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【悲報】前世の記憶を思い出したら、断罪の真っ最中だった件 ー令嬢はしゃべりたおすー

作者: のじこ

 眩いシャンデリアの明かりが今日はやけに気に障る。

ゆらゆらとチカチカと目を刺激しては角度を変えていく。

自身の置かれた状況を考えれば、神経が過敏になっていても仕方が無いかと、エルアリーゼは自嘲めいた嗤いを浮かべた。




「聞こえないのかっ、エルアリーゼ!! 前に出てこいと言っているだろうっ!!」




 先ほどから壇上からこちらを見てがなり立てているのは、エルアリーゼの婚約者である、この国の第一王子アーロン。

絵本から飛び出して来たような金髪碧眼の見目麗しい王子。

その腕には、アーロンの恋人と噂されているピンクの男爵令嬢をぶら下げている。


 その両脇には、宰相子息のクラーク、騎士団長子息のトリスタン、枢機卿の子息のロラント、天才魔法使いのカインが控えている。

いずれも、アーロンにぶら下がっている男爵令嬢アイラに骨抜きにされている男達である。


 眉目秀麗と名高い彼らから名指しされたら令嬢は皆、心躍らせることだろうとエルアリーゼは思う。


『こんな状況でなければね…。』


 自嘲の笑みを消して、エルアリーゼはまっすぐと彼らを見据えた。

公爵令嬢である自身より身分の高い婚約者から命令されれば、出て行かざるを得ない。

それが衆人環視の中の場違いな呼び出しであっても。

おそらくこれから行われる事を考えて、ため息を堪えながらエルアリーゼは一歩を進みだした。


『卒業パーティーで私を断罪しようだなんて、余程私を晒しものにしたいのね。』


 既に壇上の前まで早くいけと言わんばかりに、佇んでいた生徒が横に移動してまるで花道のように道が出来ている。

歩みを進めているエルアリーゼを両側から見る視線には、同情や心配を伺わせるものがあった。

それと同じくらいだけ、嘲りや愉悦や侮蔑を感じさせた。

暗くなる気持ちを抑えようと少しばかり上を向いて息をしようとした、その時。


 先ほどより一層、眩くなった光のなかにちらちらと色づいてひかる塊がいくつも見えることにエルアリーザゼは気が付いた。


『虫…?』


 やがてその塊が徐々に大きくなると、一つの大きな光となってエルアリーゼを包んだ。





 気が付くとエルアリーゼは、既に壇上の前に立っていた。

それ程長い距離があったわけでは無いが、それでも数十歩はあった距離をどう進んだかを覚えていない。

緊張の為覚えていないのだろうか、あの光は一体と思考に浸ろうとした瞬間、壇上からの声が耳を劈いた。


「エルアリーゼ・オルレアン公爵令嬢、貴様との婚約を破棄する!! 貴様の行いは目に余る。公爵家の身分をひけらかし、その身分を笠に着て下位貴族への嫌がらせ、いじめの横行。ましてや暴行や殺人未遂については言語同断。よって正式な沙汰が下るまで地下牢へ幽閉する!!また私は此処にいるアイラ・キートニー男爵令嬢と新たに婚約を結びなおすこととする!!」


 はっと顔を上げたエルアリーゼの頭の中に文字が浮かぶ。




【悲報】前世の記憶を思い出したら、断罪の真っ最中だった件――




 その時大量の記憶がエルアリーゼの中に流れ込み、自分が前世は、小田 里依紗という日本人だったことを思い出した。

前世自分がオタクだったこと、乙女ゲームに嵌っていたこと、真面目なエルアリーゼと違い物事を斜に考える質だったこと、それ故好きな乙女ゲームは2次創作で逆ざまぁ物にしてよくコミケで売っていたこと、など多すぎる情報たちを思い出していた


 中でも最重要なことは、この世界が『藍と群青のラビリンス』の世界だという事であった。

男爵令嬢アイラの藍色の瞳には実は魔法がかけられていて、その謎を解き明かしながら幻の迷宮を探したりする乙女ゲームだったのであるが、そのあれこれはとっくに終わり今エンディングを迎えるための最終仕上げに入っているのである。


 お気に入りで、何度もヒーローを変えながらやりこんだゲームであるため、このまま行けば自分が処刑され一族が没落することは覚えている。


『今更記憶を思い出すなんて。せめて一日早く思い出せば……。』


 アーロンが言う罪状に関して、エルアリーゼにまったく身に覚えがないと言うわけでは無かった。

だからと言って貴族の、しかも公爵令嬢が牢屋入りするほどの事はしていない。


 貴族の間では、低位貴族に嫌味を言ったりすることは頻繁に起こる。

下とみれば誰にでもと言う人間もいるが、エルアリーゼに関しては身分を弁えない非常識な物のみに限った。

こと最近では、件の令嬢アイラに限っていた。

自分の婚約者に必要以上に近づく男爵令嬢に注意をしたし、それが全く効いていないと分かって嫌味位は吐いた。

ただそれだけ。


 しかし学園の頂点に立つ公爵令嬢に目をつけられた男爵令嬢が学園でどんな目に合うか、それも分かっていた。

だけど敢えて目を瞑り、その行為を諫めたりはしなかった。

流石に暴行や殺人が目の前で行われようとしたら止めただろうが…。

これは貴族間の暗黙のルールであるし、それと同時にルールブックには無い非公式なものである。

情勢が変わればいくらでも善になったり悪になったりする。


 つまり、エルアリーゼは負けた。

だから悪になった。


『私自身がやったことなんて殆ど無いけど、今すぐ証明する術がないわ。今できることと言えば暴れて喚くこと位ね…。』


 そんな無様晒せないわ。

と今までのエルアリーゼなら思ったはずだった。

淑女らしく去り際は美しくと。


 しかし前世を思い出したエルアリーゼは、里依紗だった頃の性格がほんのり混じっていた。

現在の平民の思想に近いだろうか…、言いたいことはハッキリと…と。

どうせ自分は処刑されて、一族が没落させられるなら、これ以上悪いことは起こらない。

だからこの際、言いたいことを言ってすっきりしてやろうと考えて。


 だからエルアリーゼの腕を掴む人間が側に来るまで気づかなかった。

 エルアリーゼを取り押さえるようにアーロンに命令された騎士団長子息のトリスタンが、無断でエルアリーゼに触れたのだった。



「触らないでっ!! 不潔がうつるわっ!!」



 持っていた扇子でトリスタンの手を叩き落とし、淑女らしからぬ大声でエルアリーゼは叫んだ。


「なっ……、なっ…、私の何処が不潔だっ!!」


 エルアリーゼの叫びによって静まりかえった会場に、羞恥に染まったトリスタンの叫び声が木魂する。


 冷めた目でトリスタンを見据えたエルアリーゼは、扇を開くと顔の下半分を隠した。


「だってそうでしょう。殿下も貴方達側近の方々も、確か婚約者がいらっしゃったと思いますが…。それを婚約者でもない一人の令嬢にみんなでお侍りになって。こういうのを…ハーレムというのでしたかしら!? 私達のような普通の感覚の少年少女には些か刺激が強いと思われません? 思わないから健全に過ごすべき学園でこのような不潔な団体を結成されるのかしら?」


 怒りからなのか羞恥の為なのか、顔を赤らめたままフルフル震えているトリスタンから、あら不思議とエルアリーゼは明後日の方向へ視線をずらした。

意図せず向いた先に、エルアリーゼは視線を奪われた。


 視線の先はアイラの身に着けている装飾品である。

銀色に光るピアス。

緑色の宝石で作られたネックレス。

黄金色に輝く髪飾り。

紫の宝石で飾られた腕輪。

……それに青色の宝石が主張する指輪。


 これらは藍と群青のラビリンスで、それぞれの攻略対象者の好感度MAX状態にすると貰えるアイテム。

因みに宝石の色は対象者の瞳の色であり、青色はエルアリーゼの婚約者の色である。

つまりアイラは、逆ハーレムルートを完成させていることになる。


「げっすいわー。」


 思わず漏れた淑女らしからぬエルアリーゼの呟きに、アイラの肩が跳ねた。

静まり返っている会場には、エルアリーゼの小さな声も良く響いたようで、アイラだけでなくアーロンにもそのつぶやきは届いたようだった。


「貴様! この期に及んでまだアイラを傷つけようというのか!! それに先ほどからの我々への侮辱! 聞くに堪えない!!」


 鋭く自分を睨みつけるアーロンに、エルアリーゼの心が傷つかない訳では無かった。

婚約期間10年余り、幼馴染と言っても良い程で恋愛でなくとも互いに少しは情があっても良いはずだった。

しかしアーロンのその眼差しからは、そんな感情は一切見られない。

だからこそ、たかが恋愛のあれこれに婚約者を巻き込んだ挙句、その命まで簡単に盗ろうと言うのだ。


『彼にとってどれほど私は軽い存在だったのでしょうか…。』


 最後の自嘲を込めて薄く笑うと、エルアリーゼは王妃教育で学んだ感情操作で表情を消し、その視線の先にアーロンを写した。

これ以上、他人に自分の人選を振り回されたりしないと言う、里依紗ではなく純粋なエルアリーゼの決意の瞳であった。


「侮辱…? はて、何のことでしょう? 私はただ見たままを言葉にしただけですわ。それを恥ずかしいと思うなら、あなた方の行動そのものが恥なのでしょう。」


 当たり前と涼しい顔で言ってのけたエルアリーゼに対し、怒りに肩を震わせながらアーロン叫ぼうとした。


『言わせないし。』


「きさ「そもそも、この卒業パーティーにしてもそうです。皆で3年間の学業の苦楽を分かちあうパーティーで個人的な婚約の話…随分場違いではありません? 冒頭に身分を笠に着てとかなんとか仰ってましたが…ご自分達の事かしら? それに暴行、殺人未遂…そんな物騒なこと、全く身に覚えがありませんわ。 仮にこの学園にそんな輩がいたとしても、それほど恨まれることをした方にも問題はありますわよね?」」


 アーロンの言葉を丸々遮ったエルアリーゼがそこまで言い終わると、アーロンは逆に怒りを収めて笑みを作った。


「語るに落ちるとは正にこのことだな。つまり貴様は私とアイラの関係を嫉妬し恨んだが故にアイラを殺そうとした…。そのように動機を考えることが出来る訳だ。」


 くくくっと皮肉気に笑うアーロンに、彼の側近達も口々にエルアリーゼに非難声をあげた。

その横で彼らのお姫様がそれはそれは愉悦に満ちた醜い顔で笑っていることにも気づかずに。


「つまりそれは、殿下が私との婚約期間中に、そちらの男爵令嬢と不貞されていたと公言されているわけですね…やっぱり不潔。」


 心底嫌だと言う風を装ったエルアリーゼに対し、先ほどまでの笑顔をさも不憫で可憐な顔に変えてアイラが訴える。


「もうやめてください!! 私たちは、ただのお友達です。エルアリーゼさんが嫉妬して私を狙ったのは分かっているんです。証言者もいるんですから! だからもう皆を傷づけるようなことは言わないでください!!」


 訴えるアイラは、聖女とでもいった様相だろう。


『完全に自分に酔ってるわね。』


「あら、婚約を結ぶと先ほど叫ばれてましたけど…お友達なのにおかしい話ですわよね。それに、私はやっていないのに証言者がいるなんておかしいわね。その証言者は本当に私がやった所を見たのかしら? もし偽の証言者だったら…貴方達こそどうなるのか分かっているのかしら。そもそもこんなに騒ぎを大きくして、私を排除できたとしても、必ずこの事件は正式に捜査されるわよ。そうなったとき、貴方達だけではなく貴方達の家族が泣きを見ないと良いけど。」


「なんのことだ!?」


「本当に何もみえていないのね。そちらのアイラ様が邪魔なのは単純に見れば私や我が家でしょうけど…。私達の間を結んでいるのは政略結婚ですわよ。莫大な利益がでるから結ばれましたの。それは私達だけでなく、側近方の婚約もそうでしょう。それを何の利益も生み出さない、責任感の欠片もない没落寸前の男爵令嬢が踏み荒らした。アイラ様を望まれているお家がこの中にありまして? ならばおのずとわかるでしょう? 動機のある人間は、貴方達が思っている以上にいますのよ。」


 ピタリと笑う事を止めて真顔になった面々に、尚もエルアリーゼはたたみ掛けた。


「それに学園に入学した日、私…一人の怪しい令嬢を見ましたの。あの日入学式の少し前、所用で殿下と離れた私は、殿下との待ち合わせ場所に向かっておりました。その令嬢は、私の前をなんの迷いもなく真っ直ぐ歩き殿下の前まで行くと、いきなり転びましたの…。殿下に助けて頂いた後の第一声が『ありがとうございます。迷ってしまい心細かった所に人がいて安心したら転んじゃって…。』でしたかしら? 殿方はああいった趣向がお好きかもしれませんが、同性から見ればあざといったらありませんでしたわ。その日、屋敷へ帰ってすぐに父に報告し、その令嬢に見張りをつけさせましたわ。だって他国の間諜のハニートラップかもしれませんものね。」


 その日、その光景をエルアリーゼが見たのは確かであったが、実際には距離があり何を話しているかは聞こえなかった。

情報が少なすぎたため、父親にも報告などしていないし、ましてや見張りなどつけていない。

後日、虚偽の報告で罰が下るかもしれないが、元々処刑を待つ身。

多少の嘘とエルアリーゼと里依紗の記憶を混ぜて、出来るだけ真実味を持たせた真実を話すことにしたのだった。


「わ…私を見張っていたの?」


 先ほどまでと打って変わって、アイラが顔を蒼褪めさせている。

里依紗の記憶を持つエルアリーゼは、そうだろうと思う。

『藍と群青のラビリンス』の中で逆ハーレムルートを完成させるという事は、攻略対象とのほぼすべてのイベントを成功させなければならない。


 乙女ゲームなのだ。

恋愛要素盛りだくさんのあれこれを、ほぼ全て回収してきたはずなのだから。


「あら…誰とは言っていませんのに、ご自分から名乗り出て頂いてありがとうございます。おっしゃる通り、ずっと見張らせていただきましたわ。だって皇族に近づく怪しい人間を野放しにはできませんもの。」


 狼狽えるアイラに、アーロンや側近たちは優しい声をかける。

しかしその端々から、動揺が伺いとれることを感じアイラは焦っていた。


「人のプライベートを勝手に探るなんて卑劣だわ!! まさかこんな場所で個人的な話をする気? あなたってやっぱり悪役令嬢ね!!」


 今まで虐められたとしても、可憐で健気な仮面をかぶり続けていたアイラの仮面が剥がれた瞬間だった。


『あの女のこんな焦った顔が見れるなんて、傑作ね。処刑されるとしても、少しは可哀そうな私への手向けになるかしら…。って私ったらこれじゃ本当に悪役令嬢ね。』


 侮蔑の眼差しを込めて、エルアリーゼは薄く笑う。


「ご自分たちが勝手にここで始められたのでしょう? それを卑劣だなんだと、お得意の人のせいにして。自分達の仕出かしたことの責任は自分たちで取っていただかないと。私達、今日で学生を卒業しますのよ。それに、人に聞かれては何かまずい話でもあるのかしら? 」


 ねぇ、とエルアリーゼはアイラに微笑みかける。

言いたいことはあるものの、まずい話があるとは言えないアイラは、瞳に涙を一杯に貯めてアーロンにエルアリーゼが恐ろしいと訴えかけ、彼らはそれを宥めている。


 この隙にと、エルアリーゼはくるりと向きを変え、アーロン達から反対側のパーティー参加者の方を向いた。


「殿下とアイラ様の出会いの翌日となりますでしょうか、寝坊してしまったらしいアイラ様は、パンを咥えて学園寮を飛び出されました。令嬢らしからぬほどの俊足は見事だったと報告にございます。学園の門辺りでカイン様を見つけると、振り向いたカイン様の胸に飛び込む形でぶつかり抱き留められました。その時のセリフがこうでしたね。『ごめんなさい。急いでたものだから、私ったら…。』それに対しカイン様の『これはこれは可愛い子猫ちゃんが飛び込んで来たな』と死ぬほどダサいセリフにアイラ様が頬を赤らめておりましたわね。因みにカイン様に出会うまで、アイラ様は前方にいた生徒達10人ほどを華麗によけて、ごぼう抜きにされておりました。」


「この日の放課後、令嬢達が通う貴族科の校舎からかなり離れた所にある、騎士化の修練場にサクサクと進まれたアイラ様は、木から降りられなくなった子猫を見つけると、まるで山猿のように上手に木によじ登り子猫を保護されました。その後、アイラ様はお得意の木登りスキルで木から降りられることはなく、猫を抱えたまま木の上にじっと身を潜められました。その間、数人の生徒がそばを通りましたがスルーされた後、修練を終えたトリスタン様がお側を通られたころを見計らって、可愛い悲鳴と共にトリスタン様の上に落ち受け止められていました。』


「更にその翌日の昼休み、ご用事もないのに昼食を素早くとられたアイラ様は生徒会室の近くを通ると、生徒会を手伝われているクラーク様が抱えられていた沢山の荷物を落とされると、素早く駆け寄って拾い上げ、荷物運びを手伝われました。因みにこの数週間、後数か月後に、ハドソン子爵令息が沢山の荷物を落とされた時、食堂でカレント男爵令嬢が飲み物を零された時、講堂近くでソレイユ伯爵令嬢が転ばれた時、いずれもお側にアイラ様がいらっしゃいましたが、助けられることはありませんでした。」


「その日の放課後、人気の少ない校舎裏を進まれたアイラ様は、隠れた裏庭をまるで知っていたように見つけ出すと、日陰になっている部分に座り込み昼寝を始められました。裏庭の手入れをされているロラント様が心配されてアイラ様を起こされると、眠い目をこすりながら『わー、天使さま?』とロラント様を天使と間違えてロラント様に笑われていたそうですね。私の可愛い7歳の弟でも、人間を天使を間違えることはありませんが、そう言う事もあるのかもしれません。その後、アイラ様と殿下、側近方は度々、個人的にまたは皆さまご一緒に親睦を深めていかれました。」


 エルアリーゼがそこまで言う間、アイラは偶然会っただけだとか、エルアリーゼは嘘をついていると騒ぎ立てていた。


 実際、大筋は乙女ゲームのイベントのあらすじであるため真実だろうが、他の生徒をごぼう抜きに追い抜いただとか、木の上に身を潜めたと言うのはエルアリーゼの脚色であり、端的に言うなら嘘であった。

でも大筋は間違っていないことは、それぞれの攻略対象者が知っている。

であるから、どこまでが真実かと決めるのは結局はお互いの意思の問題だけとなって来る。


『やっていないことの証明は、やったことの証明より難しいって、刑事ドラマでよくやってるもんね。実際起こったことに混ぜているから、攻略対象者たちも戸惑っているし。しかもこれだけの人間とこれだけ短い間に出会うのに全部偶然って怪しいわ。実際、心当たりがあったりしてね。』


 心の中で、ペロッと舌を出してエルアリーゼは更に続ける。


「そうして仲を深めた6人はある難問にたどり着きました。アイラ様の瞳に魔法が掛かっていたのです。その魔法は幻の迷宮ルラーキの場所を示すものだったそうです。」

「ここで少し話はそれますが、このルラーキ。長い年月を経て、今は何のための宮たったのか一般的には忘れられています。ですので寓話やお芝居の脚本に度々登場しては、偉大な大魔法使いの一族が住んでいたとか、幻の国の王族が住んでいたとかが一般的な物かと思われます。」


 そこまで言うとエルアリーゼは一旦話を切って、アイラたちを見やる。


『どや顔がすごいわね。』


 アイラは自分が高貴な身分の子孫だと信じて疑っていないようで、周りの攻略対象者たちもそれをエルアリーゼの口から明かしてもらえることに愉悦でも感じているのだろう。


 乙女ゲームの世界でも言われていたことだが、攻略対象者たちの間では、アイラは失われた文明の王族で高貴な身分ではないかとの推測で進み、確たる証拠はないが恐らくそうだろうという話のままエンディングを迎える。


 しかし実際には違う。

これは王族に嫁ぐ物として特別王家の歴史を習ったものだけが知っていることであった。

更に言うなら、エルアリーゼが優秀で、普通なら王族でもそこまで史実を掘り下げて勉強していない部分までも習得したから知っている事実だった。


「でも違います。これは私も王太子妃教育の一環として学んだことでありますし、特に隠匿されているものでも無いため、王宮に確認をとれば分かることではありますが。…ルラーキは特殊な監獄でした。ルラーキが監獄として使われていた時代、人々の魔力は今よりもかなり高い物でした。その中でも特に魔力が高く、大罪に身を貶めた者を捕えるための監獄だったそうです。ルラーキのある場所は、魔力場が歪んでいるため魔力が殆ど使えなくなり、容易く捕らえることが出来たためだそうです。そのルラーキを取り締まっているのが藍色の瞳を持った一族だったそうです。元々その一族は、王家を簒奪しようとした我が国の貴族だったそうですが、計画は失敗し自分たちもルラーキ一帯を出ることが出来ない特殊な魔法をかけられ、ルラーキの監視を引き受けることで一族の滅亡を回避したそうです。ですが、時代を経るごとに人々の魔力は弱まり、ルラーキ自体の必要性が薄れました。その際に故意か、自然にかは分かりませんが、ルラーキまで行く次元通路で事故が起こり、王族でさえルラーキに行くことが出来なくなり自然に人々から忘れられていきました。」


 王族でさえ行くことが出来ないルラーキの通路を瞳に封印されているなんて変ですねぇ…とエルアリーゼは言う。


 王子や側近たちはぎょっとした顔でアイラを見つめて固まっていた。

心なしかアイラとの距離も物理的に空いてきたようにエルアリーゼには見えた。


 乙女ゲームでは迷宮内で魔法の遺物を見つけたりして宝物庫のような扱いを受けていたが、罪人を収監するためのアイテムにすぎず、それ以上の古代遺物など出て来はしないはずである。

今はまだ自分達だけで探索中であり、王家へ報告していないため知らなかったかもしれないが、いずれ王家から告げられたことでもあったはずだった。


『乙女ゲームでは、幸せな未来だけを匂わせてエンディングだったけど、これは私が何もしなくても彼らは幸せにはなれないんじゃないかしら…。』


「そして本題に話を戻しますが、この迷宮の探索…今もされているようですが、中々骨の折れる作業だそうですね。…まず迷宮までの道を開ける段階で、アイラ様とカイン様だけルラーキ内の違う場所へ飛ばされ皆様とはぐれたとか…。その際、無理やり次元を開けた影響で自身の魔力回路が傷つき一時昏睡されました。急激な体温の低下を食い止めるため、アイラ様はご自身とカイン様の洋服を取り払い、生まれたままの姿でカイン様を温められました。その甲斐あって、カイン様は無事持ち直され恩人であるアイラ様に一生の愛を誓われ、現在腕にはめておられるご自身の瞳の色である紫の宝石の着いた腕輪を送られました。その際、熱烈な口づけを交わしあったと報告を受けています。」


 エルアリーゼがアーロン達を見遣れば、カインだけが心なしか顔を赤らめ、他の者たちは顔を蒼褪めさせたり、怒りに顔を赤らめたり震えたりと様々だ。

ひとしきり相手の顔を見ると、エルアリーゼは追撃を開始した。


「その後直ぐに殿下やその他の側近方に見つけられたお二人は合流し探索に戻ると、ルラーキの入り口で門番の魔人に出会い皆さまは戦わなくてはいけなくなりました。次々に皆さまが倒れる中、アイラ様とトリスタン様が最後に残り、二人で力を合わせて魔人の弱点を見つけて倒したそうですね。素晴らしいですわ。その際トリスタン様は自分の分身だと思って身に着けてほしいと言われ、今も身に着けている緑色のネックレスを受け取り、こちらも激しい口づけを交わされていたそうです。」


「その後、回復魔法で倒れた皆様を回復させルラーキ内に入られた皆さまは、罠に嵌ってしまったそうですね。これは大昔の罪人を脱獄させないための罠の様ですが、間一髪罠を逃れたアイラ様とクラーク様が罠に嵌った皆様を助けるために奮闘されたとか。その際アイラ様がパニックに陥りそれを助けるためにクラーク様が優しい口づけをされ、アイラ様への愛と賛辞を囁かれて銀色に光るピアスを愛の証に送られたとか。アイラ様もクラーク様に貴方がいるから生きていけるなんて、思わせぶりな事を仰って持ち直されたようですね。」


「感動的に皆様を罠から救出なさったあと、今度は監獄のスペース辺りで囚人たちを捕えてた魔法の遺物が暴発して、こんどはアイラ様とロラント様以外の皆さまが遺物に絡めとられてしまったようですね。お疲れ様でございます。遺物の力が強く、からめとられてしまった皆様が気絶してしまわれたそうですね。ロラント様の聖魔法が唯一遺物に聞くことが分かった二人は何とかしようと尽力されましたのに、一歩力及ばず皆様の命が奪われそうになった時、アイラ様がロラント様の手を両手で包み込み、見つめあいながら信じてると口づけされたそうですね。その時、ロラント様が爆発的な聖魔法を発揮して聖遺物を破壊することが出来たとか。愛の力は偉大ですね。その後、僕の命は君と共にあると仰って、現在アイラ様の頭に飾られています黄金色の髪飾りをそっとお付けになったそうですね。」


「そうして、危機を乗り越えてた皆さまはルラーキの中枢部へと乗り込もうとしたところ、アイラ様とアーロン様だけが中枢部へ吸い込まれていったのだとか。王族と管理者の一族のような一部の人間だけが入れる設定でしょうから無理もありませんけど…。ですが機能の一部が壊れていたのか、元々の機能だったのか、二人を試すような幻影魔法が掛かっていて、二人とも幻影の中に閉じ込められていたのだそうですね。幻影から出てきたときには、お二人はそれはもうお熱い口づけを交わしあっていて、そのままそこで何かがはじまってしまいそうだったと報告で聞いています。しかしそこでルラーキの管理者の代表の方の映像が浮かび上がり、口づけをお止めになったとか。管理者の方は、ルラーキを継ぐ者に後の事を頼むと言うような事を言ってらしたとか。ルラーキが監獄とは知らないお二人は大層感激してらしたと伺っています。その後アーロン様は、アイラ様に愛を告白されると、この愛を受け取ってくれるなら卒業パーティーの前日に自分の部屋に来て欲しいとお願いされました。アイラ様はこれを受け取り、昨日アーロン様のお部屋にお泊りになり、おひとつに結びあそばされました。そのご、王家に伝わる家宝の一つである巨大な青い石の着いた指輪をお受け取りになり、現在その指にはめていらっしゃいます。」


 そこまで言い終わると、アイラと攻略対象者の間には目に分かるほどに距離ができ、攻略対象者は異様な何かでも見るような眼差しでアイラを見つめていた。

一方のアイラと言えば、いつものように上目遣いに攻略対象者達を見つめたり、はにかんだり、しゅんとして見せたりと思考錯誤の後、何も効果がないとみて顔を蒼褪めさせて俯いた。

ここで言い争いにならないのは、攻略対象者達の情操教育が唯一効果を発揮したとみていいだろう。


『皆さん、口を開くことも出来なくなったようですわね…。でも勝手に終わられては困るわ。』


「ではここで冒頭のお話に戻させていただきます。私との婚約破棄の件、確かにお受けいたします。そしてアイラ様とのご婚約、誠におめでとうございます。…アイラ様のお体には様々な愛の証が飾られておりますが…、ご婚約はアーロン様…とで良かったかしら? ですが、嫌がらせや暴行、殺人未遂などは全く関係ありません。そもそも何のためにそのような事をするのかしら? …嫉妬? 貴方達にですか? ふふふ…、気持ち悪いわ。」


 それでは後は皆さまで話し合ってとエルアリーゼは綺麗なカーテシーをきめて立ち去った。





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 その後、エルアリーゼの実家は、真実の証拠固めのために奔走し、攻略対象者達は廃嫡、勘当の憂き目にあった。

肝心のアイラに関しては誰も行方を知らないと言う…。














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[良い点] 主人公のやけっぱち具合と怒涛のゲームイベント解説&突っ込み。 これだけの長台詞を言いよどむ事なく流れるように言われたら、そりゃもう口も挟めないし清聴するしかない。個人的にごぼう抜きと困って…
[一言] 婚約者を裏切って浮気をした権力者の子弟とその相手になった下流貴族の娘、どっちも悪いけど、より悪いのは二重の意味で決定権を持つ男たちの方なので(権利=責任) そいつらのザマァがもっと詳しく見た…
[良い点] すごくおもしろかったです!笑 アイラと攻略対象との情景(スチル笑)が目に浮かびます。 カーテシーからのラストが駆け足でもったいないなぁと思いました。 例えばアイラの中身が同じ日本出身で…
2022/08/16 04:48 退会済み
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