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♪21.せな後輩のぽりふぉにー

 夏音ちゃんはあれから1週間、汐音先輩と口をきいてないみたい……。

 私がちょっとでも汐音先輩たちの話を持ち出そうとしようものなら、「焼き肉行ったら、まずタン塩だよねー」と、急に話を逸らす。そして、やたらとテンションが高くなる。

 あれだけシスコ……お姉ちゃん大好きっ子な夏音ちゃんなのに、1週間も疎遠にしてて栄養失調にならないかとかちょっと心配だったりするわけで……。

 一人っ子の私には分からないのです……。

 それでも、先輩だけど妹みたいな夏音ちゃんのことは、汐音先輩の次に理解してると思うんだけどね……。

「タレとか油飛んだりするから、今日は濃いめの色がいいよねー。畝奈もそんな白いブラウスなんてやめたほうがいいよ?」

 久しぶりの夏音ちゃんとのお出かけ。約束通りの焼肉ランチ。珍しくるんるんみたいで嬉しい。クローゼットを覗きながらあれこれ考えている姿は、まるでオシャレに目覚めた小学生みたいでかわいい。……言ったら怒られるけど。

「うーん、じゃあ私も着替えようかなぁ?」

 すでに支度を終えてベッドに腰掛けていた私もクローゼットを開ける。最近は専らアウトドアスタイルだったので、お出かけ着っぽいのは見当たらない。襟と縦ラインにフリルのついた自分のブラウスを見下ろして、「やっぱりこのままでいいやぁ」と断念した。

「まぁ畝奈は瑠衣先輩と違ってこぼしたりしないだろうし、お店で紙エプロン貰えるしね。あたしはこれにしよーっと」

 元のルームメイト、瑠衣先輩の話はオッケーらしい。夏音ちゃんは大きなお胸をぷるるんと揺らしながらパジャマを脱いだ。

 友達とバーベキューはするものの、家族以外との焼き肉屋さんは初めて。手先が器用な夏音ちゃんのことだけど、ちょっぴりドジっ子なところもあるので、今日は私が焼き肉奉行になろうと思います。

 寮を出たのは11時過ぎ。駅前商店街の中の『焼肉クイーン』を目指す。食べ放題もあればリーズナブルの定食もあり、なおかつデザートも侮れない焼き肉店、らしい。デザートのレビューを読み上げた時の夏音ちゃんのお目々はキラキラだった。

 こんな妹がいたら……なーんて、いつも思う。

 土曜日というだけあって、店内はそれなりに混雑していた。ひょろひょろの私と一見小学生の入店に、店員さんはワンテンポ置いて「いらっしゃいませー。2名様ですか?」と尋ねてきたので頷く。促されるままカウンター席に腰掛けた。

「やっぱタン塩からでしょー? それと、あたしはー……」

「夏音ちゃん、ごちそうしてくれるって言ったけど、本当にいいの?」

「いいっていいって! 畝奈にはいつもお世話になってるし、お詫びもあるしね。先輩に二言はないからジャンジャン頼んじゃってー!」

 夏音ちゃんはにこにこしながらメニューを真ん中に置いてくれた。先輩といえど高校生。いくらフリマサイトで儲かっていると言っても、やっぱり気が引けるので、1番安価な定食を指差した。

「じゃあ、私はこれ。選べるデザートはイチゴのババロアにしようかなぁ」

「えー? 定食にすんのー? せっかくだから色々食べようよぉ」

「んー、でもぉ……」

 お肉はそれこそピンからキリまである。正直、どのくらいのお値段なら夏音ちゃんの許容範囲なのか分からない……。私はそっと見渡して、周りの人がどんなものを注文しているのか偵察することにした。

 家族連れ、社会人カップル、おじさま同士……。どうみても私たちとお財布の比較対象にはならないテーブルに囲まれている。うーん、参考にならない。

 その向こうに見えた女子高生らしきグループ。4人組で私服姿だが、一目で同校の先輩だと分かった。

 しかし、テーブル上の大量のお肉が目に入り、こちらも参考にはならないと察した。

 同年代といえど、あの先輩たちは体育会系。ここ数年でうちの学校のソフトボール部を県内に知らしめた有名人さんたちなので、校内で知らない人はほとんどいない。

「すんませーん! 上ハラミ6人前と白飯追加ねー」

「ちょっとぉ、食べ放題に来て白飯はタブーでしょ?」

「白飯おかわりごときで食べ放題に負けるあたしじゃねぇよ!」

「食べ放題に負けるとかあるわけー?」

 豪快に笑う4人組。わちゃわちゃ楽しそう。野外スポーツだけに、デフォルトで声が大きいらしい。ただでさえ有名人なエースとそのご一行さんなのでとても目立つ。気付けば夏音ちゃんもご一行さんのほうを向いていた。

「ソフトボール部の下村先輩じゃん。食堂でもめちゃ盛りの豚骨ラーメン食べてるよねぇ。あれだけ豪快に食べてると逆にすがすがしいよね」

 夏音ちゃんがボソッと耳打ちしてきた。私も「そうだねぇ」と苦笑してメニューに目を戻す。豪快な笑いもすがすがしい。ソフトボール部の活躍について切り出そうと思ったが、汐音先輩と下村先輩は同学年なので、汐音先輩に繋がりそうな話題はそっとしておいた。

 結局どのテーブルも参考にならないので、夏音ちゃんも定食に落ち着いた。でもタン塩は譲れないらしく、プラスで注文。

 ここに来るのは3度目だという夏音ちゃん。以前は瑠衣先輩と来たらしい。ご機嫌で当時の出来事を語っている。たまに話題に出る瑠衣先輩とは面識ないものの、夏音ちゃんが面倒みるくらいのドジっ子というカテゴリなのは知っている。

「でね? 瑠衣先輩ってばさぁ、紙エプロンつけようとしてお水こぼしそうになってさぁ。もうあたしも慣れっこになったからすかさずキャッチして大惨事は免れたけどねー。あとね、あたしのお皿にタレを入れようとしてくれたんだけど……」

 思い出語りもあるのだろうけど、夏音ちゃんは頼りにされていたことを主徴したいのだろう。おんぶに抱っこの妹キャラじゃないんだぞ、と言いたいのだろう。

 たまに思う。後輩として、もう少し頼ってあげたほうがいいのかな、と……。

 私はうんうんと相槌を返す。ドヤ顔で続く瑠衣先輩危機一髪エピソードは、店員さんが七輪を持ってきても止まることはなかった。

 ラブラドールレトリバーの赤ちゃんみたいなくりくりのお目々がきらきらしている。いつもこんな風に笑っててほしいな、と思う……。

「来たっ、タン塩!」

「ごちそうになるんだし、お肉は私が焼くよ」

「ふふんっ、先輩に任せなさいって!」

 えへん、と腕まくりをした夏音ちゃんにトングを渡す。上手く焼けるのか正直ちょっと心配だけど、一緒に食べれればそれでいいかな、とも思った。

 タン塩だけでなく定食用のお肉も得意気に焼いてはお皿に盛ってくれる夏音ちゃん。ちょっと焦げてるのがあるのはご愛敬。お口いっぱいに頬張りながらのトング裁きはまぁまぁってとこかな?

 デザートのチョコレートムースを前にしながら、視線は私のイチゴババロアに向いている。「1口あげる」とスプーンですくうと、「いいのっ?」と大きく口を開いた。雛みたいでかわいい。

 ペロリとデザートまで平らげた私たちは、未だ注文の止まらない下村先輩たちのテーブルに小さく会釈してレジへ進んだ。1人だけ目があったけど、あとの3人は盛り上がっていて気付かなかったみたい。あんな先輩たちとご飯できたら楽しそうだな、と思った。

 先にお店を出た私は、あとからお会計を済ませて出てきた夏音ちゃんにごちそうさまでしたをして、膨れたお腹をぽんぽん叩いた。夏音ちゃんは「女の子がそういうことしないのー」と笑いながらガムをくれた。

「せっかくだからどっか行く? 腹ごなしにお散歩とか」

「えぇー、お散歩やだなぁ。畝奈は体力あるからいくらでも歩けるんだろうけど、あたしすぐ疲れちゃうもん」

「だーめ、たまには歩かないとぉ。じゃあお散歩ね、きーまりぃ」

 抗議の声を挙げる夏音ちゃんの手を握り、ずんずんと歩き出す。しぶしぶながらも着いてきてくれる夏音ちゃんは「ちょっとだけだからねぇ?」と口を尖らせている。かわいい。

 三姉妹の末っ子で、見た目も小学生みたいな夏音ちゃん。後輩として頼ってあげたい気持ちは山々なのだけど、どうしてもそのキャラクターと容姿につられて、ついつい子供扱いしてしまう……。

 休日もほぼ寮で服飾に勤しんでるからか、商店街に新鮮なリアクションをしている。私より1年多くこの駅を利用しているはずだけど、出かける時はきっと、汐音先輩のことしか見えていなかったのだろう。

「畝奈、畝奈ぁ。こんなとこに回転寿司なんてあったんだねぇ。知らなかったぁ」

「そうだねぇ。一度茶道部の先輩につれてきてもらったことあるけど、安くておいしかったよ? 夏音ちゃん、お寿司好きなの?」

「うん。あたしは好きだけど……」

 声が雑踏にかき消されていく。チラッと見下ろすと、夏音ちゃんの表情が曇っていた。あぁ、汐音先輩がお寿司食べれないからとかそういうことかなぁと察する。

 あの懺悔の夜、私は気付いてしまった。相葉姉妹は、お互いに距離を置かなければならないと決意したことを……。

 汐音先輩はあと半年で卒業してしまう。恋人を認められない妹と、自分だけを見てくれない姉。姉は恋人を選んだ。

 このポリフォニーに、解決策はひとつしかないのだろうか……。

 この1週間、一生懸命大好きなお姉さんの影をかき消そうとしている姿は痛々しかった。見ていて辛かった。まるで本当に失恋したかのようだった。私にできることはなんだろう? ずっと考えていた……。

 そばにいることしかできない、それだけでいいのだろうか……。

「畝奈?」

 呼ばれて振り向く。夏音ちゃんは心配そうにこちらを見上げていた。深刻な顔をしていただろうか……。にっこり笑って「なぁに?」と答えた。

「畝奈の好きな食べ物ってなぁに?」

「え? 食べ物?」

 唐突な質問にキョトンとなった。夏音ちゃんは気まずそうに少し俯いて続けた。

「あたし、もう何ヶ月も畝奈のルームメイトしてるのに、畝奈の好きなものも嫌いなものも知らないなぁって思って……」

「あー……そう……かなぁ?」

「うん。畝奈は? 畝奈はあたしの好きなものと嫌いなもの知ってる?」

 夏音ちゃんの小さなお手々が少し汗ばんできた気がする。私はその手を繋ぎ直す。指を絡ませて恋人繋ぎにした。

「もちろん知ってるよぉ。甘いものはなんでも好きでしょ? 1番好きなのかなぁって思うのは、トッポッキーのミルク味かな? フリマサイトに大量出品したあととかによく食べてたし、自分へのご褒美なのかなーって」

 言い終わると、夏音ちゃんのお目々がどんどん見開かれていった。

「すごっ! あたし、自分で気付かなかったよぉ。じゃ、じゃあ嫌いなものは?」

「それは簡単だよぉ。お魚自体は嫌いじゃないけど、小骨の多いお魚は嫌いでしょ? お箸を両手で持って、イライラしながらグチャグチャにしてたもん」

 私が笑うと、夏音ちゃんの目尻は下がり、逆に口角は上がっていった。

「すごいね、すごいね畝奈ぁ。結構あたしのこと……」

「見てるよ、夏音ちゃんのこと。ちゃんと……」

 繋いだ手にギュッと力を込めた。夏音ちゃんはぽかんとお口を開けている。分からなくてもいいよ、今は……。

 私は夏音ちゃんのお姉さんにはなれない。汐音先輩の代わりにもなれない。

 だけど、私は夏音ちゃんを置いていかない。独りにしない。夏音ちゃんが卒業するまで、ちゃんと見てる。ちゃんとそばにいる。

 だから……。

「疲れたらおんぶしてあげるから、川辺まで行ってみない?」

「えぇー! どっちもやだよぉ!」

 だから、やっぱり頼れる後輩のままでいいかな?



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