♪7.新しいルームメイト
新しいルームメイトはどんな人だろう……。
自室に戻り大掃除を始めて約4時間。やっとルームメイトを迎えられる状態までピッカピカに仕上がった。
さほど散らかしてはいなかった自室だが、実は小うるさい美佐緒先輩がいなくなった反動でヒドイ有様だったのだ。
空いたベッドには脱ぎ散らかした洋服と洗濯済みの洋服がまぜこぜに、空いたデスクには教科書とプリントがごちゃごちゃに、そして床には裁断仕掛けの布と切れ端、糸くずはもちろん、ハサミまでもそのままにしていた……。
抜かりはないか指さし確認。大丈夫、と頷いてベッドに倒れ込む。掃除機をかけていたので窓は全開。9月といえど、まだ真夏のように暑い。腕で額の汗を拭って深いため息をついた。
しばらくゴロつく。疲れた。ふと枕元の時計に目をやると、いつの間にか16時を過ぎたところだった。
夕方、先生はそう言っていた。そろそろだろうか。窓とレースのカーテンを閉めてエアコンをマックスにする。
もう一度ため息をついたところで廊下からゴロゴロという台車の音がした。もしかして、と扉を開くと、そこにはルームプレートを見上げているひとりの姿があった。
「305、ここでいいんですよね?」
「あ、はい。そうです」
「あなた……1年生……だよね?」
「え……? はい」
その人は台車に片手を添えたまま、まじまじとあたしの全身を監察した。言いたいことは分かる。言われることは分かる。
「305号室のルームメイトの相葉夏音、こんな顔ですが高校1年です。よろしくお願いします」
あたしがぺこっと頭を下げると、あちらも「あ、どもども」と早口で言いながら頭を下げた。
「とりあえず中へどうぞ。掃除はしておきましたけど……」
「あ、うんうん。ありがとね」
見慣れない『寮』という空間をキラキラした目で眺めながら入って来た。よそ見しているおかげで台車がゴンとベッドにぶつかる。「あらららら」と方向転換し始めたが、視線は空間に釘付けで、どうにも危なっかしい。
でも、かわいい人だなぁと思った。
「あの、先輩。荷ほどき手伝いますよ?」
「ほんと? 嬉しいなぁ。いい子だね、夏音ちゃんて。じゃあえっと、この段ボール、教科書とかノートが入ってるんだけど、1番下の引き出しに入れてもらってもいい?」
「了解でーす」
まだ自己紹介してもらってないんだけど……と思いながらそっとノートの記名欄を見る。お世辞にも奇麗とはいえない文字で『雉川瑠衣』と書いてあった。……似合わない名前に、思わず容姿を見返す。
どう見ても『意地が悪い』ようには見えない。
ぶっちゃけ、このお嬢様学園には珍しい地味キャラ。前髪は黒縁メガネにかかっていて不揃いだし、後ろ髪は適当としか思えない束ね方。同じ制服なのにブラウスもスカートもくたびれてよれよれ……。
ド下流家庭の相葉家だからこそ、周りから浮かないようきちんとしているつもりだけど……この人の『浮いている』は、上流だの下流だのという家柄の問題とはちょっと違う気がする。
でも、その飾りっ気のない人の良さそうな容姿が、不思議と親しみを感じさせる。
「瑠衣先輩、って呼んでいいですか?」
あたしがノートの記名欄を指差しながら問いかけると、驚いたような顔で「あー」と言って背を正した。
「ごめんごめん。私は雉川瑠衣って言います。寮生活なんて初めてだから、色々教えてくださいっ」
急に敬語、と思っておもわず吹き出してしまった。深々と頭を下げていた瑠衣先輩が不思議そうに顔を上げる。あわててあたしも頭を下げた。
「こちらこそ、至らない1年坊主ですがよろしくお願いします。寮のことであたしに分かることだったら何でも聞いてくださいね」
あたしがにこにこ笑うと、瑠衣先輩もぱぁっと笑顔になった。
「かわいいねっ、君かわいいねっ」
「へ?」
いきなり両手をがっしりと包まれ、鼻息の荒い顔面が近付いてくる。
「かわいい、君すごくかわいいっ。ちゅーしていい? ねっ、ねっ、ちゅーしていいー?」
「え、えっ?」
動揺しているうちにも、瑠衣先輩のにゅっと尖った唇が近付いてくる。あたしがイヤイヤと仰け反ると、ものすごい力で肩をつかまれ、あっという間におっぺに吸い付いてきた。
「ちょっとちょっとーぉっ! なにするんですかっ、やめてくださいよーぉ!」
なおも何度もチュッチュと浴びせられるほっぺちゅー地獄から逃れられたのは、あたしのスマホの着信音に瑠衣先輩が我に返った時だった。
漫画でよくある「はっ!」って顔。まさに現実でもこんな顔をする人がいるんだなと思ってこちらこそびっくりだった。
「ごごごごごめんね? 夏音ちゃんがあまりにかわいくて、つい……。あ、電話出て出てっ」
つい、でこんなことする……? と目をひん剥いてしまった。そそくさと荷ほどきに戻る瑠衣先輩の背中は本当に焦っている感じではあったが……。
謎すぎるっ。
「もしもし?」
電話主は鴨ちゃんだった。瑠衣先輩に背を向け、バレないように袖口で頬を拭う。地元の友達がアニマルパジャマを作って欲しいそうで、友達価格1000円でお願いできないか、とのことだった。
正直1000円では儲けがほとんどない。が、他ならぬ親友の友達ならば仕方ない。儲けは二の次だ。手持ちの材料で、カワウソかビーバーならすぐ出来る旨を伝えて折り返しの連絡を約束した。
「お友達?」
段ボールをあさりながら瑠衣先輩が問いかけてきた。相変わらずお目々をキラキラさせている。返事をしようとしたところであたしは絶句した。
き、汚すぎるっ。瑠衣先輩の手元の物全て。美佐緒先輩に毎日小言地獄を浴びせられていたあたしでも、さすがにツッコみたくなる中身しか入ってなかった。
「る、瑠衣先輩っ? そ、それは、そのボロ布は……まさか洋服……じゃないですよねぇ……? 雑巾かなにかですよねぇ?」
「え? これ? 全部私の私服だけど? 」
なにか? と言わんばかりのポカン顔。いやいや、こちらこそポカンですけど?
ほつれ・毛玉は序の口。いや、序の口は序の口でも、一般人なら諦めて捨てるレベル。一口にほつれと言ってもほつれてない箇所がないレベル。秋冬物と思われるものは全面毛玉。
破れ・シミが特にヒドい。何の動物と格闘したらこんなに破れるのか。どこの戦場の帰りなのか。シミに至っては、もうこれ全部デザインですからと言い張られれば納得するしかないくらい有り得ない模様と化している。
ど、どうやったらこんなアバンギャルドな服に生まれ変わるのか……っ。
「る、瑠衣先輩っ、こ、この服……いや、このゴミは捨てましょっ? ねっ?」
「えー? どうして? 私の持ってる中でまともなやつかき集めてきたんだけどなぁ。まだまだ着れるよ?」
「いやいやいやいやっ。いいですか、先輩。ここまでボロボロになった服はもう洋服とは言えません! ドの付く貧乏なうちだって、こんなボロボロは捨てますよ? ううん、それ以前に、どうやったらここまでボロボロにできるんですかっ? 有り得ませんよぉ?」
早口で言い聞かせるあたしに「そう?」と言って1枚広げて見せた。
「これは近所の野良猫を抱っこした時に引っかかれちゃって破けたんだっけなぁ。そうそう、この黄色いシミはその時漏らされたおしっ……」
「嘘でしょーっ?」