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♪3.お姉ちゃんてば

「お姉ちゃんてば、あんなやつのどこがいいんだかっ!」

 お姉ちゃんのルームメイト、名は獅子倉ししくら茉莉花まりかというらしい。

 お姉ちゃんと同じ2年生で、あたしと同じ服飾科。顔面偏差値は10段階中8ってとこで、一見美少年にも見えるが、よく見ると普通に美少女。服装も素振りも口調も男みたいなので、女子校あるあるのモテモテ王子キャラ……。

 ……らしい。

 あたしにはどう見てもチャラ男にしか見えないけど?

「あーぁ、お姉ちゃんと同じ部屋になれると思ってたのになぁ……。ねぇ、茉莉花さんおっぱらってあたしがルームメイトになれないかって誰に相談したらいいのかなぁ? 寮母さんかなぁ? それとも担任?」

「夏音、確かに初対面ではいい印象なかったかもしれないけど、あいつはあいつで結構いいやつなのよ?」

 ベッドで足をバタつかせているあたしの隣に腰掛けたお姉ちゃんはまた苦笑いをした。苦笑いというか、困ったような、照れ笑いのような……。

 いつもそう。茉莉花さんの話になるといつもこんな顔をする。

 入学から1週間。あたしは毎晩お姉ちゃんの部屋を訪ねた。もちろん枕を抱いて。

 その都度なんやかんや理由をつけて追い返される。ぷんぷん怒って帰るあたしに、茉莉花サンはいつも「まったねー」としたり顔をする。勝ち誇ったその顔に余計ムキーってなったところで、慌ててお姉ちゃんがあたしを部屋まで送り届けてくれる……ってのをすでに7回繰り返している。

「ルームメイトはよっぽどの理由がないと変えられないのよ、夏音。あたしと一緒に寝たいからってだけじゃ認められないの」

「それならよっぽどの理由を作ればいいんでしょ? 例えば……」

 考えている間に「とにかく、今はまず寮生活に慣れなさい。いいわね?」という捨て台詞をえらい早口で置いていった。

 小走りで去っていく背中が小さくなっていく。角を曲がる直前で振り返り「おやすみ」と手を振ってくれた。悔しいけど、手を振ってくれた時の笑顔が優しくて、それだけで今夜は許せてしまう……。

 獅子倉茉莉花かぁ……。友達になったクラスメイトに何人か内部生がいるけど、やはり中等部の中でも有名人だったらしく、色んな情報が入ってくる。

 大半はミーハーなどうでもいい噂。デスティニーランドのシャンデレラ城のような洋館に住んでるお嬢様だとか、合唱部のあるとパートで歌が上手いだとか、チャラチャラしてるように見えるけど服飾の腕前も成績もそこそこ優秀だとか。

 だがしかし、そのチャラチャラは『ように見えるけど』でもあり『チャラチャラしている』が最適な表現で、実際、取り巻きやファンの子以外にも、お好みのかわゆい女の子を見かけては「ねぇ、そこの子猫ちゃん」と、ペットショップでも使わない死語で放課後のお誘いや連絡先の交換をしているらしい。

 そんなナンパにホイホイついてく女子もどうかと思うが、あのしっかり者のお姉ちゃんがかばうくらいだ。きっとあたしには理解しがたい魅力があるのだろう。

 もしくは、純粋なお姉ちゃんはその毒牙に犯されたか……。

「ん? 犯され……」

 自室である305号室の扉を閉めたところでふとよぎる。

 お姉ちゃんはあの時、「裸で寝ているのはいつものこと」って言ってた。でも茉莉花さんは上下きっちりジャージを着ていた。そして背中を向けて寝ていた。

 つまり、つまり、お姉ちゃんを犯したあと、自分はさっさと服を着て爆睡してた……と?

 毒牙にかかったお姉ちゃんは恥ずかしい画像とか動画を撮られて「ぼくの言うこときかないと……」とかなんとか脅されて、だからいつも体の関係を強要され裸で寝ている……と?

「うわぁぁぁっ!」

「うるさいよ、夏音」

 上がり框に頭を抱えて蹲るあたしを一喝する声。それはあたしのルームメイト。

「どうせまたお姉さんに追い返されて変な妄想でもしてたんだろうけど」

 冷ややかな声、冷ややかな視線。蹲るあたしが顔を上げると、デスクチェアをギシッときしませてその女は立ち上がる。

 3年生のたちばな美佐緒みさお。成績優秀で美人なのだが性格も目つきもキツい。2つも年上なのでしっかりしていて当たり前なのかもしれないが、寮生活に慣れないあたしにも細かく指導してくるので居心地が悪い……。

「受験生と同室なんだからもうちょっと自覚してよね。寮は家じゃないんだよ」

「ご、ごめんなさいっ。でもね、美佐緒先輩……」

「留守にするのは勝手だけど、デスクの上くらい片付けてから行ったら? 縫いかけの生地も裁縫道具も出しっぱなし」

 細めの銀縁フレームからあたしのデスクを捉える切れ長の目が呆れている。ごもっともでぐうの音も出ない。

「あっ、そうそう。これね、美佐緒先輩にプレゼントしようと思って作ってたんですよ。黒地なのでペンギンでもネコでもいけますけど、どっちが好きですかぁ?」

 話を剃らそうとあたしがデスクに放置していた黒布を手に取ると、美佐緒先輩は「何の話?」と首を傾げた。

 抱えていた枕をベッドに放り投げ、あたしはパジャマに垂れ下がっているフードをかぶった。そして自分のお腹をぽんぽんと叩く。

「アニマルパジャマです。これもあたしが作ったんですよぉ。今日はお気に入りのアヒルちゃんです」

 白いパジャマのフードの先端にくっついている黄色い嘴をくいくいと引っ張ってポーズを決めてみる。しばらくじっと監察していた美佐緒先輩はフッとひとつ笑って「いらない」と答えた。

「私にアニマルパジャマなんて似合うと思う? 夏音は童顔だし背も低いからお似合いだけど」

「えー? 黒ならいいかなって思って……。じゃあシックな黒ネコさんにしましょうか、ね?」

「そういう問題じゃなくて。でも腕前だけは褒めてあげる。本物のぬいぐるみみたいでかわいいし、実際に売ったら高く売れるかもね」

 美佐緒先輩はアヒルフードのままの頭をぼふっと叩き、またデスクに戻った。教科書をめくりながら英文をさらさらとノートに書き始めた。もうこの話題は終わりということなんだろうな、と切なくなった。

 初日から苦手なタイプだなぁと思った。でも1年間は一緒に暮らすのだ。後輩なんだし下手したてに出てご機嫌を取らなくては、嫌われないようにしなくては、とあれこれ考えても結局手応えは今のところない……。

 あたしは黙ってデスクを片付ける。縫いかけの黒布は裁縫道具とともに紙袋へ。もう少し仲良くなったら友達にでもあげよう。もしくは美佐緒先輩の言うようにフリマサイトに出品しよう。

 ぱんぱんに膨らんだ紙袋を足元へ置き、代わりに一番下の引き出しから小さな缶の空き箱を取り出す。

 美佐緒先輩には嫌われたくない。嫌いになりたくない。アニマルパジャマがダメならヘアアクセサリーを作ってあげよう。

 飾りのない黒ゴムで束ねられた美佐緒先輩の黒神。きっとゴテゴテの装飾もキラキラの石も嫌がりそう。缶の中からひとつ、真珠型のパーツを手に取った。

『夏音は本当に器用だね。夏音が作ってくれたものはなんでも嬉しいよ』

 お姉ちゃんの声が横切る。ポニーテールの似合うお姉ちゃんはなんでも喜んでくれた。あげた翌日には必ず付けてくれた。作りがいがある。お姉ちゃんが嬉しそうに笑うとまた作ってあげたいと創作意欲が沸く。

 美佐緒先輩へのプレゼントを作りながらお姉ちゃんの後ろ姿を思い出す。今度はシュシュにしようかな。それともポニーテールと一緒に揺れるチェーン付きのヘアゴムにしようかな……。

「夏音」

 きっと頬筋が緩んでいたのだろうあたしはビクッと背を伸ばす。別にやましいことをしていたわけではないのに慌ててしまう。振り返るとシャーペンを筆箱にしまっていた美佐緒先輩はこちらを見ていなかった。そのまま立ち上がり、束ねていた黒髪を解きながら言う。

「私はそういうのいらないから」

 ……やっぱり、この人は苦手だと思った……。

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