女という感じなのだろうか?
「拙者の腹はビター&スウィートの二律背反ゆえに飢えているのでゴザル。フォカヌポウ」
意味が分からん。
ビター&スウィートは矛盾してねぇし、何ならビターチョコとか、カフェモカとか、色々と相容れるんだが?
スウィーツほしけりゃ甘味処いけよって言いたくなるが、まさか『お年頃』とか、『成長期』って言いたかっただけなのか?
ビター&スウィートなお年頃。
だから二律背反しちゃうよねって。
そんなお年頃は、お腹が空いちゃうぞ。
成長期だからね。
そういうことなのか?
難解過ぎるわ!
あと、コポォとか、フォカヌポウとか本当に言って笑ってる奴、初めて見たわ。
三人目の彼女は一番濃ゆいな。
美少女とのギャップが激しすぎて瓶底眼鏡でも隠しきれない可愛さのミスマッチ感が。
とか長々と考察していたら、しっかりとニチャった言葉でも店員は彼女の注文を全て受け終わったらしい。
もう僕の側にきていた。
「お客様、ご注文はお決まりですか?」
「あ、すみません。牛丼並盛で」
「はい、かしこまりました牛丼並盛一つですね」
「はい……」
やべ、自分の世界に入ってたわ。
僕の声を聞いた白の彼女は、ビクっと反応して、油の切れた機械のようにギギギとこちらを向いた。
瓶底眼鏡がズレて可愛らしい瞳がこちらを見つめている。
「(なして、深沼くんがここに? あ、あ、足が震えてきたべよ……。ボクはなんも関係ないだべさ。ボクはなんも関係ないだべさ)」
ボソボソと小声でしゃべっていたが、聞き取れてしまった。
まさかの白色はオタクの皮を被った田舎育ちのボクっ娘……。
そういうのもあるのか……って、食事処だからといって無理やりグルメ漫画のネタが出てこなくてもいいんだけどな。僕よ。
「(モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ)」
こいつもグルメ漫画っぽいこと言い出した!
「お待たせしましたー」
「牛丼、キタコレ! オウフ、拙者の涎が止まらないですぞ!」
そして食事に没頭することで落ち着きを取り戻した!
バクバク、ガツガツと、頬に米がついてもお構いなしに食べていく白の彼女。
最早、マナーもへったくれもない光景。
しかし、僕は少なくとも、カチャカチャ、モグモグと、彼女が奏でるそんな音に下品さを感じなかった。
一定のタイミングで喉を詰まらせるのか、その度にズズズと音を鳴らして豚汁を飲む姿は、もはやお茶漬けのCMのようで食欲をそそられる。
いつからだろう。
食事をエサと言うようになって、味覚が薄まったのは。
つまらない行為だと思うようになったのは。
名前を知らないけれど、知っている人がそこにいるだけで僕は誰かと食事している気分になれた。
「お待たせしました。牛丼の並盛です」
タレのよく絡んだ米と、牛スジを咀嚼する。
味がはっきりと分かる。
近くで満足そうに、頬を抑えて幸せそうに食べる白の彼女。
オタクの皮が剥がれ、地のお嬢様がでちゃっている。
それでいいんだと思った。
美味けりゃ、美味い顔をすりゃいいんだ。
そんな当たり前のことを、僕は久々に思い出す。
何でそんなにつまらなそうに飯を食べていたんだ?
誰かにそう言ってもらいたかったのだろうか。
一筋の涙が丼ぶりの中に落ちて、僕の口に塩っ気の効いた味を加えた。
そんな時にもう既に完食していた白の彼女が僕の顔を見て呟いた。
「はて、美味しかったのは認めるでゴザルが、チェーン店の味に涙するまで感動できるかは疑問でゴザルな。ドプフォ!」
おま、僕の感動返せよ!
ダンと飲み干したコップを少しだけ勢い良く置いたら、「ひょえ!」と小さく悲鳴をあげて彼女はそそくさと店を出て言ってしまったのだった。