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♪5.だって

「だって、だって……」

 あたしは駄々っ子のように地団駄を踏んで抗議する。お姉ちゃんは口をきゅっと引き結んだまま振り返った。何かを決意したような表情に見えた。

「だってじゃないっ。美佐緒先輩にヘアゴムをプレゼントしようとして断られてグチグチ言ってたくせに、あんたは同じことを茉莉花にしてるじゃないっ。しかもあんたは投げつけた。課題の余り切れとはいえ、わざわざあんたのために作ってくれたのに」

「だって……」

 つぶやいて視線のやり場に困った。言い訳なんて初めからなかった。言葉の続きが出てこない……。

 そっか……。あわよくば仲良くなれるかも、という甘い考えの答えを身を持って知った……。

 心を許せない人にはどんなにこびを売ってもダメなんだ。受け入れられないんだ。

 あたしが獅子倉茉莉花を受け入れられないように、美佐緒先輩もあたしのことを受け入れられないんだ。だからいつも鼻につく。何をしても目に止まる。だからキツく当たられる……。

「あのね、夏音」

 ため息を交えながらお姉ちゃんが覗き込んできた。最近はずっとこの八の字眉毛を見ている気がする。黙ったままのあたしの目をじっと見つめながら、幼児に言い聞かせるように言う。

「茉莉花はあたしの大事な人なの。夏音もあたしが誰かに傷つくことされてたら怒るでしょ?」

「怒る。ボコる。殺す」

「こ、殺しちゃダメだけど、憎たらしくなる気持ち分かるわよね?」

 あたしが黙ったままこくんとひとつ頷くと、お姉ちゃんはうんうんとふたつ頷いた。

「さっきも言ったけど、人には合う・合わないがあるから、無理に仲良くしなさいとは言わない。でもね、あたしは夏音のことも大事だから、できれば茉莉花とも仲良くしてほしいなーって思ってる」

「無理」

 あたしが速答すると、お姉ちゃんは乾いた笑いを、獅子倉茉莉花はコントのようにズッコケた。

「でもごめんなさい」

 悔しい気持ちが顔に出ないうちにペコっと頭を下げる。2人の沈黙が驚きの沈黙だと頭を上げてから知った。あたしが謝るのがそんなに意外なわけ? と口が尖る。

「ははっ。めっちゃ敵意むき出しなごめんなさいだなぁ。まあいいよ、今度デートしてくれればさ」

「勘違いしないで。あたしが謝ったのは、お姉ちゃんの大事な人を傷つけたからであって、あんたとの仲直りのつもりじゃないんだからね」

 獅子倉茉莉花は爆笑した。「ほんっと汐音にそっくり」と腹を抱えて。その姿にムッとしたお姉ちゃんがデスクチェアごと獅子倉茉莉花に蹴りをくらわす。

 怒っているんだろうけど、その表情は楽しそうにも見えるお姉ちゃんにやっぱり距離を感じてしまう。あたしの知らないお姉ちゃんになってしまったんだな、と。

 ううん、最初からあたしが知らなかっただけかもしれない。お姉ちゃんがお姉ちゃんでいる時以外の『相葉汐音』を……。

 あたしが言葉だけでも謝罪したのと獅子倉茉莉花が話を剃らしてくれたおかげもあり、その後おやすみを言ってくれたお姉ちゃんはいつものお姉ちゃんだった。

 廊下の時計を見ると21時にさしかかるところだった。今日はまだお風呂にも入っていない。美佐緒先輩の小言が脳裏を過ぎる……。

 取り繕っても受け入れられないもどかしさもあと7ヶ月……。夏休みと冬休みを引けば6ヶ月のガマンがまん。自分に言い聞かせて自室の305号室の扉を開いた。

「……あれ?」

 室内は真っ暗だった。カーテンが開けっぱなしだったので、寮外の灯りがちらほら見えた。

 こんな時間までカーテンを開けっぱなしにしていたことが美佐緒先輩にバレたら何を言われるか……。やっぱりそういう思考が先行してしまう。

 電気を付けて窓辺に駆け寄る。証拠隠滅のように急いでカーテンを閉めた。ひとまずほっとする。

 それもつかの間、早くお風呂を済ませないと何を言われるか……またその思考。毒親とやらに育てられるとこんな感じでビクビクした子供になるんだろうか。

 窓を背にして初めて違和感の原因に気付く。

「え……?」

 ない。いつもすっきり片付いているデスク上の物がひとつもない。いつもなら横に引っかけてあるカバンもない。壁にかけてあるはずの制服もない。

「嘘……でしょ?」

 恐る恐る開いた引き出しにも何もない。クローゼットにも何もない。あたしはパニックになりながらも、早鐘を打つ心臓に抗って思い返した。

 あたしが部活から帰ってきた時間には、帰宅部である美佐緒先輩はすでにデスクに向かっていたのだ。帰ってきてはいた。

 あれは確か17時過ぎだ。7月の17時はまだ明るいからその時点ではカーテンはまだ開いていた、はず。意識はしていないので確かではないが、閉まっていたのなら逆に違和感に気付くだろう。

 部活から帰るや否や「友達の部屋で課題やってきます」とそそくさ出ていったあたしになんて言った? 相づちだったか、嫌味だったか、皮肉だったか……聴き取らないようにしていたのか、思い出せない。

 その後は一緒に課題をやっていた友達とそのまま食堂。バイバイしてお姉ちゃんの部屋でなんだかんだしていた。

 いつもデスクに向かっている存在は、その間どうしていたのだろう……。いついなくなったのだろう……。なぜいなくなってしまったのだろう……。

 その理由をあたしが知ったのは、2学期に入り新しいルームメイトと出会ってからだった。

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