親ガチャ失敗の僕は、高校入学を後悔する
高校の入学式。
それは、高校デビューなどという言葉があるように、世の高校生にとってターニングポイントとなる場所の一つだろう。
「同じクラスになれるといいね!」
「うん! 一緒だったら嬉しいな!」
暖かい春風が桜並木に花びらを舞わせ、新しい門出に心躍らせる学生たち。
「俺たちもあんな感じで話してたっけ?」
「あー、してた気がするな。そんでもって違うクラスだったから文句言ってたような……」
そんな新入生を微笑ましく思いながら、新入生であった頃を語る上級生たち。
そりゃ悪手だろ蟻……いや、先輩。
僕は不敵な笑みを浮かべながら、起きるであろう惨劇を予想した。
「わ、私たちクラス別々になるのかな……」
「ちょっと、先輩! 私の親友を不安にさせないでもらえますか!」
思ったそばから予想通りの反応が始まった。
ピカピカの一年生の不安を煽ってどうするんですかねえ。
こりゃ、やっぱり修羅場かな?
『あー、もうこれで本当に一緒じゃなかったら最悪!』
『何だか朝から気分が悪いね』
『う……、やっちまった……』
『あー、ドンマイ……』
こんな感じか?
僕は彼らの後ろを歩きながら、事の成り行きを見守った。
「ああ、ゴメンよ! 俺たちがクラス別々になったからって、君たちが別々になるとは限らないさ。なあ?」
「そうだな。でも別々になったからといって悲観的にならなくてもいいぞ! 結構、昼飯とか休み時間に会えるぐらいが丁度良かったりもしたしな」
「それはお前だけじゃね? まあ、放課後はほとんど一緒だったし、そんな一緒にいなくても良か――って、あれ? そうすると俺も同意見なのか?」
「ほら見ろ! 親友ったって、一緒にべったりいるのが正解とは限らん!」
「いやまあ、でもこの子たちにも当てはまるかは分からんでしょ……」
「それはそうだ! でも、クラスが一緒だろうと、そうでなかろうときっと学校生活は楽しいぞ!」
「おー、そうそう! そういうことだな! でも二人はクラス一緒だったらいいね! 俺たちも一緒に祈るからさ!」
「ま、それでダメだったら土下座だな」
「おい、俺だけにやらせようとしてないか?」
「はっ、誰がお前だけにいいカッコさせるかよ! 俺だって土下座しちゃるわ!」
そんな先輩二人の掛け合いを新入生女子二人はポカーンと口を開けて聞いていた。
ん? 流れ変わったな。
そんなことを思っていたら、気落ちしていた方の女子が噴き出して笑った。
「ふふっ! クラス違ってもこんなに仲が良いところ見せられたら、説得力あり過ぎて悩んでいた私がバカじゃないですか!」
「あはは! 本当だね!」
新入生女子二人の不安が解消されたらしい。
あるぇ、おかしいなあ……。
僕の予想と大分違うぞ。
「もし良かったらですけど、何か悩みが出来た時に相談させてもらえませんか?」
「え、男でいいの?」
「大丈夫です! あてにならなかったら切ります!」
「ま、失言したのはお前だ。本気で相談に乗れよ」
「いや、失言したのは、お前だよ! ってか、そうだよ、お前が謝れよ! 何で俺が先に謝ってるんだよ!」
「そういう星の元に生まれたんだろ」
「何、壮大なこと言って誤魔化してるんだ!」
「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」
「帝王かお前は!」
「あはは! じゃあ、REIN交換しましょう、先輩!」
「すまん、REINは入れてないんだ」
「そっちは謝れるのな!?」
「ぶふっ、じゃあ、メアドでいいよ先輩」
気が付けば、上級生たちは新入生女子のメアドをゲットして大勝利していた。
僕は何を見させられているんだ?
実は最初からナンパ目的で不安にさせたのか?
まあ、ナンパだろうが、偶然の出会いだろうが、どっちでもいいか……。
自分には縁のないことだと言い聞かせて、丸めた猫背を正すことなく歩いていると僕に声がかけられた。
「険悪になると思っていたはずが、仲良くなってしまって意外でしたか?」
見れば編み込みハーフアップのお嬢様がそこにいた。
いかにも親ガチャSSRって外見の、僕がもっとも嫌悪する勝ち組のオーラがプンプン臭ってくる。
そんな奴に僕の本性が見られたのは面倒だなと思ったが、こいつの期待通りの答えを聞かせれば諦めると思った。
「そんなこと思っていませんよ」
「そうかしら。ざまあみろって顔をして見ていたのは気の所為ではないと思うのですが」
「そうですか。目つきが悪いからそう見えただけでしょう」
「本当に?」
「あの、あなたを不快にさせたのなら申し訳ございませんでした。わざわざ人相の悪い僕に構わないでお先にどうぞ」
しつこいなあ。
もう絡んでくるなよ。
僕は作り笑顔でうんざりしながら会話を終わらせようとした。
「では忠告しておきます」
「はい?」
何だ。さっさと終われよ。
「人の一面がその人の全てだと決めつけないでください。失言しない完璧な人間なんていません。大切なのは、失言してからの先程のようなフォローだと私は思います。では……」
一応、会話は終わった。
言いたいことだけ言って、さっさと先へ行ってしまった。
一面だけって言うなら、お前だって僕の一面しか見ていないじゃないか。
へっ、恵まれてそうなお前に何が分かるよ。
他人の不幸を望んで何が悪い。
お前のそれだって僕に失言してんだよ。
ブーメランって知ってるか?
追いかけて、そんな悪態で返してやろうかと思ったが、記憶の中の靄が煩く騒ぎ出したので僕は歩道の端に寄って立ち止まった。
『何でそんな意地悪を言うの!?』
『私だって頑張っているんだよ!』
『お金持ちは、幸せになっちゃいけないの!?』
誰だよお前……。
顔に靄がかかって見えないんだよ。
存在自体がムカツクな……。
靄がまるでモザイクのように相手の正体を隠す。
でも何となくだけは覚えている。
こいつになら、どんな悪口を言っても許されると昔の僕は思っていた。
頭の中に浮かんだ存在は、小学生ぐらいの小さな女の子。
名前も、顔も思い出せないのは、僕が思い出したくないからなのだろうか。
記憶の中の女の子は、僕が強く悪口を言おうとする度に姿を現して咎めてくるのだ。
ああ、分かってるよ。
あんな初対面のお嬢様に悪口言ったって、どうせ無駄なんだしな。
僕は自分に言い聞かせる。
そうすると、記憶の女の子も納得して消えていく。
それには少しばかりの時間が要した。
だからだろう、僕の鼻先には気が付けば桜の花びらが乗っていた。
「春ね……」
季節なんてどうでもいい。
始まりなんて感じもしない。
景色の違い、暑さ寒さの違いそれだけだ。
こんなに辟易することが青春であってたまるか。
「まあ、失敗だったよな。親ガチャ失敗しているくせに、高校なんて入学するんじゃなかった……」
僕、深沼湖文は、鼻についた桜の花びらをはじきながら、新しい門出に心躍らせることもなく、超進学校である大庭高校に入学したことを後悔したのだった。