♪6.2学期
2学期に入り、久しぶりに会ったクラスメイトたちは、夏休み前同様浮き足立っていた。
1年6組の教室は、真っ黒に日焼けした子、海外のお土産を配っている子、スマホに収めた画像を見せ合う子、アバンチュールのつもりから発展した恋人の自慢をする子などなどでテンション高め。
特にどれでもないあたしはというと、各地の色んなお土産をもらってご満悦。土産話を片耳に頬張るお菓子は最高!
「夏音ちゃんはどこか行ったぁ?」
クラスメイトでもあり親友でもある鴨ちゃんが覗き込んできた。頬張るあたしに「おいしい?」と言いながら隣の席にちょこんと座った。
鴨野雛子。通称鴨ちゃん。カモだかヒヨコだかどっちだよって名前だが、小鳥というより見た目は白鳥のようにスラッとした色白さん。入学の時点で151センチしかないあたしより16センチも高い。
小さい頃からバレエをやっていたとかで手足はニョキニョキ長いのだが、本人のコンプレックスとしては……。
「やだっ、夏音ちゃんてばまた育ったぁ?」
鴨ちゃんの手がバストに伸びてくる。そうはさせまいとすかさず教科書でブロックするあたしに「ケチー」と笑った。
「どこにも行ってないし、上にも横にも前にも育ってないっ」
鴨ちゃんは「ほんとーぉ? どれどれーぇ?」とニヤつきながらあたしの教科書を本気で奪い取ろうとする。本気だ、こいつ本気だ。目がスナイパー化してるっ。
隙あらばおっぱいタッチする、それが鴨ちゃんの悪い癖。本人曰く、『あやかれば私も育つからぁ』だそうだが、オリジナル迷信にどこまでが本気なのか分からない……。
女子校あるあるのイチャつきなのか、単に触りたいだけなのか不明。ただ、鴨ちゃんはかわいそうなくらいぺったんこさんなので、オリジナル迷信に必死さが伝わってきてたまに怖い。
「嘘ぉ、私とスイパラ行った以外、どこにも行ってないのぉ?」
「あー、買い物くらいならひとりでヨザワヤに布買いに行ったり、お姉ちゃんとカラオケ行ったりはしたけど。特に夏休みらしいことはしてないなぁ」
「うーん、もったいないなぁ。このご自慢の爆乳を武器に逆ナンされにプールとか海行かなかったわけぇ?」
「行くかっつーのっ」
2人で爆笑する。鴨ちゃんは美人でかしこいのに、たまにオヤジみたいなことを言う。
でも不思議だ。鴨ちゃんとだと自分のコンプレックスだった巨乳ネタでいじられても嫌な気持ちにならない。サバサバしてるからだろうか。下心がないからだろうか。それとも単に男子じゃないからだろうか……。
「そういえば、鴨ちゃんに貰ったしいたけ抱き枕ね、めっちゃいい感じで毎晩一緒に寝てるよー」
しいたけ抱き枕は、夏休み真っ最中に誕生日を迎えたあたしのために鴨ちゃんが作ってくれた巨大抱き枕だ。全長130センチある。
巨乳というのはまったくやっかいな体型で、仰向けで寝ると胸部が圧迫されて寝苦しい。かといってうつ伏せにもなれない。って愚痴を吐いていたのを覚えていてくれた鴨ちゃんがビーズクッションで作ってくれたのだ。
柄の中央に縫い付けられた親世代の少女漫画に出てきそうなキラキラお目々と、真っ赤な唇が存在感抜群。わざと妙なデザインに仕上げたのだろうが、これはこれでよく見ると愛らしい。
「えへへっ、気に入ってくれてて良かったぁ。夏音ちゃん、夏休み前にルームメイトの先輩が退寮したって言ってたでしょ? 苦手だったとはいえ、独りで寂しいかなぁと思ってね」
「寂しいは寂しいけど、だからってまたあの先輩と過ごしたいかって言われたら、そっこーノーだなぁ。夏休み中は家にも帰ってたし、なによりあの先輩がいたらしいたけ捨ててこいとか言われかねないからねー」
「確かに。まぁ常人には私の傑作は不評でしょうねぇ。あの先輩なら尚のこと勝手に捨てちゃいそう」
鴨ちゃんのデザインする作品は、どれも自他共に認める不気味傑作ばかり。それはまぁオリジナリティのひとつでもあるからと、服飾科の先生からの評価は高い。
陰口を叩いておきながら、ご本人登場のサプライズとかないよねぇ……と扉に目をやる。1年の教室にいるわけはない、そう分かっていても、陰口を叩いた後ろめたさが確認させる。ちょうど入ってきた担任の先生と一瞬目が合った。
「はいはい、ホームルーム始めますよ。お静かにー」
先生の入室に気付かず、言われて急いで着席する生徒たちがガタガタと椅子を引く。
出席簿を開きかけた先生が「相葉さん」とこっちを向いた。
「ホームルーム終わったら先生のところへ来てもらえる?」
「え? はい……」
数人の視線を感じた。何もやましいことはしてませんけど……? と首を傾げるあたしに先生はにっこり頷いた。
その日は始業式とホームルームだけだったので、なんだろうがいっぱいでホームルームの内容がさっぱり頭に入らないまま放課後になった。
チャリ通学の鴨ちゃんにバイバイして職員室を訪ねる。ノックして「失礼します」と扉を開いたところで担任と目が合う。軽く手を挙げながら廊下に出てきてくれた。
「相葉さん、新しいルームメイトのことだけど……」
……新しい……?
「えっとえっと、じゃあやっぱりみさ……橘先輩は戻ってこないってことですか?」
分かってはいても、やっぱり確認したかった。
「そうなの。彼女はもともと、3年生になる前に菊花寮を希望していてね。7月に留学した子の部屋が空いたからその部屋に移動したのよ。……聞いてなかった?」
「……はい」
菊花寮はこの星花女子学園にあるもうひとつの寮だ。2人部屋の我らの桜花寮とは違い、1人部屋でシャワールームもトイレも備え付け。成績優秀者しか入れないとのことなので夜は静かだろうし、美佐緒先輩にはぴったりの環境だろう……。
「それでね、がっかりしないでほしいんだけれど、新しいルームメイトも3年生なのよ」
「えーっ! じゃあまたあたし……」
先生はすぐに首を振った。1学期の個人面談で美佐緒先輩との関係を相談していたので気にはかけてくれていた。だから今度は大丈夫、そういう否定の意味だろう。
「今までは電車通学だったんだけど、受験対策で入寮したほうが効率的だからって。そういう理由でこの時期に入寮したいという3年生がたまにいるのよ」
「そうなんですか……」
「大丈夫。私も授業持っていたから知っている生徒だけど、彼女は部活の後輩からも慕われていたわ。面倒見はいいし、橘さんとは全く違うタイプだからきっと相葉さんとも仲良くできるはずよ?」
先生はチェリーブラウンの唇を一度閉じてから「ね?」とにっこり笑った。その笑顔につられてあたしが頷くと、先生は安堵のため息をついた。
「よかった。荷物の搬入は夕方頃って言ってたから、それまでに掃除とか済ませておいてね。ないとは思うけど……もしなにかあったらまた相談にのるから」
「はい。ありがとうございます」
会釈をしてさっそく寮へ急ぐ。小うるさい美佐緒先輩が失神しそうなほど散らかしまくっているので、掃除の前にお片付け大会だ。
相葉汐音と獅子倉茉莉花のお話はこちら↓
「百合色横恋慕」全80話
https://ncode.syosetu.com/n0241ep/
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