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♪8.新しい共同生活

 新しい共同生活は驚きの連続だった……。

 入寮初日は、瑠衣先輩が荷ほどきをしている横からあたしが洗濯を……と言っても、洗えばどうにかなる服はほぼ皆無だったので、洗う、漂白、洗うを繰り返して、やっと着れそうなレベルまでもってこれたのが3枚。

 ぼろぼろズタズタの服をどうにかするのはあたしの得意分野だったので、これで更に3枚が変身により着衣可能に。

 残りのどうにも手の施しようのない服は、「思い切って処分しましょう!」と説得し、ショボくれる瑠衣先輩を押しのけ、半ば強引に供養した。

 2日目は、初日に気になっていた、枕やベッドシーツの補修。本人とあたししか目にしないのでスルーしても良かったのだが、せっかくのかわいいリーフ柄カバーさんたちの四縫がほつれまくりなのはかわいそうなので、瑠衣先輩のお勉強中にせっせと蘇生。

 3日目は、ペンケースとバスタオルにいくつも穴が空いていたのを発見し、これまたあたしが当て布で補修し蘇生。タオル地はさすがに手持ちにないので、多少使い勝手が悪いかもしれないが、そこはまぁ我慢してもらうしかない。

 中学から始めた裁縫技術。これほどまでに役に立ったことがとても嬉しかった……。

 あたしが瑠衣先輩の役に立っているのは裁縫だけじゃない。

 7日目、日曜に外出してきた瑠衣先輩はたくさんのお菓子を抱えて帰ってきた。全て2つずつ。「夏音ちゃんと一緒に食べたくてー」と一緒にパクつく。中には高級なお菓子もあった。どれもすごく美味しかった。

 美味しかった、までは良かったのだが、瑠衣先輩はきな粉ドーナツのきな粉を机だけじゃなく床にもぶちまけていた。あたしは掃除機で奇麗に吸い取った。生チョコを1かけ落としていたのを気付かず踏んだ。あたしは奇麗に拭き取った。

 ポテチもお煎餅もぼろぼろこぼす。紅茶やジュースは3回に2回はぶちまける。あたしはその度に雑巾がけをし、その度に部屋は奇麗になっていく……。

 2つも年上の瑠衣先輩だが、とにかくとにかく手がかかるどう育てたらこんな娘が完成するのだろう。家族構成を尋ねたくなることもあった。

 しかし、瑠衣先輩の憎めないところは、美佐緒先輩のように決して上からものを言わない。威張る素振りもない。むしろ腰が低く、あたしが手伝うことに『ありがとう』と『ごめんね』は決して欠かさない。

 末っ子で甘えん坊のあたしが人の世話をやく、そんな日がくると思ってもいなかった。いつかママになったら、あたしもベビーちゃんのお世話するんだよなぁと思ったことはあっても、その時はその時で、うちのママやお姉ちゃんたちが手伝ってくれるだろうというぼんやりした想像しかできなかった。

「瑠衣先輩って、何人兄弟ですか?」

 2週間目、あたしはやっと尋ねた。瑠衣先輩はイチゴバナナチョコクレープを頬張っていた。学習したあたしは、瑠衣先輩が何か食べる時は必ず新聞紙を敷いている。鼻に生クリームがたっぷり付いていた。

「んっとね、1人っ子。でも家族いっぱいいるからにぎやかだよー」

「にぎやか? ご両親と……おじいちゃんとかおばあちゃんですか?」

「うん。祖父母もいるけど、使用人さんとかがね」

 シヨウニン……?

 言葉も意味も知っているが、信じがたい事実に目が点になってしまった……。

 瑠衣先輩の話では、おじいちゃんがリゾートホテルをいくつか経営している。お父さんは建築デザイナー。お母さんに至っては、某ファッションブランドを経営している……。

 つまり、つまり、ものすごいお嬢様……っ!

「え、え、え? ってことは、瑠衣先輩はお母さんのとこのブランド服を着てたってことですかぁ?」

「あー、違う違う」

 瑠衣先輩はへらりと笑って言った。

「ほら、私って顔が地味でしょ? 夏音ちゃんみたいなかわいい子だったら似合うような高級服とか着れないわけよー。でも一人娘の私にはやっぱり着せたいみたいでね、反抗期真っ只中の中2の時に自分で買った服ばっか着てたってわけ」

 どうりで……ボロボロのよれよれしかもっていなかったのに、あたしと同じ貧乏匂がしないわけだ……。

 だからってあんな極端なボロボロ服ばっか着なくても、とは思うけど、この2週間で瑠衣先輩のドジっ子ぶりはイヤというほど知った。服以外の始末は使用人さんたちがどうにかしてくれていたのだろう。

「夏音ちゃんは? 2年生の赤毛のお姉ちゃん以外に兄弟はいるの?」

「うちは三姉妹で、もう1人お姉ちゃんがいますよ。上から順番にしっかりしてるかなぁ。あたしは典型的な末っ子って感じです」

「えー、そう? 夏音ちゃんはしっかりしてるよぉ?」

「あはっ、そうでもないんですよ?」

 言いながら瑠衣先輩の鼻から生クリームを拭き取る。心の中の「あなたよりかは、ね」は口にしない代わりに苦笑した。なおも瑠衣先輩は「えー」と抗議の声を挙げた。

 そういえば担任の先生、あたしに何て言った? 『面倒見はいい』って……どこが?

 でも、気付いたことがある。あたし、人の面倒をみるのって嫌いじゃないかもしれない。

 もちろん最初はその悲惨な光景に唖然とした。でも、一緒に食べたいとか食べて欲しかったって言われると、おごってもらっていることを抜かしても嬉しくて、後始末もイヤじゃなくなってくる。

「いいなぁ、お姉ちゃんかぁ……。ねぇ、今度夏音ちゃんのお姉ちゃんも誘って、3人で美味しいもの食べ行かない? パフェとかパンケーキとかさぁ」

「いいですねー! お姉ちゃんはあんま外食とかしない人なんで、誘ったら喜びますよー」

「よっし、じゃあこの瑠衣先輩がおごっちゃろー。汐音ちゃんだっけ? 今度の日曜日、予定空けといてねって汐音ちゃんに言っといてね」

「やったぁ! 瑠衣先輩、ありがとーっ!」

 瑠衣先輩の粗末な胸に飛び込む。「かわいいなぁ、かわいいなぁ」と繰り返しながら、瑠衣先輩はあたしのほっぺにちゅっちゅちゅっちゅと吸い付く。

 まだ2週間の付き合いだけど、本当の妹のようにかわいがってくれているのが分かる。うちのお姉ちゃんたちはこんなちゅっちゅ攻撃はしてこないけど、子供の頃、お母さんがたまに『ほっぺにちゅー』くらいはしてきた。

「じゃあおごってもらう御礼に、その日の洋服はあたしが作ってあげますよっ」

「えーっ、ほんと? でも私、派手な服とか似合わないからね?」

「大丈夫ですっ。ちゃんと瑠衣先輩にぴったりのワンピ作っちゃいますよー!」

 あたしは腕まくりをした。9月も半ばを過ぎ、そろそろ自分用に秋服を作ろうとしていたところだったので生地はある。

 アニマルパジャマ以外、人に服を作ってあげたことはない。でもいい機会だ。お姉ちゃんにも褒めてもらえるような服にしよう!

 あたしはわくわくしながらペンを取った。

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